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かしかり  作者: 湯城木肌
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少女-1.借り

少女の視点に変わります。

 告白しなさいよ。


 親友にそう言われても、全くわたしの勇気は立ち上がろうとしなかった。

 クリスマスイブやバレンタインは告白イベントの象徴とも言っていい。これらの行事は一般的に恋を応援してくれるものだと言われているけど、全く逆だ。プレッシャーが強すぎる。シングルベルや友チョコでしか過ごしたことがない。

 それに比べれば、まだエイプリルフールのほうが助かる。失敗しても、「嘘でした」と言えば、クリスマスイブやバレンタインほどの致命傷を負うことはないんだから。

 だからといって「嘘でした」と言えるほど好きな人が身近な相手じゃない。

 しかも同じクラスにもなったことはない。面識が全くない。打つ手なしなのだ。

 今年こそは、と祈ったけれど、今年も別のクラスだ。どうすればいいかわからない。

 そんなことを親友に相談したら、彼女の答えはこうだった。


物を借りるのよ。


 これこそが別のクラスの特権、と彼女は力強く言い切った。忘れ物をしても、同じクラスは同じ授業を受けるのだからこんなことは出来ない、と。

 おお、と感心したわたしに、彼女はにやりと不敵な笑みを浮かべた。

「やりなさい」

「え?」

「今日実行なさい」

「えええ?」

「今日必ずやりとげること。いいわね?」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「い・い・わ・ね?」

「……う、うん」


 やるしかない、そう自分にも言い聞かせ、やろうとした。だけどわたしは実行しようとしてある重大な問題に気付いた。

 彼の席は窓際の一番後ろだ。扉のある廊下側と真逆の位置にある。もし彼に借りようとするなら大声をあげて彼を呼ぶ必要がある。わたしにそんな度胸はあるわけがないし、仮にそんな度胸のある人物だったとしても、「何で俺?」という答えが返ってくるのは明白だ。二年になり他クラスに知り合いがいない人は少なく、いなくても同性に先に聞くのが自然だろう。ごもっとも、と言うしかない。


 そんなことを一日中考え続けていたら、いつの間にか放課後になっていた。

 教室はガランとして、わたしだけ孤島に取り残されたようだった。

「え、うそ!」

 早く帰ろうと帰り支度を始めたしたとき、教室の前を一人の男の子が愚痴を言いながら通っていった。


 彼だ。

 鼓動がバクバクなっているのがわかる。

 今しかない。

 わたしの直感がそう告げていた。


 今なら彼のクラスにも誰も残っていないはずだ。それなら大声を出す必要もないし、「何で俺?」と返答されることもない。

 わたしは迷いが出ないように、すぐに彼の教室へ向かった。

 彼は帰り支度をしているせいでわたしが来たことに気付いてないようだ。

 静かに深呼吸をして、ねぇ、と言葉を発した。


「何?」

 彼が返答してくれたことに急に顔が熱くなる。彼の目に変に映ってないだろうか。

 すぐに言おうとしたけど、ある疑問がわたしの口を止めた。


何を借りればいいんだろう。


 もう今日の学校の授業は終わってしまっているのだ。忘れたから教科書借りる、なんて話はおかしい。他に借りれるものは何があるだろう。借りるもの、借りる、かりる、カリル、かりる、かりるかす、カス、貸す、貸すもの、貸せるもの……。

 ハッ、とわたしはあるものを思い浮かべ、すぐに口から発した。


「お金、貸してくれない?」


「はい?」

 彼がぽかんとした顔をする。

「今、何て言った?」

 今度は怪訝な顔をして訊ねてきた。


 どうしよう。


 まさか自分がこんなことを口走るとは思ってなかった。彼がこんな表情をするのも当然だ。わたしだって知らない男子からこんなことを言われたら、そうする。


 でも、もう後には引けない。言ったものは、言い切るしかなかった。

「えっと……。お金貸してください!」


 教室は時が止まったように静かになり、グラウンドの部活動生の掛け声だけがわずかに聞こえる。

 ほかに、ほかに何か言い続けないと。

「あ、あなたは、バイトしてるって、と、友達から聞いてて。その、お、お、お金を貸していただけないかと思いまして!」


 もう駄目だ。そう思った。

 第一印象がこんな最悪になるなんて思わなかった。

 いっそ、早く切り捨ててほしい。そしてこの場から早く去りたい。


「わかったよ。いくら?」

 まさかの返答だった。わたしもあわてて答える。

「い、一兆円!」

「へ?」

「あ、間違えました! いち、一万円ほど」

「はいよ」

 呆気なく手渡してくれる彼。もしかして偽札だったりして、と一瞬勘ぐってしまう。

「ちゃんと返してね」

「え、は、はい」

「急いでないし、返してくれるのはいつでもいいから」

「は、はい」

「でも、同級生までに頼るって、何をそんなに追い込まれてんの?」

「そ、それは……」

 理由なんて考えてなかった。何かもっともな理由は、納得の出来そうな理由は思いつかないと。理由、理由、理由……。

「あ、言いにくいならいいよ。お金ちゃんと返してくれれば、俺はそれでいいから」

 あっさりと言う彼にまた呆気にとられる。

「わ、わかりました。そ、それでは」

 ペコリ、と会釈をしてわたしは教室を出て行った。

 自分の教室に戻り、カバンに顔をうずめる。



「どうしよう……」

 心臓がバクバクとなり続け、顔が、全身が熱くなる。

 彼と話せたからというのもあるけど、もう一つ理由があった。

「よけい好きになっちゃった……」


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