少年-6.お金の話
話すことを頭の中で反芻しつつ、電話帳の中から彼女の名前を探し出した。受話器ボタンを押して、耳元に持ってくる。
『もしもし!』
「あ、え、もしもし? 苅谷さん?」
電話をかけた直後に受話器から声が飛び出てきたので、呆気にとられてしまった。
『はい、苅谷です』
「あ、相沢です」
すぐに沈黙になる。名前を確認し合って、それ以後静寂を保ったままでは何のために電話をしたのか分からない。
電話で沈黙ってあるんだな、と感心しつつ、どう切り出そうかと悩んだ。
『えと、話って何かな』
沈黙に耐え切れなかったのか、彼女が口を開く。そうだ、彼女も薄々気づいていることだろう。こんな話は早めに終わらせたほうがいい。
「お金の話なんだけど」自分に非はないのだから堂々と話せばいい、と心の中で鼓舞する。「苅谷さん、一万円借りたよね。その後どうするかの話をしたいんだ」
あうあう、と心なしか受話器の向こうから変な声が聞こえる。
「毎月二千円くらい返すこと、って出来る?」
『で、出来るよ。お小遣い三千円貰ってるから。だから、三千円ずつ返すよ!』
「あーいや、三千円中の二千円ってきついな。毎月千円のほうがいいか」
『いや、そんな、悪いし』
彼女の声が段々か細くなっていく。人にお金を借りているのだから、気が小さくなるのも当然だろう。それでもやけに小さくなっているように感じるのは彼女の性格のせいかもしれない。
『すぐ返すよ。まとめて一万円』
「一万円って大金だからな。軽く貸した俺が言うのも変だけど」
『でも、悪いし』
「でも、苅谷さんはお金に困っているから、俺に借りたんだろ。そんな人がすぐに用意できるわけない。だろ?」
『うん、まあ、だね』
歯切れが悪い。でも、俺は彼女の事情を知っているから、気にはしない。
「楽器壊したから、弁償するために必要だったんだってね。先輩が原因だったのに、全部自分が責任を負ったって」
『え?』
「俺の悪友、ああ、あの今日カラオケにいた奴に聞いたんだよ」
『それは、何ていうか、その、えと』
「ああ、大丈夫だって。その話は聞かされたけど、それが苅谷さんだってのは知られてないみたいだし、お金借りた話もしてないから」
確かに苅谷本人が弁償しているとは確定していないけれど、ここまで証拠が揃っていれば結論は自然と出てしまう。
「だから、苅谷さんのことは信頼してる。ちゃんと返してくれるってね。アイツの友達でもあるからね」
『うん。あり、がとう』
「じゃあ、そろそろ切るから。用件も伝えたし」
『そうだね! お、おやすみ』
「まだ寝ないよ」見たいテレビ番組もあるし、と心の中で付け足す。「おやすみ」




