ご近所トラブル~兄猫の場合~
兄猫アレクについて。
我が家の愛猫アレクは白黒の柔らかく極めて艶やかな美しい毛皮をもつ。お高いミンクやらも目じゃない極上の手触りだ。アレクを撫でるのは楽しい。アレクは姉が連れてきた猫で、パトラを連れてきたのは私だ。そのせいか、猫たちはそれぞれをご主人様と慕っていて、私達の可愛いがり方もまたそれぞれに準じている。猫にそのような忠誠心(?)があるとは聞いた事がないのだけど、明らかに他の家族に対するのと態度が違う。甘え方もくつろぎ方も、言うことを聞くか聞かないかも、全然違う。事実だから仕方ない。可愛いがり方となつき様の因果関係は不明というか、ニワトリと卵としか言い様がないのだろう。人間関係よりは純粋である。
さてそんな二匹は我が家の周辺を縄張りにしていて、主にアレクが保っているらしい。しょっちゅう細かい傷を負っていて、たまには大きめの怪我もしてくる。ただしその傷の位置はすべて向こう傷というやつで、頭や耳、前足だけだ。お腹には取っ組み合った時に後ろ足で蹴られたとおぼしき小さなものしかない。随分強いようだ。唸っただけで他所の猫を追い払っているのも良く見かける。
縄張りを守って奮闘しているアレクだが最近ずっとイライラしている。強敵が現れたのだ。真っ黒い大きなオスで、我が家の庭の一等席でくつろごうとしてはアレクと喧嘩になっている。庭には色々な猫が来ては過ごして行くがこんなに図々しいのはあまりいない。アレクが居ない隙に入り込んで来ては大声で鳴いてアレクに挑戦してくる。実力が拮抗していて決め手が無く、中々追い出せないようだ。
その日も黒猫がやって来た。家の周りをグルグル周りながらアレクを挑発している。あまりにしつこくてうんざりしているアレクは出ていく気は無いようだがウーウー唸ってイライラしている。しっぽがパタパタと床を叩いている。
廊下の角からサッと黒い影が現れた。
―――アイツだ‼いつの間に家に入り込んだんだ‼
アレクは黒い影にばっと飛び付くと思い切り噛み付いた。
「キャーーーーッッ!」
「どうしたの⁉」
ハッと口を放して黒い影を見上げるとなんとご主人様ではないか。姉が履いていた黒いズボンの足を黒猫と間違えたのだ。
―――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい‼
アレクは大慌てで謝った。小さめの声でウニャウニャ言ってうろうろしている。耳は完全にペタンと伏せられている。平身低頭というのがぴったりのへこみっプリ。黒猫の事なんて頭から吹っ飛んでいる。
―――よりによって大好きなご主人様に噛み付いてしまったなんて……。
「大丈夫よ、わざと噛んだんじゃないのはわかっているから」
手当てを受けながら姉がアレクをなだめる。怪我は結構ひどい。ガッチリ噛み付かれたから薄手のズボンを突き破った牙の穴が深め目のが2つ、浅目のも空いている。爪痕もある。猫からの傷は雑菌が一番問題だ。消毒が甘いと傷の治りが悪くなり、浅かったはずの傷でも下手をすると痕が残る。しっかりたっぷり消毒薬を掛け絆創膏やガーゼで固定する。血が止まるまで押さえてなければならない。かなり痛いはずなんだけど、姉は顔をひきつらせながらも我慢している。理由が見るも明らかなだけに誰もアレクを責められない。私も家族もみんな苦笑いで撫でてやる。それでもアレクはしばらく何日も姉の顔を見る度に申し訳無さそうに鳴いては縮こまっていた。
私達が家の中で大騒ぎしていたので黒猫はいつの間にか居なくなっていた。
奮起したアレクが黒猫を本格的に追い払ったのはそれからすぐの事だった。
私や他の家族ならまだしも、よりによって姉に噛み付いたアレクは随分ショックだった様です。きっとものすごい勢いで黒猫を追い回したと思われます。