少年-1.貸し
「お金、貸してくれない?」
これが彼女との初めての会話だった。
俺はその日、これまで溜まった課題の提出という無理難題を突きつけられ、教室に残り処理に追われていた。
俺の他にも数人その苦行を言い渡されていたけど、そいつらは解答を丸写しし、さっさと帰っていった。根が真面目な俺は全て、……とは言えないけれど、殆どは自力で終わらせた。
課題の処理を頑張ってる時点でどこが真面目なのだと言われれば口籠ってしまうけれど、そこは部活動生ということを理由に反論したい。文化部だけど。
「やっと終わったー」
力いっぱい伸びをする。約三時間固まったままの体だったからか全身からバキバキッと気持ちいい音がした。この音が心地いい。
地獄から解放され、すがすがしい俺の心とは反対に外はもう真っ暗。当然、教室を見渡せばクラスメートは誰もいなかった。
「残ってるわけないよなー……」
急に悲しくなり、さっさと職員室へ課題を提出しにいった。だけど、提出を強要した担任は帰っていた。
「なんだよ、くそ」
愚痴を言いながら教室に戻り、帰り支度をしていると、ねえ、と声を掛けられた。
顔だけを声のほうに向けると、そこには一人の女の子が立っていた。
「な、何?」
声が裏返る。顔が次第に熱くなってくる。
放課後、誰もいない教室、二人きり、の3つが揃っている。
俺の脳はある一つの可能性しか思い浮かばなかった。
恋愛に興味ない男と友人にからかわれ、自分でもそう思っていたが、ふいにおとずれたこの状況には心臓は高鳴っていた。
彼女が何と言うか、一言も聞き漏らさないように耳に神経を集中させる。
「お金、貸してくれない?」
「はい?」
一瞬にして現実に戻される。
「今、何て言った?」
俺の脳内妄想が肥大しすぎて、結果、事実を歪曲させて真反対の幻聴を耳にしてしまった場合もありえなくもない。
直後彼女の顔は急に赤くなった。やっぱり、俺の聞き間違いか。
「えっと……。お金貸してください!」
続けざまに放たれる追加攻撃を一呼吸して受け止める。
これが現実なのだ。
「あ、あなたは、バイトしてるって、と、友達から聞いてて。その、お、お、お金を貸していただけないかと思いまして!」
内容が内容だけど、彼女が顔を真っ赤にして言っているせいで告白にしか見えない。
「わかったよ。いくら?」
「い、一兆円!」
「へ?」
「あ、間違えました! いち、一万円ほど」
「はいよ」
ちょうど手持ちがあったので、財布から出して手渡す。騙そうとしている風には見えず、誠実そうではあったので、自然と受けていた。
「ちゃんと返してね」
「え、は、はい」
「急いでないし、返してくれるのはいつでもいいから」
「は、はい」
「でも、同級生までに頼るって、何をそんなに追い込まれてんの?」
「そ、それは……」
言いよどみ、沈黙してしまう。騙されたのか、と一瞬疑うがそんな度胸があるようにも見えず、悪い印象はもてなかった。
「あ、言いにくいならいいよ。お金ちゃんと返してくれれば、俺はそれでいいから」
「わ、わかりました。そ、それでは」
ペコリ、と会釈をして彼女は教室を出て行った。
再び独りになった教室で力が抜けて机にうつ伏せる。
「……告白じゃなかったか」
ぽつり、とつぶやいた一言が、やけに教室内に響いたような気がした。




