猿と白蛇といにしえの魔法
『噂には聞いておるぞ、賢者を名乗る魔法使い、ググレカスの名ぐらいはのぅ……。じゃが、見たところ若造よ。威厳も風格も無い……。そのくせ、世間からちやほやされているのじゃろう?』
御庭番衆の長、シルヴァヌスの妬み混じりのしわがれた声が響いた。
「……それは光栄です、古の魔法の使い手たるシルヴァヌス殿。最近は随分有名になったと自惚れていた自分を、恥じるより他ありません」
「まぁ、賢者ググレカス、ご謙遜を」
「嫌味だよ」
妖精メティウスが耳元で楽しげに言うものだから、つい本音を漏らしてしまう。
『その特別製のマント……二流魔法使いの巣窟、魔法協会からの賜り物のようじゃのう? そんなものでも、ズタズタに裂けてしまったらさぞ困るであろう? 今からでも遅くはない……去るのじゃ』
「あの方たちの目的は、私達を追い払うことなのですか?」
「自分たちの存在が、俺に脅かされると思い込んでいるんだろう」
「まぁ、酷い誤解ですわ」
「今からその誤解を解けばいいさ」
『去なぬのか。ならば……思い知らせてくれようぞ!』
シルヴァヌスが低い声で叫ぶと、周囲の木の幹や梢から数十匹の猿が姿を表した。血走った赤い目を光らせ、それぞれが鋭い牙を剥き出しにしながら俺の方を威嚇する。
最初は一匹だけだった「猿」が複数に分裂したようだ。しかし戦術情報表示では、赤い光点が消えたり点ったりを繰り返している。それは、物質としては不安定な存在であることを物語っていた。
――実体はあるが、永続的に存在できないのか……?
『キシャァア』『ガゥウアア!』
その数はおよそ二十……三十体近い数だ。ゴーレムに置き換えて考えても、並の魔法使いが操るには容易な数ではない。相当に練熟した腕前か、あるいは別の原理で動いているのだろう。
「お猿さんがあんなに沢山……恐ろしいですわ!」
「こりゃヘムペローザが見たら、もうここには住まないにょー、と言うだろうな」
「うふふ。ですわね」
猿の群れに大蛇……。ヘムペロやプラムにラーナ達が目を覚ます前に、決着をつけたほうがよさそうだ。
猿軍団の数は多いが、背丈は人間よりも幾分小さい。だが、野生の猿は人間を簡単にねじ伏せるパワーがあるという。とり囲まれた時点で、大抵の人間は悲鳴を上げて逃げ出すだろう。
「なるほど。森を守るという意味において、これほど有効な威嚇の手段はありませんな」
『いつまでそう、余裕でいられるか……なッ!』
ザワアッ! と一斉に猿軍団が襲いかかってきた。木を駆け下り、俺を目掛けて殺到する。
こうなった以上、互いの力を全力でぶつけあっての殴り合い。勝敗を決した上で、爽やかな握手と笑顔で友好関係を結ぶ。……という素敵なシナリオが見えてくる。
「賢者ググレカス!」
「あぁ、迎撃だ」
戦術情報表示を視線誘導、『弾道予測魔法』の自律駆動術式を励起。そして防御壁のように展開していた『粘液魔法』を、鞭状に変形させる。
ヒュッ! と空気を切り裂く音と共に『粘液質の鞭』が勢いよく六本、まるでタコの触腕のように、空を切った。
展開済みの擬似的な粘液生命に『形態維持魔法』を使い形成した自在鞭だ。
準備に要した時間はおよそ1秒。呪文詠唱も全て超高速の自動詠唱。
『なんとおぞましい。粘液を操るのか……!』
白蛇が驚きの声を漏らす。新鮮な反応が実に嬉しい。
『キャゥアアッ!』『ウキィイイッ!』
「ふんっ!」
雪崩をうつように襲ってきてた猿の群れを、2メルテほどの至近距離でなぎ払う。六本の触手を順番に繰り出し、バシュ、ビシッ! と、スライムの鞭で猿を吹き飛ばす。
猿は跳ね飛ばされた途端、空中で白い霧のようになり、文字通り霧散してゆく。
『ぬ、ぬぅうううう!? おのれ……!』
「脆い、手応えがなさすぎる」
おまけに術者の声が上ずり裏返っている。
最後になった一匹の猿を、粘液の鞭で絡めとるようにして捕獲。『ウキイイ!?』と怒り狂う猿の体表面から、サンプルを削り取る。
鞭の締め付けを強くすると、猿はまるでガラスの瓶が砕けるがごとく、粉砕してしまった。
「ほぅ……これが」
スライムの鞭の先に僅かに残っていたのは、白い微粉末だった。例えるなら、小麦粉のようでもあるが、エール酒の「泡」を固くしたような、とても軽くて曖昧な、不思議な物質だ。
擬似物質……、これは魔力糸の一種ではなかろうか?
何れにせよ『古の魔法』と呼ばれる特殊な変異魔法の一端を掴まえたのは間違いない。
目の前で貴重なサンプルである白い微粉末が、サラサラと光の微粒子に戻って大気中へと溶けそうになる。そこで俺は『形態維持魔法』を励起、物質を固定化する。
「賢者ググレカス、さっそく解析をいたしましょうか?」
「あぁ、後学のためだ。偉大なる魔法を学ぶ、またとない機会だからね。頼んだよメティ」
「はい、おまかせあれ」
メティウスが自分専用の戦術情報表示を展開し、解析にとりかかる。
生きるか死ぬかという極悪な呪詛の解析を行ってくれた時に比べれば、難しいことではないだろう。
これが解析できれば、ノルアード公爵の魔法を攻略することが出来るはずだ。
猿は片付けたが、術者本人が見当たらない。
また仕掛けてくることも考慮して、戦闘用の『認識撹乱魔法』を励起、完全に周囲を魔力波動で撹乱する。相手からは俺の位置を特定することさえ難しいはずだ。
『おのれ……怪しげな魔法を!』
「いや、それはお互い様だ」
『長を……シルヴァヌス殿をよくも!』
白蛇が全身の白いウロコを浮き立たせたかと思うと、まるで手裏剣のように飛ばしてきた。それは命中することもなく目の前を通り過ぎ『偽の俺』を通過する。
その隙に俺は湖面へ向かって駆け寄った。そして、ちょんっとつま先で水に触れてみるが、何の変哲もない普通の水面だ。
となれば、白い霧に包まれた巨大な白蛇が水面でとぐろを巻いている周囲のみが、何らかの魔法の影響下にあると見ていい。
水面に手を差し入れ、魔力の波動を感じ取ってみると、そのカラクリが容易に判明した。
なるほど。水を『形態維持魔法』で円柱状に形成……。まるで竹馬か下駄のようにすることで、水面の上を歩いているかのように見せかけていたのか……!
これは目から鱗の使い方だ。
「なるほどな……いろいろと勉強になるよ」
俺は水面にゆっくりとつま先をつけた。その瞬間『形態維持魔法』を励起。
湖の底まで届くよう、円柱状に水を硬化させ、ゆっくりと体重をのせる。と、意外にも平気だ。
「ほぅ……、いけるかな」
水深はまだ50センチメルテ程度。もう一歩の足を踏み出し、水面に着けたつま先の裏から、再度「水の柱」を水中に形成する。
二歩目が成功。コツがわかればもう、三歩目、四歩目と湖面を歩く事ができる。川ならば難しいだろうが、ほとんど水の流れのない池だから可能な技とも言える。
「水の上を歩けるなんて、素敵な魔法……!」
「フハハ、いい気持ちだ。しかし結構怖いな」
余裕で水上を歩きはじめる俺。
空を飛ぶ賢者ともなれば水の上を歩く事など造作もない……! と大手を振って言える。
これも自律駆動術式という仕組みがあればこそ。普通の魔法使いが、同じ原理で水面に浮こうと思えば、一歩を進むごとに2分ほどは必要だろう。
そして白蛇の体の真横に忍び寄ると、その体にそっと手を添えた。冷たくてブニブニした感触は生き物のそれだ。
「すこし秘密を見せて頂いたが、……実に勉強になりましたよ」
『ハッ!? け、賢者ググレカス!? な、何故……す、水面に!?』
白蛇は飛び上がらんばかりに驚き、鎌首をもたげた。だが、時既に遅し。
「ところで、本体は泳げるのですか?」
俺は白蛇の真下、水面下を魔力糸でかき乱した。途端に巨大な蛇がバランスを崩し、水中に没して行く。
『うっきゃわああああっ!?』
<つづく>




