世界樹、再び
◇
「ググレ……何やってるの?」
帰宅したレントミアが、リビングダイニングのドアを開けると同時に立ち尽くし、引きつった笑みを浮かべている。
「おかえりなさいませレントミアさま。ご覧あそばせ、賢者ググレカスが素敵なチャレンジをしておりますの!」
妖精メティウスがパタパタと空中を舞いながら出迎えて、レントミアの肩に乗る。そしてリビングダイニングの中にいる俺の方を指差す。
服装は魔法使いの白いローブと、貴族の若者が着るような仕立ての良い紺色のシャツ、そして細身のシルエットが特徴のズボンを穿いている。
「お帰りレントミア、仕事もほどほどにな」
「あ、うん。聖剣戦艦の遺物分析で、つい夢中になっちゃって」
えへへと笑う相棒のハーフエルフ魔法使いは、朝から王城の地下施設に篭り、聖剣戦艦の遺物を分析していたらしい。
「聖剣戦艦の遺物解析は進んでいるのかい?」
「んー、結構ね進んだんだよ。見つかった新素材の組成とか、レギュオスカルの関節構造とか駆動原理とか。あとで報告書を見てよ、ググレは出入り自由なんだし」
「あぁ、そうするよ」
ここ数日はイスラヴィア関連や、チュウタの解呪でドタバタしていたが、ようやく俺も本来の職務に戻れそうだ。
香油ランプで照らされた室内はほんのりと淡い光で包まれているが、俺以外は誰もいない。時刻は夜の10時を過ぎているので、それぞれの自室で休んでいる。
「それでメティウス、素敵なチャレンジって、ググレの妙な動きのこと?」
「妙とか言うな、これでも一生懸命やってるんだよ」
「暗い公園を抜けてようやくお屋敷の明かりが見えたと思ったらさ、窓に……くねくねって黒い不気味な影が蠢いていたんだ! ……あれ、ググレだったの?」
「まぁ、怖いですわ……!」
「恐怖体験みたいに言うんじゃない! れっきとしたダンスの練習だ」
「ググレがダンス!?」
レントミアがエルフ耳をピンとさせてキャハハと笑う。
「プラムやヘムペロのダンスに付き合ったら、ちょっと悔しい思いをしたのでな。俺も少し創作ダンス対応の魔法を考えていたんだ」
「新しい召喚術かと思ったよ……」
「おいおい、俺の都会的で洗練されたダンスだよ、よく見てくれよ」
俺は背筋を伸ばしながら両腕を白鳥のように伸ばし、軽やかにターンをキメて見せた。右足を軸にして高速でニ回転。そして左足でキュッと勢いを止めてからビシッと右手で天を指す。
「――ハッ!」
キラッとした笑顔が自然と浮かぶのは、爽やかに汗を流しているせいだろう。
俺の服装は細くて黒っぽいズボンに白いTシャツ姿。寝間着姿のようなものだが、この方が動きやすい。
「う、うぇええ!?」
「どうよ?」
「どうって……なんで今クルクル回ったの……?」
「そういうダンスなんだよ」
「賢者ググレカス様は、敗北と屈辱を味わいましたから本気を出されたのですわよね」
「大げさだなぁ……」
思わず苦笑するが、館の皆が寝静まった後、俺は一人黙々と練習を重ねていた。
リオラやプラム、それにヘムペローザの合同ダンス練習で俺は痛い目を見た。学舎の文化祭に向けた創作ダンス練習で、無様な姿を見せた俺だが、明日の夜までにはパワーアップして、ダンスをお披露目……雪辱を晴らすのだ。
いや、正確には魔法による肉体制御を高度化し、踊れるようにしたのだが。
――魔力強化外装と、肉体制御術式による動作補助。
眼前に浮かぶ戦術情報表示には次々と魔法の励起と情報が、映し出されてゆく。
「ダンスの練習にまで魔法を使ってるの!?」
呆れ顔のレントミア。だが、こうなればもう後には退けない。
「あぁそうだともよ。回転の動きの正体は、足の裏に『粘液魔法』を励起して、摩擦抵抗ほぼゼロの空間を生み出す。そして身体の回転に関しては、肉体制御術式などにより実現したのさ!」
「久しぶりに魔法の無駄遣いを見たよ……」
「いっ、今はダンスという形で利用しているが、これは戦闘時にも使えるんだ。こう……華麗にクルリと回転したりして、敵の攻撃を避けたりしてな」
レントミアのツッコミにそれらしい言い訳をする。
「……ま、いいけど。ボクは疲れたからお風呂に入って休むねー」
「お、おぅ」
「あ、そうだ……王城で、世界樹がどうのとか言っていたよ。少し動きがあったみたい」
ふぁ、とあくびをするとレントミアは、ローブを脱いで椅子に投げ掛けた。
「ほぅ? それは楽しみだな」
「久しぶりに世界樹まで行きたいね」
「そうだな!」
世界樹に関しても調べねばならない事はまだあるし、移動手段に関しての開発も進めねばならない。
報告によればここ暫くは「ちょっかい」を出してくる外部勢力も無いようで、平穏な状態が続いているという。一体どんな動きがあったのだろう?
オートマテリア・ノルアード公爵や秘密結社ゾルダクスザイアンだろうか。
ドラゴンやレギュオスカルに姿を自在に変えられる連中のことだから油断はならない。あらゆる準備をし対策を練らねばならない。
だが次に相対した時は、決着をつける事になるだろう。
だが、今までと違うのは俺一人で戦うわけではないという事だ。脅威に対してメタノシュタット王国は、王政府、軍、魔法協会が一致団結し立ち向かう事になるのは、魔王城復活事件でも証明済みだ。
というわけで俺の目下の仕事は、宿題として積み残していた次世代移動手段の開発だ。
例えば俺の飛行型『樽』のように魔法使い個々の技能で賄っていた事を、簡易な魔法技術で再現し、初級の魔法使いでも扱えるようにする。その上で、最終的には非魔法使いでも運用できる形にして民間に広めていくのが目的だ。
つまり今必要なのは、魔法使いの技量や魔法力に頼らない、独立した魔法エネルギー源。それにより駆動できる魔法機関だ。
エネルギー源に関しては、今のところ有望なものは、水晶の結晶や輝石の粉末を組み合わせた固体式の『魔力蓄積機構』だ。
これは魔力を溜めて置けるが、一時間も連続使用すれば尽きてしまう。
魔法使いが魔力を込めながら使えば三倍から五倍程度は持つのだが、やはり魔法使いが必要になる。
ここが、悩みどころの大きな一つだろう。
駆動システムに関しては、レントミアの知恵や世界樹で見つけた色々なヒント、検索魔法で調べ上げた魔法工学の知識を組み合わせて、なんとか目処が立ちつつある。
――スライムピストン機関。
人造スライムの収縮を回転力に変えて、車輪を回す魔法駆動機関だ。これにより既存の馬車を、高速・長距離移動の手段に変えるという画期的な機構を実現する。
試行錯誤は必要だろうが、空を飛んだりホバークラフトを作るより、既存の馬車を改造したほうが現実的だろう。
「とはいえ、実際に動く魔法機関を作るのは、魔法工房に任せるしかないな」
「賢者ググレカス、イオラさまがいれば、日曜大工で作れました?」
妖精イメティウスが研究室の机の上で羽を休めている。
「流石に金属の削り出しや加工、複雑な魔法機構となると難しいな」
「では、どこか信用のできる魔法工房に外注なさいますのね」
「そうだな、王政府……いや魔法協会に紹介してもらおうかな」
と、書斎に設置していた水晶球が輝き、魔法通信の着信を告げる。
『あの……夜分にすみません。賢者ググレカス様はご在宅ですか?』
「おや、これはお久しぶりです、リンカールさん」
『お会い出来て光栄です』
それは『世界樹開発公社・ユグドカンパニア』の企画営業部長、リンカール・メイサ女史からの直通通話だった。
内務省直下の組織ではあるが、世界樹への交通網の整備、超竜ドラシリアへの戦勝記念と世界樹誕生祭の合同開催などなどが仕事の、組織の代表格だ。
「どのようなご用件ですか?」
『賢者ググレカス様、世界樹についての情報がありまして……。現地の駐屯軍からの報告を、王国軍と内務省を経由して伝えられたものです』
「それはいったい、どういう?」
『世界樹に、花が咲きました。一部では果実のようなものも確認できると』
リンカール女史は嬉しさを隠せないといった表情で告げた。
「な、なにぃ!?」
<つづく>




