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天露の神  作者: ライトさん
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「和香様の思い」


「で、一体どう言うことなのじゃ?」


 学校から帰ってきたばかりで、まだ制服のままの雨子様が言う。


 その問いの言葉に対して、何とか弁解の言葉を作り上げようと、あれこれと考えを巡らせているのは誰あろう和香様。その傍らでは小和香様がやれやれというように頭を振っている。


「ともあれそのように玄関に立ち尽くされていても困るの、中に入るが良い」


 そう言うと雨子様は、吉村家の玄関口に訪れていた和香様と小和香様を、部屋の中へといざなうのだった。


 二柱を伴ってリビングへ入ると、手を拭き拭きダイニングから節子が姿を現す。

二柱の姿を認めた彼女は、すぐさま丁寧に辞儀をしながら挨拶をする。


「これはこれは和香様に小和香様、ようこそいらっしゃいました」


 節子の顔を見た途端にどうしても笑みを押さえられなくなり、にっこりと微笑んでしまう和香様。それを見た雨子様が小さく息を吐く。


「直ぐにお茶の用意をしてきますね」


 そう言ってその場を去ろうとする節子に、追いすがりながら小和香様が言う。


「私もお手伝い致します」


「そんな、小和香さん…」


 二人の会話が遠ざかりながら、やがて聞こえなくなる。昨今、小和香様はお茶を入れることを得意とされているのだが、彼女には二人の師匠がいる。一人は八重垣様の配下、椋爺で有り、今一人がこの家の主婦節子なのだった。


 椋爺は一般の者が手に入れること適わぬような高級茶を、精緻の限りを尽くして入れることを得意としており、片や節子は、どこにでも出回っている様な茶葉にて、どうしてここまで美味いのだ?と言うような茶を淹れるのに優れている。


 土俵が異なるので、どちらが一概に優れていると言いにくいところがあるのだが、逆に言うと神である椋爺と比されている時点で、節子の凄さが分かろうというものだった。


 二人がリビングから出て行くのを見送りながら、残された二柱はその場のソファーにゆったりと腰を下ろす。


「それで?」


 改めてそう問いながら、片眉をぐいと持ち上げる雨子様。


 対して何だかしゅんとしている和香様。普段は凜々しくも覇気を持った美しさ…もっともおちゃらけている時は異なるが…の彼女が、今は小さくなって可愛らしい感じすらする。言い表すならば借りてきた猫?


「なんか今日の雨子ちゃん冷とう無い?」


 それに対して雨子様は徐々に声を固くしながら言う。


「冷たくなりもするのじゃ。この国の主神足る其方そなたには、国の為に行う神事が山積しておるであろう?もちろんそんな中、我らに色々便宜を図ってくれておること、いつも感謝しておる。しかし此度は何用ぞ?」


 雨子様の剣幕に和香様は首をすくめながら小さな声で言う。


「うちは雨子ちゃんに作って貰う神札の素材を持って…」


 だが和香様はその言葉を最後まで言い切ることが出来なかった。


「そのようなことは小和香に頼めば済むことであろ?」


「そんなん言うたかて…」


 雨子様は大きく溜息を吐くと立ち上がり、部屋の出入り口まで行くと階上めがけて祐二の名を呼んだ。


「祐二!」


 程なくして祐二が姿を現す。


「どうしたの雨子さん…って、和香様?いらっしゃいませ。ってどうしてこちらに?」


 びっくりまなこで和香様のことを見つめている祐二。

だが和香様は雨子様の目を気遣ってか、その問いに答えること無く、ただ軽く祐二に向かって頷いて見せるのにとどめる。


「済まぬが祐二、節子に言って鶏肉の不足分を買い求めに行ってはもらえぬか?」


 何がなにやら分からない祐二が、鸚鵡返しに問うてくる。


「鶏肉?」


「うむ、どうせこやつ、節子の手料理をたかりに来たに違いあるまい、なので不足分の材料の追加じゃ」


 昨今雨子様は夕食時など、常に節子の手伝いをしていることもあって、凡そにおいて食材の在庫も確りと把握しているのだ。そしてその背景があってこそのこの会話となるのだった。


「うん、分かった」


 そう言うとダイニングの方に姿を消す祐二を尻目に、ソファーから立ち上がった和香様は、雨子様の側に駆け寄るとその身に抱きついた。


「雨子ちゃん!」


 そう言うと雨子様の胸に頭を押しつけ、彼女がむぎゅっと言う声を漏らすほどに猛烈に抱きしめるのだった。


「自分、本当にええ奴やなあ!」


 そういう和香様に、雨子様は苦笑しながら言う。


「仕方なかろう?和香をいさめるのも我ならば、甘やかすのも我の役割じゃと思うておるからの」


「雨子ちゃ~~~ん!」


 そう言うともう彼女にしがみついて離れようとしない和香様。そしてそのこうべをよしよしと撫でて上げている雨子様。 


 そんな二柱の様子を、少し離れた所からそっと伺っている小和香様と節子、そしてその背後には祐二。


 小和香様がにこにこしながら独り言のように言う。


「本当に雨子様は、我があるじ和香様に、無くては成らぬ御方であります」


 そうやって嬉しそうにほほえむ小和香様の肩に、そっと手をかけ小さな声で言う節子。


「お茶は少し後にするとして、しばし御二柱だけにして差し上げましょう…」


 節子の言葉に小さく頷くと、そっと後ずさりをしながらリビングから見えない所に引き戻る小和香様、そして他の二人。


 もっともそんな彼らのことに和香様が気がつかない訳が無く、雨子様の胸元に顔を押しつけた和香様は、耳まで真っ赤にさせながら、その箇所から顔を離せないのだった。







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