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猫の目食堂  作者: 芳野みかん
龍生 AGAIN
13/14

やらかした epilogue 1

GWとジューンブライド時期の混雑を避けて、3年暮らしたアパートを引き払った。

アメリカの生活は、ひとことでいえば、ファストフードとテイクアウトだった。つまり、ピザが主食。


太って声質が変わらないよう、オフはジムに通いまくった。なんか、無駄に筋肉がついてた気がする。


日本では黒原龍生といえば王子キャラだけど、米国ではダークヒーローで認知されているっぽい。

今回の大プロジェクトは準主役のダークヒーローで、単発で受けたゲームアプリはストレートに悪役だった。

ワールドワイドに偉そうな声らしい。自覚は、ある。


成田に向かえにきてくれたマネージャーには、「なんか、ワイルドなマッチョになってない?」と聞かれた。

「日本じゃモテないぞー」とも言われたので「海外じゃ、もっとモテなかったぞ?」と言い返したら、怪訝な顔をされた。


「え。遊んでないのか? 龍生が?」と。


この見た目だからか、どうも女をとっかえひっかえする男と思われがちだ。 

つきあいたい女としかヤらねえって言っても、あんま信用されないし。こっちがつきあいたくても、相手がつまみ食いなパターンもあったし。

とにかく、女遊びをしないと黒原龍生じゃないみたいな同調圧力は、なんとなく常に感じていた。

それが、日本を出たら、まるっと消えた。

ダークヒーローの声をあてたからって、残忍な人間なんて扱い受けないし。

「惚れた女としかヤりたくねえ」って言ったら、賛成派と反対派に分かれてディベートがはじまったくらいだ。

一途な恋も、不埒な愛も、全部自由で自己責任。

そーゆー国に3年もいれば、まあ、染まる。

女遊びする時間があるなら、ベル子の近況を知りたかったし。

それだけの話だったんだけど、マネージャーに別人を見る目をされた。何でだよ。



なんやかんや寄り道やら義理を果たすやらで、自宅に着いた時には日付が変わっていた。


瑛美は、間接照明だけのリビングで、ベル子を相手にスーツ姿で台本に集中していた。オレに気がつくと「あれ?意外に早かったネ」と顔を上げた。


「深夜2時だけど?」


「あれ? もうそんな時間かー」


半年前も思ったけど、こいつまた痩せた。そういや、仕事に夢中になると寝食を忘れるって瞳子さんがぼやいてたな。

ひとり暮らしが致命的に向いていないのかもしれない。


「夕食…は、忘れてそうだけど、昼は食ったか?」


「あ、うん」


「嘘をつくとき、人は視線を右にそらすんだって。知ってた?」


デイバックの中からゼリー飲料を取り出して投げてやると、なんとなく不器用な手つきでそれをキャッチした。何かを期待したベル子がスリよってくる。


「なーん」


「おまえは食うな。太り過ぎ」


「なーん」


「う。カリカリふた粒な?」


「ベル子には甘いなあ」


ベル子を膝に乗せて喉を撫でていると、瑛美がクスクス笑いながらキッチンに消えた。どうやら、エスプレッソマシンの使い方をマスターしたらしい。

コーヒーの香気が夜のリビングに広がってゆく。


「瑛美」


「なあに?」


アイランドキッチンで、未来の奥さんが顔を上げた。

オレはベル子を床に下ろして、キッチンに向かった。

真正面から、色素の薄いきれいな瞳を見つめる。


「結婚してくれ」


ド直球すぎて、ムードもへったくれもない。自覚は、ある。


とっくに覚悟を決めていたらしい瑛美は、パチパチと瞬きをしてから、「ちょっと待って」とリビングから出て行った。

パタパタとスリッパの遠のく音が、同じスピードで戻ってくるまで、1分もかからなかった。


「これ。返事」


と、持ってきたクリアファイルを胸に押し付けてきた。

中を改めてると、保証人まで記入済みの婚姻届が入っていた。


ちょっと面食らったけど、瑛美はこういうサプライズを考えつくタイプじゃない。誰の入れ知恵だろう? まあ、望むところだけど。


「ねえ、知ってた? 王子様は結婚するまでしちゃいけないんだよ?」


「今更、王子扱いかよ」


「いいじゃん。いままで散々ふり回されたんだから。仕返しくらいさせてよ」


そのままダイニングで記名すると、車のキーと瑛美の腕を取った。


「わかった。行くぞ」


「へ? どこに?」


「区役所」


「今出すの?!」


「じゃあ、いつ出すんだよ?」


「結婚式の朝、とか?」


「んな待てるか」


腕を引いて抱き寄せて、強引に唇を奪った。

今までになく早急に、深く、激しく。両方の耳たぶを人差し指と中指ではさんで親指で撫でると、呼吸が乱れて声が漏れた。


「やっ……」


胸を押し返そうとする手を掴んで、指を絡ませる。

口づけが、もう止まらない。


「リュウ、まって…っ!」


「無理。どれだけ惚れてると思ってんだよ? もう待てない」


耳を甘噛みしながらブラウスのボタンを外せば、女の香りがこぼれおちる。ゴクリ、と喉が鳴った。  


「瑛美」


「やだ! やめて! お願い。せめてシャワー浴びたい。お願い!」


悲鳴に近い懇願に、我に返った。

さっきまで笑っていた瑛美が、乱れた服を抑えて震えている。オレは自分の手を見て、目を見開いた。


「あ……」


「違う。嫌じゃないの。いい年して、今更カマトトぶるつもりもない。でも、最初は心の準備させて? ダメ?」


涙まじりの声。

こちらを気遣っているけど、それ以上に怖がっている。


「ごめん。悪かった。痛いとこはないか? 怪我は?」


「大丈夫」


不埒をした指で服を戻すと、瑛美はほっとしたみたいに小さく微笑んだ。細い肩は、まだ震えている。


「預かってて。今のオレにはこれを出す権利、ないから」


床に落ちた婚姻届のファイルを拾って、彼女に手渡した。


「そんなこと、ないけど。でも、今日はアパートに帰るね。明日から、収録だから」


「ああ。送るよ」


「ううん。タクシー使うから。リュウはゆっくりして。おやすみ。ベル子も、またね」


辛いことなんかひとつもないって笑顔だった。

なにをガッついて、やらかしてんだよ。オレは。

こんな顔をさせたくて、プロポーズしたんじゃないだろ。


とにかく、今、ひとりにしたら、こいつはアパートまで歩いて帰りかねない。

速攻で、タクシーの予約をとった。瑛美は、「ありがと」と笑って部屋を出て行った。

その後、瑛美からの連絡は、途絶えた。




1ヶ月が経った。

瞳子さんの結婚式の招待状が同封された、分厚い手紙が届いた。

デジタルでしか連絡をとってないから気がつかなかったが、いかにも真面目そうな字だ。

そういえば、偏差値70の進学後に通ってたんだった。本人はキャラが違うと言っていたが、とめはねが美しい文字は、優等生だった過去を象徴していた。


「ったく……!」


手紙に目を通したオレは、ベル子をキャリーにつっこんで部屋から飛び出した。





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