第1話 転生前と卵時代の俺
新宿の雑居ビルでしがないサラリーマンをやっていた29歳男性、独身。
メガネがトレードマーク、趣味は週末のアニメ鑑賞と、たまに同僚と行く居酒屋で生ビール。
地味だけど、まあ悪くない人生だった。少なくとも、そう思ってた。
その日の朝も、いつものように目覚まし時計の電子音に叩き起こされた。
カーテンの隙間から差し込む光が、コーヒーの染みがついた机を照らす。
スマホを手に取ると、通知が山盛り。上司から「レポートの進捗どう?」、メールでクライアントから「至急ご確認お願いします」。
はあ、なんで俺の人生、こんな書類地獄なんだよ。
「よし、今日も頑張るか……」
鏡の前で呟きながら、寝癖のついた髪を整える。
メガネをかけ、スーツに袖を通し、いつものルーティン。
駅に向かう道すがら、コンビニで買った缶コーヒーをちびちび飲む。
新宿の雑踏は、朝から喧騒に満ちてた。
サラリーマン、学生、観光客がごちゃ混ぜになり、看板のネオンがまだ薄暗い空に映える。
俺はイヤホンで適当なポッドキャストを流しながら、電車に揺られる準備をしてた。
でも、人生ってのは予測不能なもんだ。
コンビニを出て横断歩道を渡ろうとした瞬間、けたたましいクラクションが響いた。
振り返ると、トラックのヘッドライトが目に焼きつく。あ、ヤバい。
「うわっ!?」
次の瞬間、俺の意識は真っ暗に落ちた。
痛みも何も感じなかった。
ただ、頭の中で一瞬だけ思ったんだ。
マジか、トラック転生テンプレじゃん……せめてカッコいい死に方したかったな。
◇
ここから話はガラッと変わる。
俺の視点も一旦お休みで、ちょっと三人称で進む。
舞台は、雲を突き抜けるような高い山脈。
そこに、巨竜ホワイトドラゴン・シルヴァリスが住んでいた。
白銀の鱗が月光を浴びて輝き、翼を広げれば嵐を呼ぶような存在だ。
彼女の巣は、岩肌に刻まれた巨大な洞窟。
そこには、愛するパートナー、青鱗のドラゴン・サフィールと、二つの卵があった。
シルヴァリスは、卵を温めながらサフィールに囁いた。
「この子たちは、きっと特別な子になるわ。感じるの、強い力が宿ってるって」
サフィールは、低い唸り声で答えた。
「そうだな、シルヴァリス。俺たちの血を継ぐ子だ。世界を変えるかもしれない」
二つの卵は、まるで星の光を閉じ込めたように輝いていた。
一つはエメラルドのように緑がかった光、もう一つは深い藍色の光。
そう、緑の卵の中にいたのが、俺の魂だった。
いや、なんで俺がドラゴンの卵に転生してんだよって話なんだけど、その辺は後で考えるとして。
平和な時間は、しかし、長くは続かなかった。
ある夜、漆黒の鱗を持つブラックドラゴン・ヴォルガノスが、雷鳴のような咆哮を上げて襲来した。
山が揺れ、岩が砕け、洞窟の入り口が炎に包まれた。
「シルヴァリス! 卵を守れ!」
サフィールが叫び、翼を広げてヴォルガノスに立ち向かった。
シルヴァリスは卵を抱え、洞窟の奥へと退避した。
だが、その隙をついて、赤い肌のレッドゴブリンの一団が忍び寄っていた。
リーダーのゴブリンは、鋭い目で卵を見つめ、ニヤリと笑った。
ゴブリンたちは、シルヴァリスがヴォルガノスと戦う轟音に紛れ、卵を一つ盗み出した。
俺の卵だ。もう一つの卵は、シルヴァリスが死守したが、俺のはゴブリンの手に渡ってしまった。
いや、ちょっと待て、俺の人生(卵生?)こんな序盤で盗品扱いかよ!
ゴブリンたちは、卵を布に包んで山を下った。
だが、運の悪いことに、谷間の吊り橋を渡る時、リーダーのゴブリンが足を滑らせた。
「おわっ!?」
卵はゴブリンの手からポロリと落ち、谷底の川へ。
どんぶらこ、どんぶらこと、俺の卵は激流に流された。
ゴブリンたちは呆然と見送るしかなかった。
「ゴブゴブ!」
「ゴブ、ゴブゴブ!」
ゴブリンたちの言い争いが遠ざかる中、俺の卵は川を下り、森の奥深くへと運ばれていった。
川の流れは次第に穏やかになり、卵は岸辺の柔らかい苔の上に打ち上げられた。
そこで、俺はしばらくの間、静かな眠りについた。
いや、眠りってか、卵だから意識ないんだけどさ。
転生設定、めっちゃ雑じゃね?
◇
さて、時間が少し進む。
季節は初夏、森は緑に溢れ、小鳥のさえずりが響く。
川辺に打ち上げられた卵のそばに、金髪のツインテールがピョンピョン揺れる女の子がやってきた。
彼女の名前はエルちゃん。
見た目は8歳くらい、大きな瞳がキラキラ輝き、手にはキノコを入れる籠を持ってる。
エルちゃんは、苔の上でキラキラ光る卵を見つけて、目を丸くした。
「わあ! 何これ、キレイな石!? でも、なんか温かい……卵?」
彼女は恐る恐る卵に触れ、そっと持ち上げた。
卵は、まるで応えるように、かすかに揺れた。
エルちゃんの顔がパッと明るくなる。
「生きてる! すごい、すごい! ねえ、どんな子が生まれるのかな?」
エルちゃんは卵を籠に入れ、スキップしながら村へ帰った。
村は、森に囲まれた小さな集落。
木造の家々が並び、朝はパンの焼ける匂いが漂い、夕方は子供たちの笑い声が響く。
エルちゃんの家は、村外れの小さな小屋。
屋根にはツタが絡まり、窓辺にはハーブの鉢植えが並ぶ。
彼女は卵を毛布に包み、暖炉のそばに置いた。
毎日、卵を撫でながら話しかけた。
「早く生まれておいでね! どんな子かな? 鳥さん? トカゲさん? うふふ、楽しみ!」
そんな日々が数週間続いたある朝、卵にヒビが入った。
エルちゃんが目を輝かせて見守る中、俺、いや、ミニドラゴンが、この世界に生まれた。




