もう手放さない epilogue 2
里原竜輔さま
この間は、突然帰ってごめんなさい。
もしかしなくても、今、ものすごく気を使っていませんか?
あなたは人に気を使うとき、それを相手に悟らせない達人なので……。
それでも、嘘をついたら見抜かれる自信があるので、正直な気持ちを伝えます。
私は、あなたと男女の関係になるのが怖いです。
嫌なんじゃなくて、怖いんです。
したくないんじゃない。逆です。繋がりたい自分が怖いんです。
きっと、もっと好きになるから。
好きになればなるほど、いつか必ず訪れる別離を想像してしまう。それが、怖いのです。
怖すぎて、消えてしまいたくなるくらいに。
えいって飛び込んでしまえば、案外なんともなかったりするものですけどね。
だから、あのまま騒がなければ、今頃ブツブツ言いながら同じ部屋でベル子の毛繕いをしたり、台本読みを手伝わせたりして、案外普通に過ごしていた気がします。
今まで私は、この恐怖から目を逸らして、そうやって流されてきたんだなって自覚しました。
でも、あなたはそれを良しとはしない。思い上がりでなければ、私の為にならないと知っているから。
だから私は、こんなにもあなたに惹かれたのでしょう。
本音をいえば、あなたとはずっと友達でいたかったです。
ちょっと愚痴を言いたいときにお酒をのんで、発散するってくらいの。
友達と言い張るには無理がありすぎるほど、近づきすぎてしまって今さらですけどね。
もうあの頃の気持ちには、どうやっても戻れませんから。
あなたが日本にいなかった時間、こんなに楽な日々はないだろうってくらい、気楽でした。
人生で1番、仕事に集中できました。
ずっとこんな日々は続かないと分かっていながら、快適な部屋でベル子と過ごす生活に甘えていました。
でも、銀杏の季節にあなたと再会して、やばいことになったぞと思いました。
思っていた以上に、嬉しかったから。
もっと触れてほしいと思ってしまったから。
ずっと一緒にいたい、アメリカに戻ってほしくないと、願ってしまったから。
これ、お嫁にもらってもらうしかないフラグですよね。
でも、冒頭に戻るのですが、その頃からじわじわと恐怖が湧き上がってきたのです。
死んでしまったありあが1番好きなら、何を失ってもこれ以上辛いことなんか起こらない。
でも、それ以上にあなたを愛してしまったら?
正気でいられる?
バカなことをと、自分でも思います。でも、あなたに求められた瞬間、その恐怖が爆発してしました。
だから、あなたはひとつも悪くないんです。
「その気にさせて、今更なんだよ!」って怒る権利しかないです。本当に。
毎日、毎日、別れなくちゃと決意しては、涙が止まらなくて、声も出なくて、手紙を書きました。
つまり私は、あなたが出会ってきた誰よりもメンドクサくて、人並みの覚悟のできない幼稚な女なのです。
これからどうするか、1度会って、ちゃんと話し合いたいです。
3年も猶予をくれたのに、ごめんね。
でも、こんなにも本音を言い合えた恋人(ですよね?)は、あなたが最初で最後です。だから、最後まで本音で語りたいです。
来宮瑛美
車に乗り込む直前、ラインに連絡を入れた。
『メンドクサイ女は嫌いだけど、瑛美はメンドクサくても構わない。もっと、頼ってほしい』
『愛してる』
『先に死なないなんて、不確実な約束はできないけど』
『努力はする』
『縁や命を繋げることなら、できる』
『ていうか、したい』
『でも無理強いはしない』
『一生しない』
『不安に気がつかなくてごめん』
『ちゃんと言わなくてごめん』
『瑛美が好きだ』
『愛してる』
エンジンを入れた時に、既読がついた。
駐車場の薄闇の中、助手席のベル子がファーっと欠伸をした。
『どこにいる?』
ピコンと音がなって『猫の目食堂』の文字が浮かんだ。
『行っていい?』
ーーー「仕事は?」
『明日の朝に帰れば無問題』
ーーー「そんな無茶しないでよ」
『それより、姉さんとお袋さんと婆さんに殴られそうだから。湿布と傷薬ヨロ』
ーーー「お父さんじゃないんだ。わかるけど」
画面の向こうがわで、微笑んでいる瑛美が目に浮かぶ。
通話画面に切り替わったので、ハンズフリーにして固定させた。
「リュウ!」
聴き慣れた柔らかい声。涙まじりの。
なんか、泣かせてばかりだな。最近は
「会いたい。ちゃんと顔見て話したい。待っててくれるか?」
返事はない。ただ、確かにうなずく気配がした。
「……き」
聞き取りにくいから、音楽のボリュームを下げた。
「好き、なの」
囁くような震え声に、思わず目を見開く。
「でも、どうしたらいいのか、わかんない……の」
「それを一緒に考えよう。話し合ってるうちに糸口が見つかるかもしれない。見つからなかったら、気長に探そう」
息を呑んだ瑛美は、泣いているだろうか。
泣き止んだだろうか。
凍らせた心が溶けて柔らかくなれば、やり過ごせた痛みが辛く感じる。
瑛美の場合は、人生を変えてしまうほど苦しい別離を経験した後、どこか歪に傷ついたまま突っ走ってしまった。
遺言を守って葬式や法事を仕事でキャンセルし続けて、弔う機会も失って、喪失の痛みや恐怖を癒すきっかけを逃してしまったのだろう。
今までの恋愛では、愚痴や悩みを言わなかった分、そこには触れずにいられた。最初からバリアーをはることができた。
そのバリアーをはれなくなると、瑛美は恋心にブレーキをかけて、終わりにしてきたと言う。
命を看取る日の恐れを、失恋の痛みで誤魔化してきたというか。自傷の一種かもしれない。
本人は自己嫌悪していそうだし、まあ、あんまり褒められた感情じゃあない。
けど、変わりたいんじゃないか。
今までとは違うやり方で、乗り越えようとしているんじゃないか。
そんな瑛美の手に余る痛みを、初めて見せた他人が俺だった。
今までの恋愛だったら、確実にメンドクサく感じていたはずなのに。重量級のトロフィーみたいに誇らしい。
好きな女にとって、本音を言える存在であることに安堵している。
ヒトデナシだから言える、でもなんでもいい。
支えたいし、守りたいから。
こんな感情が自分の中に芽生えるなんて、思いもしなかった。
今はまだ、瑛美の心の中は嵐が吹き荒んでいるだろう。
でも、嵐はいつか止む。
必ず止む。
瑛美は、必ず立ち直る。
喪失の痛みを、恐怖を、克服することができる。
この嵐が過ぎたら、本当の笑顔を見せてくれるだろう。
台風が去った後の青空みたいな、吹雪の後の雪原みたいな、澄んだ笑顔を。
なぜか、そう思った。
確信した。
これが、人を信じるという感情の本質なのかもしれない。
あとがき
冬の雪と早春の雨、どちらを冷たく感じるか。
おそらくは後者の方が冷たく感じるのではないでしょうか。とにかく、南風はその後から吹きます。
人の心身も、回復期直前が最もしんどいのかもしれません。
さて、この物語のテーマは、喪失と回復です。
同じ病気で亡くなったありあと、生き延びた瞳子
老化の一途を辿るヒトミと、若いベル子。
命は流れていきます。決して平等ではありません。
また、生と性は密接に繋がっています。
瑛美と龍生は、友達だった頃の方が、正確にお互いを理解していました。
相手に期待しなけれは、すれ違いようがないからです。
でも、恋をしたら何も求めずにはいられません。
実際、瑛美は龍生に惹かれるほど不安定になりました。
実は、「好きになればなるほど、心配かけたくなさすぎて本音が言えなくなる」愛し方が、龍生には通じないことが、この暗夜行路を抜けるメインキーなのですが。
瑛美が自覚するまでには、もう少し時間がかかりそうです。
肝心なとこでがっついて失敗する若造ではあっても、だからこそ、一緒にいたいならお互いが成長する必要がある。そういうカップルが、末長く仲良く生きていけるんじゃないかなーと思います。
関わりながら、失敗しながら、かけがえのない存在に変化していく。そんな人間関係が、わたしの理想です。
2019 12月




