新空亀号(ニュースカイタートル)、空の旅へ
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晴天のメタノシュタット王都の空へ、『隔絶結界』で覆われた半球形の土塊に乗った賢者の館が、ゆっくりと浮かび上がった。
空飛ぶ館、『新・空亀号』は上空30メルテまで上昇し続いて、ゆっくりと水平飛行へと移行する。
『ご覧ください! 今、大空へと舞い上がりました! 信じられません……! 巨大な館が一軒まるごと、地面ごと浮いて空を飛んでいます!』
『メタノシュタット王国の誇る賢者ググレカス……! 偉大なる魔法使いのお屋敷が、青い空へと吸い込まれてゆきます!』
その光景は、報道業者により、中継されていた。街角の『幻灯投影魔法具』などでは、朝の番組レポーターの顔となったペシナールとノックスが、王城前広場からの生中継として、全世界に中継している。
今回の行き先である「世界樹」については完全に報道規制が行われているようで、映像では北に飛んでいくかのように、映像撮影の向きを操作しているようだ。
飛行魔法を使う術者を有している事を世界に示し、大国としての圧倒的な「力」を見せつけるのが狙いなのだろう。
「とはいえ、俺一人じゃ館は飛ばせられないんだけどな」
「報道業者が大騒ぎだねぇ」
レントミアが呆れたように眼下を見下ろしている。ハーフエルフの魔法使いは、この館を飛ばす上で必要な、『隔絶結界』を超駆動状態にする『円環魔法』を詠唱してくれていた。
「まぁ、これは予告されていたがね。俺をエサに敵対勢力の動きを観察するには絶好の機会なんだとさ」
「見るだけならいいけど、ゾルダクスなんちゃらとか襲ってきたら嫌じゃない?」
レントミアが魔法の杖『円環の錫杖』を地面に突き刺して、うんっ……と伸びをする。
「世界樹の駐屯地の軍はかなり増強されているそうだ。おまけに、昨日から南方遠征の訓練目的で魔法兵団が一個中隊向かっている。なんでも、魔法兵団長バリケリウス卿の直轄戦闘部隊らしいぞ」
「うわー? それ王都の西で、砂漠を越えてきた魔王軍の主力と、正面で殴り合った人たちだよ……」
「秘密結社が来ても飛んで火にいる夏の虫……か」
――世界樹の周辺は厳戒態勢というわけだ。
俺が派手に動くということで、狙われる可能性を充分考慮しているのだろう。
「賢者ググレカス、隔絶結界の隔絶安定臨界状態維持を確認。空間異相フライホイール稼働安定、重心制御術式安定していますわ」
メティウスが矢継ぎ早に状況を告げてくれる。
「ありがとうメティ。もう大丈夫だろう、少し休んでくれ」
「はいっ!」
俺は、館の庭先に立ちながら、戦術情報表示を操作してゆく。夏を予感させる風が賢者のマントをはためかせた。
◇
早朝にメタノシュタットを旅立ってから、およそ3時間。比較的ゆっくりとした速度で、王国南方の領域、ヒカリカミナを目指している。
途中で休息をはさみながらも、既に180キロメルテ程を飛行している。
高度は約30メルテを維持し、時速は60キロメルテ程度。レントミアとメティは館の中で休憩中だが、俺は艦長なので、庭先のベンチに座りながら、館を安全に飛行させることに集中している。
魔法力は常に放出し続けているが、消耗率は20%程度だろうか。
「飛行は順調だが、なんだか暑くなってきたな」
俺はシャツの胸元をあけてパフパフする。太陽は頭上で輝く強さを増し、南へと向かっている実感が湧く。
鬱蒼と茂る南方の密林が広がり、時折、カラフルな南方の翼竜が飛んでいるのが見える。
「ルゥパパ! ニャッピがスライムしゃぶってる!」
「ダメでござろ! ほら、ドライフルーツでござるよ!」
館の中では、スピアルノとルゥが、走り回るようになった四人の子供たち相手に悪戦苦闘しているが、今日は人手があるので大分楽だろう。
プラムにヘムペローザ、それにラーナにチュウタ。
宿題だお菓子だのと、窓越しに賑やかな声が聞こえてくる。休日を挟んで夏休みなので、ちょうどいい世界樹でのバカンス気分といったところだろう。
俺は、この平和な感じを守らにゃならんからな。
改めて気を引き締めて、三次元探査が可能な、改良型の索敵結界に気合を込める。
「飲茶。お茶どうぞ」
「ぐぅ兄ぃさん、疲れてませんか?」
庭先にマニュフェルノとリオラがやって来た。手には冷たいお茶と、焼き菓子の載ったお盆を持っている。
「あぁ、ありがとうマニュ、リオラ。ちょうど一服しようかとおもっていたんだ」
夏の陽気に誘われて、早速夏服の二人に目を見張る。
マニュフェルノは白い薄手の絹のような素材の、水色のノースリーブのワンピース。リオラはオレンジ色のTシャツの上に真っ白なリネンのシャツ。そしてスラリとした生脚も眩しいショートパンツという格好だ。
マニュフェルノは光で透けた身体のラインが時折見えて、なんともまぁ夏らしい。
「着替。ググレくんも夏の服にしたら?」
「タンクトップとハーフパンツの上に、賢者のマントだと格好が悪いんだよなぁ」
「選択。もうすこし他にもあるでしょう……」
「服装とか、あんまりわからないから、マニュフェルノ選んでくれよ」
「全裸。その上にマント」
丸メガネを光らせてニヘラっと笑うマニュ。
「俺を変態にして全世界に中継させるつもりか!?」
「あはは……! そういえば、ぐぅ兄ぃさんって真夏でも、その肩パット入りのローブ着てますよね。内側が暑くないような魔法になっているんでしたっけ?」
俺とマニュのやりとりを聞いていたリオラが笑いながら、疑問を口にする。
「マントの内側は魔法で温度管理されているので、見た目ほど暑くないんだ。ほら……手を入れてご覧」
俺はマントの隙間に、リオラの手を導いた。
「わ……。すごい、涼しい」
「な?」
「避暑。暑い時は、ググレくんのマントの内側に逃げ込みましょう」
「や、それだと密着しちゃう」
「おぃおぃ……」
ちょっとそれは嬉しいな。
見渡す限りの草原を貫く街道は、マリノセレーゼへと続く『南の街道』だ。ヒカリカミナ地区は、草原と名は付いていても湿原が多いことで知られている。
ここから眺めるだけでも、小さな沼や湿原がいくつか見えて、青い空を鏡のように映している。沼を囲むようにこんもりとした森があり、近くには小さな集落と、そこで暮らす住人達の姿もちらほら見える。
空飛ぶ館を見て大いに驚きながらも、俺達の姿を見つけ手を振ってくれている。
やがて、前方に『世界樹』が見えてきた。
10キロメルテの距離からも、こうしてその巨大さを窺い知る事ができる。
王都メタノシュタットからおよそ200キロメルテ南方の地点、巨大な『世界樹』により、聖地とされつつある場所だ。
――新たなる聖地……か。
世界を一つにするシンボル、人類の繁栄と未来の象徴。
やがて開発が進めば、世界中の人々がこの地を訪れ、巡礼と称するようになるのも遠い未来の話ではないだろう。
幹の太さは直径300メルテ。高さは幹の部分が600メルテに達する。傘のように被さった緑色の山のような枝葉は、全幅1キロメルテ近くもある。兎に角、バカでかいのだ。
「ググレ! 駐屯地が見えてきたね」
「世界樹の村、ヨラバータイジュだ」
<つづく>




