少年-5.またあとで
二時間のカラオケが終わる。半分以上は悪友がマイクを占有していた。
帰ろうとすると、悪友が「まだ歌う」などとのたまったので、「黙れ阿呆」とだけ言い残して部屋を出る。
それでも追いかけて来たが、財布の中を見せて金が無いことを見せ付けると「マジかよー」とだけ言って部屋に戻った。
「アイツ、あれだけ歌っといてまだ歌う気なのか」
「殆どマイク独り占めしてたよね」
横で苅谷が苦笑する。
悪友には彼女が付き添い、俺と苅谷だけで店を出た。苅谷も同じ駐輪場に停めているというので、一緒に歩いていく。
駐輪場に着いて、奥に停めた自転車のところまで行く。自転車に鍵を差し込み、捻る。
ガシャンと鍵が外れる音がして、思った。これはいい機会じゃないか。
「あのさ、苅谷さん」
彼女は手前に自転車を置いていた。離れていたので、少し声を張る。
「は、はい! 何でしょう?」
大きな声に驚いたのか、慌てた様子で声が返ってきた。
「この後、ちょっと時間ある?」
自転車を押しながら彼女に問いかける。
「へふっ」
彼女は変な声を出して、黙った。心なしか体が小刻みに震えているように見える。
彼女の隣まで来て、もう一度訊ねた。少し聞こえにくかったかも知れないと思ったからだ。
「う、うん。あるけど」
か細い声で彼女がようやく答えた。
何故こんな気が小さくなっているのだろう、とそこまで考えて、一つの結論に至る。
「それもそうだね」
一人で納得して呟くと、彼女が俺の顔を見上げた。身長差から自然とそうなる。
「歩きながら話そう。他の人に聞かれると困るし」
「う、うん」
自転車を押して歩道まで出る。
「あ、帰り道違ったら話せないから駄目か。帰る方向どっち?」
彼女が指差した方角は俺の帰路と全く別の方角だった。これでは帰りながら話すというわけにはいかない。
「帰る方向違うんだ。それじゃあ」そう口にしたが、特に話せる場所の候補があるわけではなかった。どうしようか。
「えと、人に聞かれると困る話なの?」
「そうだね。ああ、もう面倒くさい」
「え?」
「今日電話かけるから、そのとき話すよ」
自己紹介の後にアドレスと電話番号を交換していた。電話帳に載っている名前は少なく、悪友のように会う人会う人次々に交換しない。それでも苅谷美奈の名前が入っているのは、悪友の彼女が俺の携帯電話を奪って登録したからだ。電話帳くらい女っ気があるようにしろとのことだ。余計なお世話以外の何ものでもない。
「それじゃあ」
「うん。バイバイ」
互いに手を振って、そこで分かれた。