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 見てしまったヘムペローザ

 水中で足場の役割を果たしていた『形態維持魔法(ソノマーマ)』を破壊された白蛇は、水柱を立てながら水中に没し、バシャバシャともがき暴れまわる。


『うわぶっ!? よ、よくもこんなっ……』


「水の神さまを気取っていた割には、水には浮かばないのか……」

「賢者ググレカス、だ、大丈夫でしょうか?」

「心配はいらないようだぞ、ほら」


 水中を泳ぎながら陸地へと向かった白い蛇は、見る間に胴体を縮め、その代わりにトカゲのような四肢を生やした。


「まぁ!? 手足が生えましたわ」


 その変身はスムーズかつ見事なものだった。池の畔の草地に上陸すると、四つん這いで数歩進む。すると後ろ脚を太くして二足歩行へと移行、最後には全身真っ白な人型の、身の丈2メルテはあろうかというトカゲ人間のような生き物へと変じていた。

 やや前傾姿勢で、顔は細長い爬虫類。長い尻尾が地面を這うように動いている。


「自在に変身可能……というわけか」


 思わず感嘆する。俺の眼前には、いくつか展開済みの戦術情報表示(タクティクス)があるが、そこでは擬似物質の組成解析が進んでいた。メティウスの魔法解析により、変化を引き起こす擬似物質の魔法的な組成が、徐々に明らかになりつつある。


『……侮っておったぞな、ググレカスとやら。よもや我らが術をこうも容易く破るとは』

『まったくじゃ、時間を掛けて編み上げた魔法が台無しじゃ……』


 白いトカゲ人間の真横に、緑の霧のような粒子が風に乗り集まったかと思うと、再び猿の姿をとりはじめる。見る間に一匹の「大猿」が姿を現した。


 つまり、蛇も猿も「中に魔法使いが入っている」というわけではない。


 思い起こせばオートマテリア・ノルアード公爵も、竜にその姿を変えた時、黒い微粒子状の霧になり竜へと再結晶していた。


 『外装変化魔法(メタモ・アウタースキン)』という、外見を変える方法があるにはあるのだが、服装などの表面的な変装に過ぎず、『認識撹乱魔法(イマジンジャマー)』との併用が前提だ。

 その点、この『古の魔法』は自らを別の粒子状の擬似物質(・・・・)に変えることで、その身を別のものに自在に変じさせているように見える。

 尤も、微粒子状の擬似物質を、魔力波動などを使い遠隔で操っている……と言う可能性もあるが、それは解析の結果を待つしか無い。


 対峙する二体の異形も、こちらの実力も認めざるをえない、という風に顔を見合わせた。


 いい加減腹もすいてきた。そろそろ朝飯の時間だろう。ここらで幕引きとしたいが……。


 相手を本気で傷つけて倒したり、こちらに憎しみを抱かせるのは下策だ。

 敵愾心(てきがいしん)を煽り、ましてや復讐心などを抱かれては、家族に害が及ぶ可能性もあるからだ。

 この土地に住む以上、彼らなりの縄張りを主張する「御庭番衆」と上手く付き合い、むしろ「頼もしい味方」になってもらうのが上策か。


 無論、こちらの力も見せつけておく必要がある。


 猿の分身を破壊し、水上浮遊の足場を破壊しただけは足りない。俺は目配せし、肩に座っていた妖精メティウスを少しの間、空へと舞い上がらせた。


「いやはや……見事なものです。古き魔法を使いこなす貴方達のような魔法使いがいる限り、メタノシュタット王家の聖地であるこの水源地も森も、安泰ですな……」


 俺は賢者のマントを振り払い、辺りを見回した。朝日は徐々に強さを増し、水面に差し込む光が美しいレースのカーテンのように揺れている。


『我ら御庭番衆は、かつて、この地を守護するように先代の王から仰せつかったのじゃ』

 大猿のシルヴァヌスが、二足で立ち上がりながら言う。


「なるほど、それで守ろうと?」


『そうよ。だから邪魔をしないで欲しい。我らの守護すべき領域を、かき乱すことは望まない』


「そこは、ご心配には及びませんよ」


『『なっ!?』』

 俺は、トカゲ人間と大猿の背後(・・)から声をかけた。ここは既に、戦闘出力の認識撹乱魔法(イマジンジャマー)の領域なのだ。


 彼らから見れば、俺がまるで瞬間移動したかのように見えただろう。飛び上がらんばかりに驚き、それぞれが左右に跳ねる。


「時代は移ろいました。私の空を飛ぶ魔法をご覧になりましたか? 今や宝剣(・・)が普通の騎士に行き渡り、鉄の()が数百キロメルテ先の怪物を射抜くことさえ可能です。……もうすこし目を開き、世界に目を向けて頂きたい。そうお伝えしろと、私はここに遣わされたのでしょう」


 勿論後半は方便だが、穏便に事を済ますにはいいだろう。


『我らが……井の中の蛙と?』

『ぬ……ぅ』

 再び真正面に場所を移し、瞬間移動を見せつける。あくまでも普通に歩いているだけだが、戦闘時と同じレベルの認識撹乱により、その効果は抜群だ。


『そなたは何が望みじゃ』

町内会(・・・)の一員として認めて頂き、家族ともども見守って頂きたい」


『はは、面白い御仁よ』

『よかろう、もとより我らは聖地として、この森と泉を守ろうとしたまでよ』


「森に火を放とうとする者がいれば罰し、水を汚そうとする者がいれば水を吹きかける。その働きには深く敬意を表します。……これからは森に迷う子がいれば導き家に帰し、水場で足を滑らせる幼子がいれば掬い上げて頂きたいのです」


『気に入った……! よかろう。先ほどの忠告も心に刻んでおくとするぞぇ』

『湖の(ふち)と森の(さかい)、ここを賢者ググレカスの領分と認めようぞ』


 不意に風が吹いたかと思うと、二人の異形は風に溶けるよう消えていった。


「賢者ググレカス、お話がついたのですね?」


 妖精メティウスが戻ってきた。羽を朝日で輝かせてフワリと舞い降りる。メティ専用の戦術情報表示(タクティクス)の中では『古の魔法』の解析が進んでいるようだ。


「あぁ。実に話のわかるいい連中だったよ。ここでの暮らしも安心だ」


 素晴らしい土産(・・)も頂いた事だしな。


 ◇


 館に戻ると、皆が目を醒ましていた。リオラは朝食の準備、他の面々は景色が違うことに驚き、はしゃいでいる。


「綺麗。まるで絵画みたいな景色ね」

「いい眺めだろう?」

 リビングダイニングの窓から眺める景色は、マニュフェルノの言う通り美しかった。手前の芝生、庭先の小花、木々、借景の森。その向こうに湖面が輝いて見える。


 妙な町内会のご挨拶を除けば、概ね良い王都暮らしのスタートと言えよう。


 と、そこでプラムが駆け寄ってきた。


「ググレさま、おはようなのですー」

「あぁ、おはようプラム」

 まだパジャマ姿で、髪もモサモサだ。

「ヘムペロちゃんがー、起きてこないのですー」

「む? ヘムペローザどうした?」

「なんだか、怖い夢を見たって、布団から出てこないのですしー……」


 困ったように俺の袖を引くプラムに急かされ 、寝室へと向かう。寝台(ベッド)には毛布にくるまり

イモムシみたいな状態のヘムペローザが転がっていた。


「おーい、ヘムペローザどうしたんだ? 怖い夢を見たのかー?」

「にょー……怖い、ここはダメな場所にょ……」

 毛布から顔をだし、情けない声で訴える。

「一体何を」


「恐ろしい大蛇をそこの窓から見たにょ! あれは……絵本で見た神話のおっかないやつにょ! それと『恐怖・人食い類人猿』の本で見たやつらもおったにょ!?」


「あ、あぁ……それか」


 それは町内会の皆様だ……とは流石に言えなかった。


<つづく>


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