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 根回しと、飛べない賢者

 ――世界樹に花が咲き、実がなった。


「これは意外と大事件かもしれんな。世界樹に行ってみるか」

「賢者ググレカス、世界樹に行かれるのですか?」


 妖精メティウスが、ひらひらと飛び俺の手のひらに座る。ほんのりと柔らかく温かい妖精の存在が伝わってくる。


「そうだな、ヘムペローザも連れて……いや、家族全員でかな」

「まぁ!? それは喜びますわ」

「世界樹で仕事をして、その後は休暇を数日申請しておこう。ここは公私混同、特権乱用でいくとするか」

「堂々と言ってはいけませんわね」

「はは」


 世界樹開発公社(ユグドカンパニア)の企画営業部長、リンカール・メイサ女史からの情報提供を受けた俺は、『世界樹』へ赴く事を決めた。


 これは報道業者(マスコミー)が報道したとしても、単なる朝のニュースで終わってしまうような軽い話題だ。しかし、世界樹がこの世界に根を下ろしてから一年以上が経過し、何らかの変化が起き始めた可能性を示唆している。


 ――成長しきったのか、あるいは……別の何かか。


 王政府は、この事態をどう考えているのだろうか。少なくとも現地の情報を俺に伝えてきたということは、「調査せよ」ということなのだろう。


 ◇


 一夜明けて、早速関係各所へ連絡を取りながら、世界樹へと調査に向かう許可を得ることにする。

 出勤日ではないので、書斎から水晶球通信を通じて相談と申請を行ってゆく。


 既にリンカール女史からは、「支援要請」という形で各所に根回しが済んでいたようで、すんなりと話が通る。


「世界樹に絡む特殊事案は、最優先で調査して頂きたいのです。移動手段や人選は賢者様に一任します」


 王政府内務省、リーゼハット局長はそう言った。

 その他にも世界樹に駐留する王国軍も、世界樹を魔法的な面で調査している王立魔法協会も同じような答えだった。


「早速、賢者ググレカス殿には現地へ行って頂き、危険な兆候なのか、あるいは有益なものなのか、それを調査して欲しい」


 というわけで俺は遠慮なく『賢者の館』による移動を申請、受理された。


「家族全員を連れての旅行……ゴホン。というわけではなく、空飛ぶ館には『研究室(ラボ)』があり、分析や解析を行える空飛ぶ研究施設だ。だから必要なのさ」


 当然、研究室(ラボ)が移動するわけだから、施設の維持管理には人員、つまりは家族が必要なので連れてゆく……という実に面倒な理由付けが必要だった。

 以前は緊急事態を理由に気軽にホイホイと行けたのだが、王国の組織に所属して働くということは、このように窮屈で面倒なものだ。


 だがその一方、後ろ盾があるという安心感は計り知れない。

 食料や水などの無償提供はあるし、手当も出る。メタノシュタットに張り巡らされた『大規模魔力探知網(マギグリッドセンサ)』からの警戒情報の正式ルートでの受諾。そして、現地の駐屯軍との協力も得られた上での、自由な調査の許可など、多岐に渡る支援を受けることが出来る。


「賢者ググレカス、それらしい言い訳が上手になりましたわね」


 水晶球通信を使った、いろいろな手続を聞いていた妖精メティウスは、机の縁に腰掛けて、退屈そうに脚をぷらぷらさせている。すこし不機嫌のようで、ツンとした顔つきをしている。


「俺も大人になったのだよ」

「許可、許可、許可。がんじがらめに縛られて、もう飛べなくなったのかと思いましたわ」

 ぷく、と小さく頬をふくらませる妖精(メティ)。どうやら自由が奪われてしまったのかと思っているようだ。

 空を自由に飛ぶことが信条の妖精にしてみれば、手続きと許可を取っている俺の姿が面白くないのだろう。


「メティ心配するな。俺は今でも、これからも、イザとなれば家族や君を守るためなら、何の躊躇いもなく飛ぶよ」


 恐ろしい敵や脅威が迫れば、俺だってこんなことはしていない。


「本当かしら?」

「誓う。それで王都を追われても構わないと思っている」

「賢者ググレカス、ごめんなさい。……ちょっと拗ねてみたくなっただけですの」


 妖精が机の上に立ち上がった。ハチミツ色の柔らかい髪と半透明な羽が、窓からの光を浴びて輝く。

 抱っこをせがむかのように、すっと俺に向けて両手を伸ばす。


「まったく……おいで」

 俺はメティウスを手のひらに乗せて、頬に寄せた。


 ◇


 いよいよ出発の日、魔法協会会長アプラース・ア・ジィル卿と水晶球通信で、会話を交わしていた。


『世界樹を生み出した魔法の源……無から植物(・・)を生み出したそなたの魔法は、実に稀有なものじゃ。我ら王立魔法協会の歴史を紐解いても、両手で足りる程じゃからのぅ。現役では、蓮花(れんか)の魔法使いシャンパリア、ドワーフ族の(コケ)使いアンゾ・ポエスコ。そして、蔓草魔法(シュラブガーデン)のヘムペローザさんじゃな』


 白い髭を蓄えた温厚そうな老魔法使いは、俺の横に立つヘムペローザに優しく語りかける。


「ワシは……よくわからんが、そんな大層なものじゃないにょ。これしか魔法が使えないからにょう」


 今日のヘムペローザは白い半袖の品のいいシャツに、フリルつきの青いスカート姿。丸いシャツの襟首には赤いリボンタイが結ばれていて、大人しめで可愛らしい。黒髪はよく手入れされていて、さらさらと肩で揺れている。


『今はそれで良いのじゃ。焦ることなどないぞな』

「わかりました……にょ」


『そういえば……アルベリーナ嬢も確か、つるバラの魔法を使うと聞いたことがあるのぅ? こりゃ現役で四人というわけか。何やら豊作じゃの」


「そうですね。他の魔法使いにも会ってみたいものです」


「アルベリーナ……にょ」


 遠く、想いを馳せるような目をするヘムペローザ。

 確かにアルベリーナも『蔓薔薇縛呪(ローザ・クライム)』という擬似的な植物の魔法を使う。それは攻撃的なトゲと呪縛の魔法だ。

 ヘムペローザの魔法との類似性から、以前は親子では? と疑った事はあったが、血の繋がりは否定されている。


『魔法の本質は一つじゃ。根源的な魔法力を意志の力で、形を変え、姿を変え、発現の道筋を変えてこの世界に干渉させているに過ぎぬ……っと、難しい話はこれくらいぢゃ。とにかく見習い魔女ヘムペローザよ……。そなたの師であるググレカスの教えを良く聞き、己の得意な、信じられる魔法を磨くがよいぞ』


「信じられる、魔法……」


 黒曜石のような瞳に青い虹彩を持つヘムペローザの瞳が、見開かれる。


「そうだとも、ヘムペローザ。俺はもっぱらスライムの魔法を磨いているからな。お前は、蔓草魔法(シュラブガーデン)をどんどん高めていけばいい」


「賢者ググレカスはキノコも操りますわよね?」

 妖精メティウスが小声で耳打ちする。

「キノコは植物でも動物でもないんだよなぁ……」

「そうですの!?」


「ワシの魔法は、また世界樹で役に立つのかにょぅ?」

「もちろんさ」

 俺の言葉に小さく、嬉しそうに頷くヘムペローザ。


『さぁ、行くがよいぞな。南の空は晴天じゃ。ヒカリカミナの空まで雲は見当たらぬと、未来読(さきよ)みの術者が言うておったでな』


 ホッホホと白い顎髭を撫でながら、老魔法使いアプラースが旅の安全を願う祝福(フェス)の魔法円を空中に描く。


「ありがとうございます、アプラース卿!」


 こうして、俺達は世界樹へと旅立った。


<つづく>


【作者よりのお知らせ】

読み切りの短編、『魔女の心臓』を公開しました。

作者の「作品一覧」からどうぞ!

五千文字程度、ググレカスとは何も関係のないオリジナル読み切りファンタジーです。

(すこしダークでエッチ、残酷描写もありますのでご注意を…)


では、また!


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