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天露の神  作者: ライトさん
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「雨子様の思い」


 雨子様の部屋の前に行くと、そっとノックをする祐二。だがノックをしたところでどうも返事がない、聞き落としているのかと思ってもう一度ノックをするが、やはり何も返ってこない。


 知らないうちにどこか出かけでもしたのだろうか?気になってそっと扉を開けて中を覗いてみると、ベッドに腰掛けた雨子様が目を瞑って、じっと集中している姿が目に入ってきた。


 邪魔をすまいと思った祐二が、立ち去るべくそっと扉を閉めようと思ったその時、すっと目を見開いた雨子様が祐二の姿を認めるのだった。


「祐二かや…」


「うん、ごめん、邪魔しちゃったみたいだね」


 そう言う祐二に雨子様がそっと頭を横に振りながら言う。


「そんな事はないぞ?良い、参れ」


 そう言うと雨子様は直ぐ傍らのベッドの上を軽くぽんぽんと叩く。

言われるがままに部屋に入ってきた祐二。だがベッドには座らずに床に胡座をかいた。

 そして盆に載せられたお茶と和菓子をそっと雨子様に差し出す。


 雨子様はこう言った和菓子に目が無いので、思わず顔を綻ばせながら礼を言う。


「ありがとう祐二、嬉しいのじゃ」


「母さんが、陣中見舞いに持って行けって、雨子さん最近とっても頑張っているみたいだからって」


「節子が…」


 そう言うと雨子様は嬉しそうに微笑んだ。自分が言い出したことなのだから、一生懸命に頑張るのは当たり前のことなのだ。

 でもそうで有ったとしても、やはりこうして誰かに認めて貰えるのは嬉しい。それは雨子様が神様であったとしても同じことなのだった。


 そうやってにこにこしていた雨子様がふと祐二のことを見る。


「祐二は食べたのかや?」


 生憎と出されたのは、雨子様に差し上げるもの一つだけだったので、祐二は黙って頭を横に振る。雨子様の頑張りに対するご褒美なのだ、祐二はそれで何ら不思議に思うことはなかった。


 すると雨子様は、盆の上にあった和菓子、その正体は柔らかな大福餅だったのだが、それを手に取るとそっと半分に分ける。


 少しばかり大小の差が付くのだが、雨子様の中ではどちらが大きい方を食べるのか、何の躊躇もなく決められているのだった。


「祐二も相伴するのじゃ」


 微笑みを浮かべ、そう言う雨子様の優しさを嬉しく思いながらも祐二は言う。


「いいよ雨子さん。母さんが雨子さんのためにって寄越したものなんだし…、それに大好きなんでしょう?」


 すると雨子様はそんな祐二の言葉に、にんまりと笑いながら言う。


「大好きなお菓子じゃからこそ、そなたと共に食べたいのじゃ」


 そう言うと雨子様は、手にした菓子の大きい方を祐二の口元へと運ぶ。


「あ~んするのじゃ、あ~ん」


 一見とっても嬉しそうにそう言いつつ菓子を勧めながら、密やかに圧を高める雨子様は、これを食べないことにはどうやら許してくれそうになかった。


 これはもう意地を張るのは得策でないと感じた祐二は、僅かに頬に朱を差しながら大きく口を開いて見せるのだった。


「ん!」


 見事祐二の口の中に菓子を放り込むことに成功した雨子様は、自らもまた美味しそうに食しながら満面の笑みを浮かべるのだった。


「くふふ、美味いの?」


 そう言う雨子様はどこかいたずらっぽそう。だが美味しいのはその通りだった。ふんわり柔らかく、もちっとして、程良い甘さが染みる旨さだった。


 元より然程大きくない菓子、半分に割れば凡そ一口にも満たない。だからあっと言う間に食べ終えてしまう。


 雨子様は空になった皿を見ると少し口惜しそうに唇を尖らせる。


 そんな風に思うのなら分けてくれなくても良いのに、祐二はそう思うのだが、何も言わない。だとしても雨子様は、祐二と分け合いたいと言うのだから…。


 祐二の手にある盆より湯飲みを持ち上げた雨子様は、程良い温度になった茶をそっと啜りながら目を細める。


「確か最初に節子に会った時にも茶を馳走になったのじゃ。余りの旨さに思わず湯飲みを二度見したのじゃが、相も変わらずじゃな…」


 二口三口啜ったところで、ふと祐二のことを見ながらつと湯飲みを持ち上げ、問うてくる雨子様。


「祐二も飲むかや?」


 遠慮した祐二は、黙って頭を横に振るのだが、雨子様もさすがにこれにまで圧を掛けることは無かった。


 茶を飲み終えた雨子様は、再び祐二が差し出した盆の上にそっと湯飲みを置く。


「お仕事は上手く行っているの?」


 残念ながら、今雨子様が熟している仕事は目に見える物では無い。だからこそそうやって祐二は問うのだが、対する雨子様はゆっくりと頭を振る。


「まあ、予定よりは上手く行きつつあるの」


 雨子様はそう返事をしながら、祐二の持つ盆を手に取り、直ぐ側にある勉強机の上に置く。そして再び自らの傍らを指さし、そこに座れと言うのだった。


 さすがにそこまで言われたら仕方無しとばかりに腰を下ろす祐二。


「それで?」


 何か用があるからこそそこに座れと言うのだと思った祐二は、雨子様の用事を聞くべく真顔に成って待つ。


 するとぷっくりと膨れる雨子様。


 一体何故に?膨れられる要素なんて何か有ったのか?慌てて祐二は考え始めるのだが、いくら考えても考えが及ばない。


「降参、雨子さん。なんで膨れているの?」


 すると雨子様はますます膨れ上がりながら言う。


「なんでじゃと?」


 あ、目が怒った。ちょっと悲しそうな表情もする。


「我の頑張りに対して節子はちゃんと褒美をくれるのに…」


 そう言う雨子様に祐二は言う。


「でも雨子さん、雨子さんは褒美が欲しくて頑張っている訳ではないよね?」


 祐二にそう言われた雨子様の口はあっと言う形になったかと思うと、それから開いたり閉じたりを繰り返しながら、やがてにそっと閉じられてしまう。そしてしょんぼりする雨子様。


「ごめんごめん、意地悪するつもりはないんだよ雨子さん」


 そう言って祐二は謝るのだが、すっかりと落ち込んでしまっている雨子様。

お陰でとっぷりと罪悪感に苛まれてしまった祐二なのだが、何とか機嫌を直して貰おうと、謝り拝み倒してしまう。


 そんな祐二を見ながらぼそりと言う雨子様。


「何と言うか、祐二に拝まれてものう…」


 そう言いながら不満そうな顔をする雨子様。


「色々なものに拝まれてきたものじゃが、祐二に拝まれるのは何と言うか、違うと思うのじゃ?」


 違うと言われてなんとも困惑してしまうのだが、それならばと尋ねてしまうことにした祐二。


「なら一体どうして欲しいのです?」


 すると雨子様は、祐二の方にぐいっと頭を突き出してくる。


「ん!」


 その唐突さに苦笑しながら祐二は言う。


「んって、頭を撫でろと?」


 だがそれに対する答えは返ってこなかった。更に祐二の方へと突き出される頭。


 これはもう間違いのないことと思った祐二は、きゅっと雨子様の身体を抱きしめながら、優しくその頭を撫で始めるのだった。


「むふぅ~」


 途端になんだかご機嫌に戻っていく雨子様。そんな雨子様の存在を感じながら、やれやれとほっと胸を撫で下ろす祐二。


 そしてそうやって安堵したせいか、うっかり思っていたことを口から漏らしてしまう。


「僕はまたてっきり雨子さんからキスでも強請られるかと…」


 と、唐突にきゅっと固まる雨子様。そして急に体温が高くなったのか上気している。


 一体どうしたのかと思っていると、ぎゅうっと祐二の胸板に顔を押しつけて来る雨子様。

そしてその位置のままもごもごとくぐもった声で何か言っている。


「我もの…そうしようかな~とは思うたのじゃ。じゃがの…」


 言い淀む雨子様。催促するのも気術ないので黙っていると、少し間を置いて再び話し始める。


「じゃがの、ここ暫く寄り人の身に近づきつつ有るせいかその…うっかりすると暴走しそうでの、ちと怖いのじゃ」


「雨子さんが怖い?」


 そう言うと胸元でこくりと頷く雨子様。


「うむ、何と言うか、我を忘れて祐二のことを求めてしまいそうで、怖いのじゃ。我が我でなくなってしまいそうな…」


 そう言うと雨子様は微かに身震いをする。


 そんな雨子様の言葉を聞きながら、何となくでは有るが、祐二はなるほどと思ってしまった。


 考えてみれば元より神様の雨子様。その本質は論理と理性の固まりのはず。その自我が、何とも得体の知れない衝動に流されていくのだろうから、その怖さは人間の比では無いのかも知れない。


「なら雨子さん」


「何なのじゃ祐二?」


 応える雨子様の声が微かに震えている。


「雨子さんが怖くなくなる様に、僕達はのんびりゆっくり行きましょうよ?」


 そう言いながら祐二は思いっきりゆっくり優しく、ぐりぐりと押しつけられてくる雨子様の頭を撫で続けるのだった。


 遅くなりました。

恋する神様は、どんなことを考え、どんなことを感じ、どうしたいと思うのでしょうねえ?

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