異世界266日目 12月22日(日) ④カズヤ、ルーミィを見つけて怒る
村を出て、橋を渡り、園を越え、桜の大樹までやって来たのだが、ルーミィにはまだ追いつけていない。おっさんの全速力で追いつけないのはサマーフェスのルーミィとのかくれんぼで経験済みだ。
だが、今回はお酒を飲んでいない訳だし、なにより命がかかっている。ここまで一切歩みを止めず走り抜いて来た。
口からはまるで蒸気機関車のように白い吐息が上がっており、汗が頬を伝ったのを感じた。おそらく、今裸になれば全身から湯気が出るんじゃないかと思う。まあ、絶対にしないが。
そんな必死のチェイスのおかげで足跡は最初に比べ新しいものに変わって来ている。距離は縮まっている証拠だ。
しかし、妙だ。この小さな足跡は森に向かって一直線に伸びている。湖に行くには山道を通る筈なのだが、そちらには一切足跡は無い。
……まさか、ショートカットするつもりなのか!? 本来であれば馬車で約小一時間程の距離だが、この積雪では到着するまでには倍の時間では済まないだろう。だからルーミィは焦ってこの道を選んだのか。湖への直線ルートを。
自殺行為でしか無い。最短距離かも知れないが、一度も行った事の無い道、積雪で景色や方向感覚は皆無。感覚だけであの湖に辿り着こうとでもしているのか!?
心臓が破裂しそうなぐらい息が上がっているが、まだ破裂はしていない。まだいける! 急がないと!
森に入り、自分の限界スピードを維持しながら足跡を追った。おかげでルーミィとは目と鼻の先までの所に来ているようだ。しかし、もう、限界だ……。
軽い酸欠を起こしながらそれでも足跡をランタンで照らし歩いていると、今まで追っていた足跡が急に途絶えた。
「はぁ、はぁ……ん、はっ、はっぁ……う、嘘だ、ろぉ……?」
真新しい足跡が途絶えたその先は、崖……。言葉では表せない気持ちが心を支配した。人生において、物理的と心理的にここまで心臓に負担がかかったのは初めてだ。
ランタンを照らしながら崖の下を覗き込んだところそれ程の高さは無い様であるが、それでも数メートルの落差はありそうだ。
ランタンの光では全貌は見えない……くそ、LED高輝度ライトを神力で出すか!?
「……はぁはぁ……ルーミィ!?」
高さと日が落ちてしまいよくは見えないが、人らしきものが倒れているように見えた。崖の存在が分からず、そのまま飛び込んだのか!?
高さはそれ程では無いが、かなり急な崖ではある。だが躊躇している暇など無い。足跡の先に人影。もうルーミィ以外に何者でもない。
気が付けば息も整わない内に俺は崖を滑り降りていた。その際に岩肌や木にぶつかったようで腕、膝、足に痛みが走ったが構わずに重力に身を任せて下った。
そのまま重力に従い、崖を滑り切り、新雪に倒れ込んだ。崖から滑り落ちた時に手に持ったランタンの火は消えてしまったが、破損はしていないようだ。
倒れ込みながらもポケットから着火器具を出して再びランタンの光を灯し、そのまま這うように人影の元に向かった。
ランタンの光が人影に向けられると長い髪を雪に大きく散らばして目を閉じたまま一切動かない少女が見えた。
やはり、崖の上から見えたのはルーミィであった。少し雪に埋もれ出している……嘘だろ……こんな事って……。
「ルーミィ! ルーミィ!! しっかりしろ!」
「あぅ……か、ずや……?」
良かったぁ! 意識を取り戻したぁ! 一気に心のもやが晴れていく。もう! この女神様は心配ばっかりかけるんだから! でも流石のおっさんも今回ばかりは怒らせてもらうよ!?
ルーミィの外観上は特に怪我は見られない。勢いよく新雪にダイブしたおかげで崖には接触せずに済んだようだ。
「どうしてこんな勝手な事をするんですか!?」
「ひっ、ご、ごめんなさい……」
怯えた目でこちらを見ている。でもこれはしっかりと伝えておかないといけない。
「いいですか!? 一歩間違えていたら死んでいたかも知れませんよ!? 焦る気持ちは分かりますが、落ち着いて行動して下さい!」
「は、はい……ご、ごめんな……ひぐぅぅ……」
本気で怒った。だが、反省してくれているようだししつこく言うのは逆効果だ。叱責はダラダラとするものでは無い。
さて、ところでここは一体何処なのだろうか。雪のせいでまったく方向が分からないし、運が悪い事に風も雪も強くなって来た。とりあえず何処かに避難しなければ凍死しかねない。
「ルーミィ、立てますか?」
「ひっく……う、うん。大丈夫……」
少し俺に対して恐怖心が芽生えたようだ。ちょっと怒り過ぎたかな? ゆっくりと立ち上がったルーミィを見届け、俺も立ち上がりながら声をかけた。
「それじゃあ行きま――っつぅ!?」
立ち上がろうとした途端、右足に激痛が走り、そのままバランスを崩して再び雪の積もる地面に倒れ込んでしまった。どうやら崖を降りる時に足をやってしまったようだ……。
その様子を見てルーミィの顔色が更に悪化した。
「か、和也、怪我しちゃたの!? わ、私のせいで……私の……」
ぽろぽと流れ出る涙がランタンの光に映った。
「泣かなくて大丈夫です。なんとか歩けます……それよりここに居ては凍えてしまいます。一刻も早く場所を移しましょう……」
ルーミィに肩を貸してもらい、森をしばらく進んで行くと自然のくぼみのような場所を発見した。おそらく子供が見たら確実に秘密基地にしそうな横穴だ。
一度そこに腰を下ろし、コートの雪を払った。しかしこの素材、一切濡れていない……素晴らしい仕組みである。でも洗濯どうするんだろう……水弾いちゃうし。
しかも崖を滑り降りたのでボロボロになってしまった。これは早くも買い替えだな……。
「つつ……ルーミィ、怪我はありませんか?」
「私は大丈夫……でも、和也が!」
話しかけながら痛みを伴う足に手をかけたのだが、腫れ上がっているようで靴が脱げない……これは思ったより重傷かも知れない……。
「挫いているか、最悪は折れているかも知れません……」
表現の仕方が難しいが神経を抉る鋭利な鈍痛がずっと右足にある。しかしおっさんが痛い、痛いとわめき散らすと気持ち悪いので言わない。でも心の中では叫ばしていただこう!
痛いよぉ!! もう泣きたいよぉ!! サラちゃぁ~ん!!
「私のせいで……私のせいで……ごめんね、本当にごめんね……ぅぅ」
ルーミィの涙が止まらない。俺も泣きたいぐらい痛い……そして寒い。風はなんとか遮れているが今は俺が持ってきたランタンが一つあるのみ。ルーミィが持っていたランタンは雪に埋まって見つける事が出来なかった。
これは世間一般で言う遭難と言うものだな……やむを得ない、緊急事態だ。神力を使って雑貨店に転移して戻ってレインに選手交代して――
あれ? 無い……無いぞ!?
おっさんの挙動不審な態度が気になったのだろう、ルーミィは少し泣くのを止めてこちらを見ている。だが、どうやら察したようだ、一気に表情が悲しみに支配されていく。
そう、無いんです……神ブックが……。どうやら崖を滑り降りた時に腰のホルスターが千切れてしまったようだ。あの真っ白な本を闇夜の中、雪の中に埋まったであろう状態の物をランタンひとつで探し出すのは……不可能だ。
やばい、上司さんに怒られる!
「神ブック……無くしちゃいました。はは……」
その言葉がルーミィの堰を完全に壊してしまい、女の子座りしたまま、今まで聞いた事が無い声で号泣されてしまった。
「全部、全部、私のせいなの! 私のせいで、和也に迷惑かけて、イリアさんも助けれなくて……うう、うぅ! ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ!! うわぁぁんっ!!」
「ル、ルーミィ! お、落ち着いて! 大丈夫です、神ブックは私以外が触れても神力は発動出来ませんし、濡れてもあの本は大丈夫ですから! コーヒーをかけても真っ白なぐらいですからね! はは!」
コーヒーぶっかけ事件をカミングアウトしたのだが、そんな事ではルーミィは泣きやまなかった。足を崩して女の子座りしたままの大号泣は止まる気配は無い。
ど、ど、どうしよう!? こんなに女の子に泣かれたのは初めてだから何をどうすればいいのか……おっさんには分からないよぉ……。




