366.オーディション
待合室には、大量の女の子たちと、その保護者たちがひしめき合っていた。
すげー、この娘たち、全員出場するのか。
精神集中している者。
発声練習している者。
踊りの練習をしている者。
メイクを直してもらっている者。
全員、真剣そのものだ。
「あのー、八千代めぐみさんですよね?」
ん?
出場者の一人が、めぐみちゃんに気が付き、声を掛けてきた。
「はい、そうです!」
めぐみちゃんは、営業スマイルで切り返す。
相手がライバルと言えども、誰が見ているかわからない場所だ、
いっときたりとも気を抜けないのだろう。
「前に、別の現場でお見かけして、
お友達になりたいって、思ってたんです」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は、にっこり微笑みながら、握手を交わす。
二人の笑顔は、完璧だ。
どう見ても、仲良しにしか見えない。
「あ、そうだ!
喉に良い飴があるんですけど、舐めます?」
ライバル少女は、めぐみちゃんに真っ赤な飴を差し出す。
「ありがとう!」
めぐみちゃんは、その『真っ赤な飴』を受け取る。
しかし!
「ちょっと、ごめんよ」
俺は、めぐみちゃんの手のひらの上に乗っていた、その『真っ赤な飴』を、
横から素早く奪い取った。
「「え?」」
ライバル少女とめぐみちゃんは、俺のいきなりの行動に、目が点になっていた。
そして俺は、その飴を、自分の口に放り入れる。
「あ~、おいちい!
ちょうど、飴を舐めたかったんだよね~。
ありがと!」
俺は、平静を装いつつ、
ニッコリ微笑んでみせた。
「まるや……マネージャーさん、勝手に取っちゃダメですよ~」
めぐみちゃんは、引きつった笑顔をしていた。
そして、ライバル少女はというと、
驚きを隠せない顔をしていた。
「ごめん、ごめん。
ヒルダ、代わりにヒルダの持ってきた飴を二人にあげてくれ」
「はい!」
ヒルダは、『ヒルダ飴』を二人に手渡した。
「もう、しかたないわね~」
めぐみちゃんは、受け取ったヒルダ飴を口に放り込む。
ライバル少女は、自分の手の上の『ヒルダ飴』を、しばらく見つめていたが、
「美味しいですよ」
めぐみちゃんに急かされ、
恐る恐る、それを口に入れた。
「あ!
甘い!」
「でしょ?
ヒルダの飴は、とっても美味しいのよ」
「あ、ありがとう……」
しばらくのあいだ二人は、当たり障りのない会話をしていたが、
まだ準備があるとかいって、ライバル少女は去っていった。
「ちょっと丸山!
さっきのは何なのよ!」
ライバル少女が去ったあと、
めぐみちゃんは俺に突っかかってきた。
「ごめんごめん、ちょっと急に飴が舐めたくなって」
「バカじゃないの!」
俺は、めぐみちゃんに罵られつつ、
喉の痛みに耐えていた。
そう、
さっきライバル少女が差し出した『真っ赤な飴』は、
『超激辛の飴』だったのだ。
もう辛いどころの騒ぎではない。
喉が痛くてたまらないのだ。
ヒリヒリする喉に、自分で【回復魔法】をかけつつ、
さっきのライバル少女の様子を、【追跡用ビーコン】で監視している。
どうやら、あの娘、
あの飴を無差別に配っているわけではなさそうだ。
めぐみちゃんの名前を知っていたし、
もしかして、めぐみちゃんを狙い撃ちにしたのか?
あの時、
飴に細工がしてあることを指摘して、相手を問い詰めることはできた。
しかし俺は、あえて、そうしなかった。
その理由は、というと……、
たとえ相手に非があったとしても、
出場者どうしのトラブルになれば、
めぐみちゃんのオーディションに影響が出かねない。
相手は、自らの顔を晒してまで、めぐみちゃんに飴を渡した。
ということは、
あの娘には、その後を切り抜ける自信があったのだろう。
そこで、
俺が、飴を奪い取り、自分で舐めることによって、
『飴に細工をしていることに気づいていますよ~』
『めぐみちゃんは、俺が守っていますよ~』
というアピールをした、ということだ。
ほんと、アイドル業界って怖いところだな~。
ちゃんとめぐみちゃんをガードしておかないと、
石を投げられたりしたら大変だ。
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その後、オーディションは順調に進んでいた。
参加者は順番に呼び出され、
舞台に上がって、パフォーマンスを披露していく。
人が多いので、一人ひとりの持ち時間は短い。
俺たちのいる控え室から舞台は見えないので、
他の娘たちがどんなパフォーマンスをしているかは見えない。
「つぎ、334番、八千代めぐみさん」
「はい!」
めぐみちゃんが呼ばれ、舞台へ出ていった。
おそらく、審査員たちの前で、
歌ったり踊ったりしているのだろう。
頑張れ、めぐみちゃん!
数分のち、めぐみちゃんが息を切らせて戻ってきた。
「どうだった?」
「私を誰だと思っているの?
バッチリに決まってるじゃない!」
まあ、ヒルダといっしょに、ずっと稽古してきたんだし、
これくらいは朝飯前なのかもしれないな。
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どうやら、今日は予選だったらしい。
めぐみちゃんは、めでたく予選を突破し、
明日の本選にも出られるそうだ。
「さあ、明日もあるんだから、さっさと帰るわよ!
早く荷物を持ちなさい」
「はいはい」
俺は、巨大な荷物を抱えて、
ニコニコ笑顔のめぐみちゃんを追いかける。
けっきょく、あの後は変な妨害とかはなかったし、
無事に終わってホッとしていた。
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オーディションの帰り道。
なんか、きな臭い状況になってきた。
駅に向かって歩いていると……、
突然現れた警備員さんに、止められた。
急に道路工事が始まったとかで、
別の道を通るように誘導された。
警備員さんの指示する通りに進んでいると……、
だんだん路地裏の薄暗い道に進んでいってしまっていた。
怪しい。
マップで確認すると、
その道の先に、黄色い点がたくさん表示されているんですけど……。
「めぐみちゃん、この道は薄暗くて危ないから、
戻って別の道を通ろう」
「は?
丸山は、暗い道が怖いの?
バカ言ってないで、さっさと来なさい」
ダメだ、ちっとも俺の言うことを聞いてくれない。
「よう、お嬢ちゃん。
俺たちと、ちょっと付き合えよ」
俺たちは、いきなり現れた暴走族ふうの男たちに囲まれていた。
うーむ、完全に仕組まれてたよね、これ。




