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未完成  作者: みき
7/7

解説

 まずはここまで読んでいただきありがとうございます。

 

 この物語は、恋人との別れによって人生が崩れていく一人の人物を描いた作品です。ですが、単に「失恋によって自殺してしまう話」ではありません。主人公は、幸せだった日常を失ったあと、芸術や小説、音楽、創作によって自分を保とうとします。けれど、最後には自分の感情や言葉さえも本物だと思えなくなり、自分自身を表現することができなくなっていきます。つまりこの物語は、愛を失う話であると同時に、自分を表現できなくなる苦しみを描いた作品でもあります。


 物語の中で重要な意味を持つのが、駅のホームにある「白線」です。白線は現実では安全のための線ですが、この作品では生と死を分ける境界として描かれています。白線の内側は、まだ現実にとどまっている場所であり、白線の外側は、主人公が向かおうとする終わりの場所です。第1話では、主人公は白線を越えようとするが、恐怖によって踏みとどまります。この時点では、主人公の中にまだ生きる側へ戻る力が残っています。しかし第4話では、その恐怖すら薄れてしまい、白線はもう主人公を引き止める境界ではなくなっています。


 また、「白線の内側にお下がりください」という駅のアナウンスも、単なる案内ではなく、主人公に対して「まだこちら側にいなさい」「まだ生きていなさい」と呼びかける声のように読むこともできます。しかし主人公にとって、その内側にいることは安全であると同時に、苦しみの中に閉じ込められていることでもあります。そのため白線は、生と死の境界であるだけでなく、主人公の心の限界を表すものにもなっています。


 この作品は、一人の人生を時系列順に描くのではなく、オムニバス形式で断片的に見せていく構成になっています。正しい時系列では、まず彼との幸せな同棲生活があり、その後、関係が少しずつ崩れていきます。そして別れの後に主人公は一度駅のホームで自殺を考えるが、恐怖によって踏みとどまり、その後、友人の家で芸術や小説、音楽に出会い、一度は創作によって生き直そうとする。しかし、自分の書くものがすべて誰かの真似のように思えてしまい、最後には再び駅へ向かいます。


 読者に見せる順番は時系列とは異なっています。最初に自殺未遂の場面を置くことで、読者は主人公がすでに限界に近い状態にあることを示します。第3話に、恋人との関係が壊れていく場面を描くことで、その苦しみの原因の一つが明らかになり、そして第4話で自殺の場面を先に見せたあと、第5話で幸せだった頃の日常を描いています。この順番にすることで、「おかえり」「ただいま」「カレーおいしいね」といった何気ない会話が、読者にはすでに失われたものとしてみることができます。普通の幸せな場面が、結末を知っているからこそより切なくなります。


 第2話と第5話では、主人公が芸術や創作に出会います。美術館で絵を見たり、音楽を聴いたり、小説を読んだりすることで、主人公は一度救われます。他人の作品に触れることで、自分だけが苦しいわけではないと感じるからです。しかし、自分自身が何かを書こうとしたとき、主人公は逆に追い詰められていき、書いた言葉がすべてどこかで見たものに思え、自分の悲しみや孤独さえも誰かの物語の真似事のように感じてしまう。ここで主人公は、恋人だけでなく、自分自身までも失っていきます。


 物語の最後に出てくるホールデン・コールフィールドは、『ライ麦畑でつかまえて』の主人公であり、世界の偽物っぽさに苛立ち、周囲とうまく関われない人物です。主人公はホールデンに自分を重ねようとするが、最終的には自分がホールデンにはなれないことに気づき、誰かの物語の中に自分を見つけようとしても、結局は自分自身として生きるしかないと気づかされます。その事実が主人公にとっては耐えがたいものになります。


 また、人物名をあえて書かないことにも意味があり、名前を消すことで、主人公は特定の一人でありながら、同時に誰にでもなりうる存在になっています。読者は名前ではなく、部屋の匂い、カレーの味、ゲームの音、駅の白線、雨に濡れる原稿といった具体的な描写を通して主人公を知っていき、名前がないからこそ、主人公の孤独や空白感がより強く表れています。最後に「みき」と名前を出すことで、それまで匿名だった主人公が、初めて一人の人間として成り立ちます。名前は単なる記号ではなく、彼女が確かに存在していた証になります。物語を書ききれなかった彼女にとって、「みき」という名前そのものが、最後に残された未完成の作品であり、最も短い自己表現でもあります。


 この物語は、死そのものを描く作品ではありません。むしろ、自分の人生を何とか物語にしようとした人間が、最後まで自分を表現できなかった物語です。主人公は、幸せだった生活を失い、芸術に救いを求め、それでも自分の言葉を見つけることができなかった。彼女にとって創作は、生きるための手段であり、自分の存在を確かめるための行為でもありました。しかし、書けば書くほど、自分の感情が本物なのか、誰かの物語をなぞっているだけなのかがわからなくなっていきます。未完成の原稿は、彼女が最後まで自分を語ろうとした痕跡です。そして最後に置かれる「みき」という名前は、彼女が物語を完成させることはできなくても、この世界に確かに存在していたことを示す、証明になっています。


 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。


 もうお気づきかもしれませんが、最後に主人公の名前が「みき」になっているのは、この物語に私自身の経験や感情が多く反映されているからです。


 もちろん、主人公と私は同一人物ではありませんが、もし私が芸術や創作に出会わず、それらに救われていなかったら、この物語の主人公のような結末を迎えていたかもしれません。


 そういう意味では、この作品は「もう1人の私」を描いた物語とも言えるのだと思います。


 人は生きていると、さまざまなものに救われます。


 家族や友人かもしれません。


 音楽や映画かもしれません。


 本やゲーム、あるいは何気ない誰かの言葉かもしれません。


 もしよければ、この作品を読み終えたあとに、


「自分は何に救われてきたのだろう」


 と、一度だけ振り返ってみてください。


 ここに書く必要はありません。


 心の中で思い出すだけでも十分です。


 そして、その答えが皆さんにとってこれからも大切なものであり続けることを願っています。


 改めて、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。

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