「お婆ちゃんへの拘り」
「それで雨子様がお婆ちゃん神になられないことは分かったのですが…」
何事かを思いながらそう言う令子に、和香様が笑いながら言う。
「令子ちゃん、偉いお婆ちゃんに拘るなあ?」
ぼやく様にそう言う和香様の姿に、小和香様が手で口を押さえながら笑う。
「いえ別にお婆ちゃんに拘っている訳では…、いやそうか、ある意味拘っているのかなあ?」
自分の述べた言葉に少しばかり混乱しながら、色々と考え込んでしまう令子。
そんな令子に雨子様が首を傾げながら問いかける。
「令子は今一体何を考えて居るのじゃ?」
雨子様のその問いに、和香様だけで無く小和香様までもが、うんうんと頷くのだった。
昨今、神の身でありながら、人のことについて随分詳しくなって来たとは言うものの、未だ分からない事が多々あることに気が付いてのことなのだった。
「私ね雨子さん、自分がいずれ神様になることは避けられないことと知った訳なんですが、それと自分が年取るという事について、色々と考えてみていたんですよ」
そう言う令子の言葉に、とても興味深そうに雨子様は言う。
「ふむ、ある意味それは我にも通づること故、話を良く聞いておきたいものであるの」
残る二柱は、今後いかなる話になっていくのか興味津々と言った体である。
「ねえ雨子さん、そもそも神様って死んだりするのですか?」
途端にその場の雰囲気がいきなり重々しくも堅苦しいものへと変化していく。
その余りの変化に驚く令子に、少し表情を硬くした小和香様が言う。
「令子さん、令子さんは余り神様のことを知らない方だから仕方が無いこととは思います。けれども、それでも人と神の間にはいくつかのルールがある、それだけは知っておいて頂かなくては成らないかと思います」
令子は急に改まった物言いをする小和香様の様子に、驚きを感じながらも素直に返事をする。
「はい」
そうやって素直に自分の言う事を聞いてくれる令子に、小和香様は思わず笑みを漏らす。
「とは言っても令子さんの場合、既に半神認定されているも同然なので、些か実際の間柄とは異なるのですが…」
そう言うと小和香様は、自分より上位の二柱に丁寧に辞儀をする。
対して和香様も雨子様も、既に実情は良く分かって居るので咎めることは考えて居らず、ただ頷くことで小和香様の良いようにと任せるのだった。
「そも神と人の間では持って居る情報の量に、途轍もなく大きな開きがあります。この流れで言うならば死とはある意味、その個体が持って居る情報が無に帰することなのです。そして加えて言うなら人の子らは、放って置いてもいくらでも増えますが、神様が増えるのは実に希なことなのであります」
そこまでいうと小和香様は一旦口を閉じ、放たれた言葉が令子の脳裏に落ち着くのを待った。
「令子さん、今までの話は理解して頂けましたでしょうか?」
そう問う小和香様の言葉に、令子は笑みを浮かべて是の意を表明する。小和香様の言葉には、表面には表れないものの、端々から自分のことを思う思いが溢れている、そう感じている令子なのだった。
「さてそこで命の価値についてなのですが、この世界に数多くある様々な意味論によっては、命に軽重の差など無いと仰る様な向きも多くあります。しかしながらそれでも実際何らかの形で順位を決めるとするならば、我々はそのものが持つ情報の多い少ないで決めることがほとんどです。(勿論それだけでは無いのですが…)さてここから導き出されることとは一体何なのか?当然のことながら人の死も大変な事柄であると言うことは言うまでも有りません。がしかし神の死とも成ると、他に比すべきものも無い位に大事であり、我らにとって例えようも無い悲しみ、そして最重要な忌み事となるのです。故に神々の世に於いて死とは口に憚る様なことなり、況んや神の死とも成ると…」
そこまで言うと小和香様は、静かに令子に問うのであった。
「拙い説明でありますが、令子さんにも理解して頂けましたでしょうか?」
小和香様のその問いに、畏まりながらもゆっくりと頷いてみせる令子なのだった。
「さて、一般的なことについてご理解して頂いた上でお話しすると、あくまで内輪で話すということなのですが、もうお分かりだと思いますが神にも死は存在します。ただ外的要因で亡くなるというのは極めて希なことでありまして、(隗との戦いの時には危うくそれが発生するところでした)大方は神自身が生きる意思をなくしてしまう、或いはその為のエネルギーを得ることが出来ない状態になるということになるのですが…」
そこまで小和香様が話したところで、和香様がちらりと雨子様のことを睨んで見せる。
そのことを令子は見逃さなかった。
「え?え?雨子さんに何かその様なことがあったのですか?」
すると和香様は苦笑しながら言う。
「その様なことも何も、雨子ちゃん、人から精を得られんように成ったから言うて、生きるの諦めかけたことがあったんよな?」
和香様の説明に、驚いた様にしながら雨子様のことを見る令子。
対して雨子様は何とも申し訳なさそうに頭を掻き掻き言う。
「和香よ、あの件はもう余り追求せんでくれると嬉しいのじゃ」
今の雨子様の在り様からすると、なかなか想像出来ないことでもあるだけに、令子は少なからず驚くのだった。
ともあれ令子は、自分とて気軽に言った訳では無いにしても、実際には自分の想像以上に死の意味に神と人、大きな差異があることを身を持って知ることになったのだった。
「成るほど神様方に於いて死とは、私の想像を超える様な重い意味を持つということ、理解出来た様に思います」
令子の口から出たその言葉に、小和香様はにっこりと笑みを浮かべた。
「なので此所では一端死についての話は置いておくものとして、その、私は今後、先に神の身を習得してから人として生きていくのが良いのか、或いは人としての生をある程度全うした上で神の身を得るのが良いのか、そこのところなのです、悩んでいるのは。同じお婆ちゃんになるにしても意味が異なるのかなと…」
令子の言葉を聞いて苦笑する和香様。
「やっぱりお婆ちゃんが係わってくるんや!」
しかしそんな和香様の言葉とは別に、小和香様は皆の驚く様なことを口にする。
「私もなんだかお婆ちゃんになりたくなってしまいました…」
さすがにこの言葉には度肝を抜かれた和香様。これ以上無いくらい大きな驚きを胸に感じながら、小和香様のことを見つめている。
「ちょちょっと小和香?自分一体何を言うてるん?」
そんな和香様のことを見ながら雨子様が静かに言う。
「のう小和香、そのお婆ちゃんと言うのは、年を取った女性と言うだけの意味では無いので有ろう?」
すると小和香様は何も言わずに静かに黙ったまま頷いてみせる。
そんな小和香様のことを見ていた令子はうんうんと言った表情をし、その後、暫くの間何事かを考えた後、ゆっくりと口を開くのだった。
「確かに仰る通りですよね、子を産みその子の更に子を見、安らかに年を経た女性、そう言う部分もありますものね」
「うむ、だとしたら小和香は、自身もそんな経験をしてみたく思い、そう言う経験をした末の視点もまた学んでみたいと思うたのであろう」
うんうんと納得するかの様に頷く小和香様。そんな小和香様を前に、和香様がぽつりと言う。
「そう成ったらうちは、曾婆ちゃんやなあ…」
極々普通に何気なく吐かれたその言葉に、周りの者達は大きく目を見開き、互いに見合わせ、やがてに大きな笑いの渦を巻き起こしていくのだった。
そんなに長くは無いお話なのですが、とんでもなく暇が掛かってしまいました。
トホホホホ




