第5話 消えた超能力
朝。
片山はいつもより三十分早く目を覚ました。
普段は朝食を抜くのが習慣だったが、この日はなぜか、無性に何かを口にしたくなった。
トーストを焼き、コーヒーを淹れる。食卓に並ぶ湯気を見ながら、ぼんやりとした頭で考える。
最近、超能力の発動時間を記録し始めて二週間。
そろそろ何か法則が見えてきてもいい頃だ。
食器を片づけ、支度を整えると、いつものようにストップウォッチをポケットに忍ばせて家を出た。
電車に揺られ、駅を降り、大学へ向かういつもの道。
そのとき、世界がぷつりと途切れた。
音が消えた。人の足音も、風のざわめきも、遠くの車のエンジン音も。
通りは静止し、時間が凍りついたかのようだった。
片山は深く息を吐き、慣れた手つきでストップウォッチを押す。
「また勝手に発動か……」
彼はいつものように辺りを見回す。
止まった人々、止まった車。
この光景にはもう慣れたはずだった。
しかし、この日は様子が違った。
10分、15分……20分。
いつまで経っても、世界は動き出さない。
「……おかしい。こんなに長かったことはない。」
その瞬間だった。
背後から、アスファルトを叩くような「足音」が聞こえた。
「え……?」
時が止まっているはずなのに、動く音がする。
驚いて振り向く。だが、視界には静止した世界しか映らない。
人も車も、風さえも、すべて止まっている。
恐怖と好奇心が入り混じる。
追いかけようと足を踏み出しかけたが、片山は立ち止まった。
もし時が動き出した瞬間を見られたら、自分の能力がバレるかもしれない。
その恐怖が、足を縫い止めた。
やがて、30分が経とうとしたころ、止まっていた世界がゆっくりと音を取り戻した。
車のエンジンが唸り、人のざわめきが戻る。
片山はストップウォッチを止め、表示を確認した。
29分57秒。
「……は? 30分近くも?」
あり得ない。
平日はいつも10〜15分、長くても20分が限界だった。
なのに、今日は異常に長い。
しかも、あの足音――。
「朝食を食べたから? いや、そんなはず……」
彼は混乱しながらも、ふと気づく。
「もし一日の発動時間が三十分なら、昼の“いつも止まる時間”にはもう発動しないってことか?」
つまり、自分の超能力は一日30分しか使えない制限発動型――
そう仮定するなら、説明がつくかもしれない。
「……これで、少し真相に近づける。」
胸の奥にわずかな興奮を覚えながら、片山は大学へ向かった。
その日、彼の予想通り――朝以外に時が止まることはなかった。
⸻二週間後
いつもの喫茶店。
片山と牧原は向かい合って座っていた。
牧原が先に口を開く。
「二週間経ったけど、超能力に何か変化は?」
「……あぁ、あるよ。」
片山は深刻な表情で頷く。
牧原は眉を寄せた。
「どうした? 何かあったのか?」
「だいぶ驚くと思うけど、聞いてくれ。」
片山は一息ついて語り始めた。
「電話で話した次の日の朝、いつものように能力が発動したんだ。
でも……その日は三十分も続いた。」
「三十分!? じゃあ、昼の時間は――」
「発動しなかった。」
「つまり、一日三十分しか使えない“制限発動型”ってことか。」
「そう。俺もそう思った。だから次の日、寝ずに確かめたんだけど……」
「……けど?」
「その日を境に、能力が発動しなくなった。」
「……え?」
牧原の表情が固まる。
「つまり、あれから二週間、一度も時が止まっていない。」
「そんな……超能力が“消える”なんて、AMOの記録にはないぞ。」
牧原は頭を抱え、焦りを滲ませる。
「もしかして調査不足か……ごめん、手助けできない。」
片山は首を振った。
「もういいんだ。」
「……え?」
「超能力なんて、もうどうでもいい。
AMOに目をつけられなければ、それで十分だよ。」
「でも――」
「牧原、君、最近ずっと寝てないだろ? 目にクマができてる。」
片山は静かに笑った。
「俺のために時間を削って調べてくれたんだろ。ありがとう。でも、もう休んでくれ。」
牧原は言葉を詰まらせた。
「……わかった。ただし、何かあったらすぐに連絡して。」
「あーもちろん。」
その夜、片山は牧原を家まで送り届けた。
牧原は久しぶりに深く眠り、数日で顔色を取り戻した。
一方、片山は不安を抱えたまま、何も起こらない日々を過ごした。
時は流れ――超能力が発動しなくなってから、一ヶ月。
⸻
7月14日
夏休み目前。
片山はすっかり「普通の大学生」に戻っていた。
講義室では、教授の声が響く。
「今日は前期最後の講義だから、例のレポートを出すぞ。
今年のニュースを一つ選んで、1500字でまとめて提出するように。」
「……マジか。」
片山は頭をかきながらため息をつく。
ニュースなど普段見ない。政治にもスポーツにも興味がない。
「……俺、本当に平凡すぎるな。」
しかし、ふと閃いた。
「超能力やAMOに関するニュースを書けばいいじゃないか。」
彼はその日の夜、ネットで情報を漁り始めた。
数多くのニュースの中、ある記事が目に留まる。
『ピジョンの組織の一人 脱獄失敗!』
16 日、国家転覆の容疑で AMO 施設に送られたピジョンの組織の西村容疑者は、超能力を
使用して脱獄を試みた。しかし、AMO 施設の厳重な警備により脱獄は失敗に終わった。西
村容疑者は、 脱獄により数人の AMO 施設の関係者が意識不明の重傷を負わせた。 AMO 機
関は西村容疑者の超能力危険度をレベル 2 から 3 に変更した。超能力が危険だと判断した
AMO 機関は西村容疑者を抹殺することにした。AMO 機関はこの事件より AMO 施設の警
備やセキュリティーをさらに強化することにした。
「これ、ちょうどいいかも。」
彼は記事をもとにレポートを書き上げた。
AMOに関する知識が役立ち、わずか五時間で完成した。
「牧原のおかげだな……」
軽く笑いながらも、片山は記事の内容に妙な興味を覚える。
“危険度レベル2の超能力者”――その定義を調べてみたくなったのだ。
スマホを手に、AMOの記録を検索する。
匿名ではあるが、発見日時や能力の概要が並んでいた。
6月15日 10:56 Y氏:触れたものを壊す能力
6月3日 20:25 N氏:地震を起こす能力
「へぇ……6月って最近だな。」
さらに下をスクロールし、目に留まった一行で、彼の指が止まる。
5月17日――
「……この日って、まさか。」
片山は息を呑む。
頭の中で、点と点が繋がっていく。
勝手に発動する超能力。
1日30分しか続かない。
止まった時間の中で聞こえた足音。
突然、発動しなくなった理由。
牧原の資料で感じた違和感。
そして――この記録。
10分間、俯いたまま考え込み――やがて、彼は顔を上げた。
「……そうか。そういうことだったのか。」
静かに笑みがこぼれる。
「これで、すべての辻褄が合う。
これでわかったぞ。僕の超能力の真相が。」




