異世界286日目 1月11日(土) ①ブラックドラゴン温泉ランド ~メル、やらかす~
今日も元気に登園してきた園児達はいつも以上のテンションで遊戯室ではしゃいでいる姿が目に映る。今日はブラックドラゴン温泉へと一泊二日で遊びに行く予定となっている。
保育園の行事では無いが、初めてのお泊りも親御さん達から許可も頂けたし、お誘いした方も喜んでお受けしてくれた。
「おはようっす! みなさんお揃いっすか?」
体育会系後輩女子のような言葉と共に遊戯室の現れたのはメルだ。安定の神出鬼没な登場である。それを見た園児達は揃ってメルの方に駆け寄って行った。
両手を使って園児達全員の頭を撫でており、すっかり馴染んでいるようだ。
「今日は色々チェックさせてもらうぞ? もちろん楽しませてももらうがな」
ランドにはイリアさんのプランも多数盛り込まれている。今回のジャッジは俺とイリアさんで担当する予定である。さて、後はお誘いしたゲストさんだけだな。イリアさんはもはや身内扱いだ。
「ね、ねえ、和也。本当にアレ、持って行くの? この季節に……」
ルーミィが荷物を気にしながら問いかけて来た。基本的に手ぶらで行けるのがブラックドラゴン温泉ランドの魅力なのだが、今回は少々荷物を用意して行く必要がある。
「ええ、水着は持っていかないとレンタルになってしまいますからね」
そう、ランドには温水プールも設置案としてあるのだ。これは子供も大人も楽しめるアトラクションでり、集客効果が期待出来る。おそらくこの世界において冬に泳げる場所というのは初では無いかと思う。
「わ、私の水着は泳ぐのには向いていないのですが……」
うん、アレですね。去年の夏が懐かしいです。さあ、今日俺は何回の正座をする事になるやら……だが、いつものようにへらへらはしていられない。なにかと誘惑が多いが今回は園児達も居るのだ、引率者としてしっかりせねばならない!
おっさんの私利私欲など後回しだ! で、でもちょっと見るぐらいは許して欲しい!
「え……?」
メルの声が上がった。てっきり俺の心を読まれたのかとちょっと焦ったがそうでは無い様だ。当のメルは声を上げたと同時に力無くスカートを舞わせてペタンと女の子座りをして床に座り込んでしまった。
口は何か声を発しようとしているが声になっておらず、体は震えている。
どうやらいつの間にやらご到着していたらしい。
「レ、レッドドラゴン様……」
擦れながらも辛うじて出た言葉は完全に畏怖に飲み込まれたものであった。そんなに怖がらなくてもいいのに。
「本日はお招きに預かり、まことに光栄でございます。メル様」
燕尾服にオールバックの赤色の髪、立派な口髭に切れ長の細いの目。いつもお世話になっている爺やさんである。ソフィちゃんとは別で現れたのは用事を済ませてから来たのであろう。
爺やさんにはクリスマスの件でも散々お世話になったので、ソフィちゃんを経由して今回一緒に温泉でもどうですか? と誘ってみたところ喜んでお受けしてくれたのだ。
「さ、様なんていらないっす! 呼び捨てで! なんなら『おい』とか『ゴミ』でも構わないっすから!」
「そう言う訳には参りませぬ。ソフィお嬢様から常々お話は伺っております。本日は宜しくお願いいたします」
ペコリと頭を下げた爺やさん。いやあ、出来た方だ。カッコいい!
視線を感じたので目線を向けると半泣きになって俺の方を見ているメルが居た。ふむふむなになに?『聞いて無いっす! 聞いて無いっすよお!』とな? だって言って無いもん。
そんな震えているメルを眺めていると、メルの瞳が更に大きく見開かれたのが確認出来た。中々せわしない子と思っていたのだが理由は分かった。その次の瞬間、空間から人が二人現れたからだ。
登場の仕方が軽いドッキリである。俺もびっくりしたよ……。
「ちょっと遅れてしまったかのう」
「お待たせしてすみません、皆さん」
続いて登場したのは魔王夫妻である。この二人には伝説の樹を持って帰って来る時にご協力して頂いたお礼としてお呼びさせてもらった。でも、冒険には二度と行かない。
『ぷしっ……』
何かのスプラッシュ音が聞こえたけど……なんだ?
音のした方を辿って振り返ると、顔面蒼白になり息も絶え絶えのメルの姿が映った……どうやらやらかしてしまったようだ。スカートが濡れてる……。
「はぅはぅはぅ……」
しかも過呼吸になってないか!? 吐くばかりじゃなくてしっかり吸って!
「おお、どうしたのじゃ!? 顔色が悪いぞ?」
あ、おじいさんが原因ね。魔王ですもんね~、メルには分かっちゃったんだ。おじいさんは尋常では無い様子のメルを心配して近寄って行ったのだが、その瞬間であった。
床に水面が出来てしまったのは……盛大にやっちゃったね……。
その後、男性陣は一度外に出て待機となった。遊戯室からはメルのすすり泣く声とアメリアちゃんの『おしっこもれちゃったの? だいじょうぶ、なかないで』と言う声が聞こえて来た……なんか、ごめん。
ルーミィの服を借りたメルが現れるや俺の背中に張り付いて隠れている。どうやらゲストを完全に畏怖の対象と見ているようだ。
「し、知り合いを連れて来るって言っていたからどんな人が来るかとは思ってたんすけど……一体全体どんな交友関係してるんすか!? カズヤさん達は!? 神以上のモンスターであるレッドドラゴン様に勇者に賢者に魔王様まで! おかしいっす! 完全にどうかしてるっす! そしてなんでみなさん平気なんすか! まったりし過ぎっすよ!?」
背中からなんか物凄いテンションで食いつかれてるが……どうしてって言われても。成り行き?
「みなさん、いい人達ですよ?」
「そもそも大半が人じゃ無いっす!」
即座にツッコまれた。はは、こりゃあ一本取られたな。確かに人っていないな。でも賢者様はギリ人じゃないかな? アレクはちょっと怪しい。
「すまぬのう、若い子を驚かせてしまって。じゃが儂の潜在能力を探れるという事は、それなりには実力はあるようじゃのう」
「とんでもないっす! 俺なんて虫けらみたいなもんっす! いや、それじゃあ虫に悪いっす、そ、そう、俺は埃っす! 家具の上に乗っている埃みたいな存在っす!」
おいおい、しっかりと大掃除したから埃はまだ無い筈だぞ? 失礼なブラックドラゴン娘である。
「お~い、メル。早く行こうぜ。園児達も待ち切れない様子だしよ」
園児達は大人しく待ってくれているが、『早く、早く!』といった感情が痛い程伝わって来る。これ以上お待たせするのは確かに可哀想だ。それじゃあ、行きますかね!
「カ、カズヤさんにくっついていたら命は取られないっすよね!? そうすよね!? もう絶対離さないっすから!」
鬼気迫る顔で背中から離れたと思ったら今度は腕を掴まれた。いつもならそんな真似をしようものなら女性陣からの叱責の声が飛ぶのだが、明らかに可哀想という心情が働いた様子だった。しばらく容赦してもらえるみたいだ。よかったね、メル。
まあ、やらかしちゃったもんね。それぐらいは大目に見てくれるか。それになんだろう、メルにならくっつかれてもあんまり恥ずかしくないな。
見た感じからも女性というより可愛らしい妹って感じだもんな。その妹に殺されかけたのはもはや懐かしい思い出である……。




