空に響く
side:青海紀
現世に戻ってきてから、よく歌をうたうようになった。童謡、唱歌、流行歌、賛美歌…覚えている限りの歌をうたう。
ただの現実逃避かもしれないが、私は悩んでるとき、必ずと言っていいほど歌をうたう。悩みが深ければ深いほどよく歌うのだ。今の私はかなり頻繁に歌っていることから、真剣に悩んでいると言うことが自分でもよくわかる。…今ほど歌っていなかったことから考えて、あの日―一度現世を去った日まであまり真剣には悩んでいなかったのだろう。追い詰められてから考える(出たとこ勝負とも言う。)というどこか楽観的な癖は来世(あったらいいな。)では改めたい。
このごろ私はよく考える。自分がどうしたかったのか。自分がどうしたいのか。…まあ答えが出ないから毎日歌っているわけだけど。いつまでもこうしているわけにはいかないのだ。よく、考えないと。
今日うたっているのは文化祭のときの曲だ。劇のためだけに歌を作る余裕はなかったらしく、イタリアのカンツォーネをそれらしく歌ったのだ。…緊張のあまり出番の隙間に飛び出していったとき、卒島にぶつかったんだっけなぁ。きっと卒島はそんなことがあったことすら忘れているだろうけど。
これを聞いて卒島があの時私と出逢っていたことを思い出してくれないかな。
side:卒島水門
歌が聞こえてくる。青海の歌だ。俺がいることに気づくと、青海はすぐ歌うのをやめてしまうけど、今日はまだ気づかれてないらしい。あののびのびとした透き通った歌声が聞こえてくる。外国の歌のようで歌詞の意味はわからないがやさしい響きだ。
そういえば文化祭のときに青海がうたっていたのもこんな感じの歌だったような気がする。だが…青海とぶつかったあのときのことをあいつは覚えていない。
なんとなく面白くないような心境になりながらも、俺はしばし青海の歌に聞き入った。
そして、ふいに歌声は途切れ、
「!?あんた、いたならいたって言いなさいよ!」
「今声をかけようとしてたところだ。」
―今度は二人のやり取りが、空に響く。
小話です。時間軸は飛びまして、卒島水門の場合6あたりのお話です。




