2 二人目の証言
「俺は四柳圭介。建築関係の仕事をしている。一応社長だ。今日は休暇が取れたもんで、朝から酒が飲めると思って喜んでコンビニに行ったらこのザマだ」
おっさんこと四柳圭介はそう話を切り出した。
朝から酒が飲めるとは良い身分だなぁと思っていたら本当に良い身分だった。俺が言う良い身分はもちろん皮肉を込めたものだったが……社長とは。人は見かけと行動によらないものだ。
どこかで聞いたような名前の気がしたので、割と有名な人なのかもしれない。今後は口の利き方に気をつけよう。
「俺がコンビニに入った時は店員と俺の二人だけだった。1分も経たない内に、えーと、細井クン?が慌てて入ってきた」
俺が取り留めもないことを考えているうちに四柳さんは話の続きに入っていた。俺はビクつきそうになったが、そこは社会人だ。きちんと真面目に聞いていますよのポーズを瞬時にとった。
「その次に入ってきたのがあの強盗野郎だ。いきなりカウンターに行くから目に入った。で、ナイフを取り出して店員を脅し始めた」
話は進んだ。俺のポーズは成功したらしい。それか全く気にしてないのだろう。これくらい大らかでないと、いや大らかだからこそ社長が務まるのかと、また呑気に考えが移りそうになり気を引き締めた。
「店員を脅したかと思ったら次は細井クンの方に襲いかかった。動くんじゃねえって叫んでた気がしたな。あの時はよく分からんかったが、さっきの話の限り逃げようとした細井クンにブチ切れた感じだろうな」
俺は再びギクリとしたが、やはり四柳さんは逃げようとした事を気にしてないようだった。有難いような申し訳ないような情けない気持ちがごちゃ混ぜになり、正直埋まりたかった。
しかしここに埋まれるような場所はない。コンクリートしかないしこんな固そうなところに埋まりたくはない。
「いきなり刺されそうになってびっくりしたのか、細井クンはスーってぶっ倒れちまってな。まあ、そのおかげかナイフは刺さらなかったみたいだった。ここまでは同じだな」
どうやら俺が無傷だったのは倒れたお陰らしい。タンコブはできたが臆病も案外役に立った。その後は全く何もできないが。
そして、ここからが肝心だ。俺はこの後の出来事を全く知らない。
なぜ俺は倒れた後も無事で応え得たのか、その後何故全員気絶したのか。
分からないことだらけで俺は改めて焦燥感を覚えた。
居住まいを正し、一言も聞き漏らすまいと四柳さんの声に集中した。
「細井クンが気絶した後もあの野郎は襲いかかろうとしてた。スカったナイフをまた握りしめて、倒れた細井クンを刺すつもりだったんだろうな。これはやべえって思った」
本当にやばい。やはりあの強盗犯はあの後も俺を刺すつもりだったらしい。聞いているだけで体の熱がどんどん放出されているのがわかる。
今更ながら死の恐怖を感じた。
「大丈夫か?」
四柳さんは俺の顔を見てそう尋ねた。体温的に、今俺の顔色は酷い事になっているのだろう。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そうか」
見かけによらず気遣いのできる人なのだろう。俺は素直に礼を言った。
「話を続けて下さい。何で俺、刺されずに済んだんですか?」
なぜ俺は刺されずにすんだのか。
「俺があいつを酒瓶で殴ったからだ。無我夢中で、思いっきり殴った。だからあの野郎の頭の傷の原因は俺だ」
そう、四柳さんが助けてくれたのだった。俺は四柳さんの印象を、朝っぱら酒を買う仕方がない奴から俺を救った救世主へと大幅にランクアップさせた。これは感謝してもしきれない大恩を受けてしまった。
「あ、ありがとうございます!俺なんて言っていいのか……」
「あーあー、気にすんなよ。こっちは無我夢中だったんだし。今思うと多分君のスーツのズボンとこ汚しちまったかもしれねえ。ビンが割れるくらい強く殴ったしな」
照れ臭そうに、しかし申し訳なさそうにする四柳さんの言葉に俺が彼に対する尊敬度はもう限界点突破だ。
「命には変えられません!スーツくらい良いんです!本当にありがとうございます!」
自分でも訳のわからないくらいありったけの感謝の念を伝いたかったが、人間、興奮すると単純な言葉しか言えないらしい。
高橋さんは情けない孫でも見ているような顔で俺を見ていた。
四柳さんはよしてくれとでも言うように手を軽く上げた。
しかし、問題はここからだった。
「殴った所までは良いんですが、四柳さんは何故気絶を?」
高橋さんが指摘した。まさか殴られた後もあの強盗犯が抵抗したのだろうか?
「あー……それは、な」
四柳さんは急に言いづらそうに顔をかいた。
「殴る時に勢いつけすぎたせいか、あいつの体で一回転しちまってな。ドアあたりにぶつかった所までしか覚えてねえんだ」
何と、ある意味自爆だった。少なくとも俺よりは勇敢な自爆だが。
「あれ、じゃあ、全員が何で気絶したのかは」
「分からねーんだ。すまん。あの野郎が殴った後気絶したのかどうかも分からん」
「んー。これは、困ったねえ」
のんびりと高橋さんが全員一致の言葉を告げる。
「えーとじゃあ?」
「後の二人の目覚め待ちになるねえ」
高橋さんの言葉に俺は項垂れた。拘束はされないと思うが、まだまだこの事件に関わることになりそうだった。
「えーと、警官さん?俺の方から質問良いですかね」
証言が終わった四柳さんは、別の話題を切り出そうとしたのか、高橋さんに話しかけた。
「おっと。細井君に自己紹介したから貴方にもした気になっていました。高橋です。高橋要一です。どうぞ、答えられる範囲で答えましょう」
「高橋さん、あの野郎大丈夫でしたかね?あれ過剰防衛かなーって」
「ああ。確かにちょーっとやり過ぎた感じはあるけど、まあギリギリ正当防衛だろうね。簡易的な脳検査も問題なさそうだったし」
「あー、じゃあ良かった。あんな野郎でも殺しちまったら目覚めが悪い」
「うん頭はね。問題は別の方にあるね」
「え?」
「ほら、さっき言ったじゃない。頭部と腹部に重症って。それにさっきの証言と状況から考えると、殴られて倒れて持ってたナイフが刺さったとは考えられないだよ」
「どういうことですか」
「強盗犯の倒れていた位置が君たちと違うんだ。言わなかったけど。細井君、四柳さん、相澤さんはドア付近に固まって倒れていた。でもね、強盗犯はドアを入って真っ直ぐ奥の方の壁際で倒れていたんだ。だから四柳さんが殴ったのが原因で強盗犯が気絶した可能性は低い」
「じゃあ、刺したのは?」
何となくきな臭い話になり正直辟易したが、無関係ではいられない。俺は話を促そうと質問した。
「おそらく相澤さんだね。ナイフについてた彼女の指紋と、彼女の手についてた強盗犯の血痕からいってほぼ間違いない」
「憶測ですけど、四柳さんが倒れた後、殴られた強盗犯はナイフを取り落として相澤さんがそれを拾った。相澤さんはそのナイフで強盗犯を刺し、そいつは逃げるように奥へ行って力尽きた。相澤さんは刺したショックで倒れた……って感じですかね」
「うーんそれだといくつか疑問が残るのね」
「と言うと?」
「傷が二箇所あった」
「相澤さんが二回刺したってことは?」
「うーん、衝動的に刺してショックを受けて倒れるような人が、二度も刺せるかな?いくら恐慌状態とはいえちょっと無理があるんだ」
「そうですか」
「何よりもね、二つの傷はそれぞれ違う凶器で刺されていたんだ」
「えっ」
強盗犯の用いたものと別の凶器が存在していた? 俺は驚き情けない返事をした。
「1つは強盗犯のナイフで間違い無いんだ。だけどもう一つ、あのナイフとは違った傷を負わせた凶器があるはずなんだ。こちらの方は全く躊躇いがない、深い傷だ。その凶器がまだ見つかっていない。恐慌状態の人間が別の凶器に替え、それぞれ1回ずつ刺し、さらにもう一方の凶器を隠すなんてこと出来ると思う?」
「俺なら無理ですねえ」
少なくとも命の危機に瀕して小動物よろしく倒れた俺には逆立ちしたって出来ない。
話しているうちに分かったが、高橋さんは鷹揚に見えて何でも話してそうだが、案外情報を小出しにし、相手の反応を伺うらしい。
現に俺たちの話を聞き、ある程度の矛盾がないと判断した場合重要な情報を開示しているようだった。
のんびりしてそうだが案外食えない人だと思った。亀の甲より年の功、老いてるとはいえ、流石警察だと思った。
話の区切りがついたところで、ドアが叩かれる音がした。
「高橋さん、二つお伝えする事があるのですが、よろしいですか?」
別の警察が入ってきた。俺たちをちらりと見ると、高橋さんにアイコンタクトを取った。俺たちに聞かせても良いか迷っている様子であった。
「ここで言ってくれて構わないよ」
高橋さんはあっさりと了承した。
「はい。一つは、相澤幸恵が目を覚ましたそうです」
そして、三人目の証言がようやく得られそうだった。俺たちもようやく解放されるのかと、そう思った。
しかし、この後の言葉でそれは勘違いだと思い知らされた。
「二つ目は……容疑者の男が、先ほど死亡したそうです」




