「温泉」
先に温泉に行っている皆に遅れまいと、慌てて脱衣所に向かう雨子様達。
尤も正確に言うと、大急ぎで向かっているのは雨子様がなのだった。
そそくさと脱衣場で湯着に着替え、洗い場で体を洗った後、大急ぎで露天温泉(ここの場合は疑似露天となっている)へ向かう。
するとそこでは湯に浸かったり、はたまた傍らに備えてあるリクライニングの椅子に座ったりと、心から寛ぎきっている家族の姿があった。
雨子様はその中に祐二の姿を見つけるや否や、その横に滑り込むように湯に入る。
「お疲れ様雨子さん」
そう言う祐二に雨子様は苦笑しながら応える。
「疲れはせぬのじゃ、がしかし大いに気疲れはしたの」
そう言う雨子様に祐二は、笑いかけながら言う。
「別に雨子さんがあそこまで和香様に関わらずとも良かったのでは無いのですか?」
すると雨子様はゆっくりと頭を横に振りながら言う。
「そうでは無いのじゃ祐二。あれはあれで必要なことなのじゃよ」
「そうなのです?」
祐二は少し不思議そうな顔をしながら、雨子様に問い返す。
「うむ、祐二の知るとおり、あやつはこの国の神の筆頭に当たる。そんな階位におる和香に、歯に衣着せず、有るが侭に当たれる者はそう多くは無いのじゃ。我と八重垣、その他ほんの僅かな者しか居らぬ。内、身近に居るのは我だけであろ?故にあれは必要なことでもあるのよ」
祐二は雨子様の説明を聞いている内に、和香様の置かれている立場と言うか有り様に、少しずつではあるが理解が行き始めるのだった。
「成る程そうなんだ、考えてみればわかるような気がする…。ある意味とんでもなく孤高の立場なんだよね」
自らの言葉の意味をきちんと理解してくれる祐二に、雨子様は相好を崩しながら言う。
「うむ、まさに其方の言う通りじゃの。じゃからこそ余計にあやつは、祐二等にあの様に砕けた物言いをしおるのよ」
「むぅ…」
そう言うと祐二は暫しの間考え込んでしまうのだった。
「確かに和香様の側からしたら、拘りや関わりや柵がない分、自然に自分自身を出しやすいのかも知れないけれども、でもそんな和香様の心中を斟酌しないような神様が、そう言う在り様を見た時、将来何かトラブルの元になったりはしないのかなあ?」
そんなことを言い始める祐二に、雨子様はおや?と言うような目を向ける。
「なんじゃ祐二、良く分かって居るでは無いか?確かに我も同じように思わんでも無いのじゃ。だからこそ我は少しでも早く其方に陞神して貰いたくもあるのじゃ」
そう言う雨子様の言葉に、祐二は困ったような顔をしながら言う。
「いやでも雨子さん、そんな風に少しでも早くなんて言われても、いくら何でもこれ以上僕にはどうしようも無くはない?」
祐二のその台詞を聞いた雨子様は、くふふと笑いながら言う。
「あくまでもその早くというのは人間の観点に於いてじゃ。実際、我自身肉の体を得てからは、随分人の感覚に引きずられて居るからの。これを人では無く神の目線で見るならば、未だ未だ心配に及ぶようなレベルではあるまいて。しかしそれが問題になり得るような未来に向かって、今から少しずつでも手を打っておくべきではあろうの」
そう言うと雨子様はその人差し指でつんと祐二の胸を突く。
「じゃから焦らぬでも良いからしっかり成長して、早う我が片羽となりたもう」
そう言いつつ、ぐいぐいと迫ってくる雨子様に気圧されて、少しずつ後ずさりする祐二。
すると途端に何とも頼りなげな表情をする雨子様。
「もしや祐二はそれが嫌というのではあるまいの?」
何とも心細そうにそう言う雨子様に、祐二は慌てて大きく頭を横に振って見せた。
「とんでもない!そんなこと絶対にないからね雨子さん!」
と、途端ににこにこし始める雨子様。
そんな彼らの様子を少し離れたところから眺めている五人の女性。
正確に言うともう一人女性が居るのだけれども、未だ赤子の域を脱していない美代なので、省かれるものとする。
あ、未だ居た、小雨!でも賢明なる小雨はこういった大人の会話には参加すること無く、静かに美代の相手をしているのだった。
「祐ちゃん完全に劣勢ね?」
「そりゃあ祐二と雨子さんとじゃ格が違い過ぎるもの、仕方無いわよ」
「後でもうちっとお手柔らかにして上げてなって言うとくは」
「祐二君は言っても十代なんだし、まだまだこれからですよ」
四人の女性にわいわいと話のネタにされている祐二のことを、何とも気の毒そうに見つめながらやんわり彼女らを窘める小和香様。
「皆さんどうかそれ位で…。あちらにはしっかりと聞こえているようですし…」
見ると祐二と雨子様、二人して半分顔を湯面に沈めながら真っ赤になっている。
「仕方無いわねえ、これ以上話のネタにするのは勘弁して上げましょうか?」
そう言う節子に葉子が言う。
「母さん、ちょっと顔が悪いわよ?」
「ええ?そうかしら?」
そうやって親子で会話しながら笑い合っているのを、何とも言えない表情で見ている和香様。
「なあ小和香、何や知らんけどあんな母娘関係もええもんやなあ」
そう言う和香様に、少し唇を尖らせながら小和香様が言う。
「私は和香様の妹分としての役目を受けて生まれ出でましたが、ある意味娘で有るとも思っております」
そんな小和香様の心の発露に、少し驚きながら和香様は言う。
「ええ?そうなん小和香?え?え?え?うちはそしたらどちらに徹したらええんやろ?お姉ちゃんがええんやろか?おかんがええんやろか?」
和香様のその言葉を聞いていた令子が吹き出してしまう。
「ぷふぅ!和香様、おかんて…!」
令子のその言葉に小和香様も同意しながら言う。
「そうですよ和香様、いくら何でもおかんて…。せめてお願いで御座いますからお母様と」
ところが小和香様のその言葉を聞いた和香様は意外な反応を返してくる。
「お、お母様って…。なんやろ、なんやろな?胸の奥の方が何や揺すぶられる…」
そう言いつつ和香様はすっと手を小和香様の方へと伸ばす。
「うちは今まで小和香に母親らしいことはしたこと無いねんけど、良かったら赤子のように抱きしめてみたろか?」
それを見た小和香様は赤くなったり青くなったりを交互に繰り返しながら、ゆっくりと後ろの方に後ずさっていく。まるで先程話のネタにされていた誰かさんのように。
その様を見ていて余程おかしかったのか、その二柱を除いた全ての女達が腹を抱えて笑っていた。
そしてそこにはつい先程まで、からかわれて真っ赤になっていた雨子様も含まれている。
と、その雨子様、隣で微妙な顔をしている祐二のことを見て不思議そうに言う。
「いかがした祐二、そなたは笑わぬのかや?」
「確かに和香様の言動を聞いていたらくすりと笑いそうには成ったのだけれども、その反面、和香様達の親御さんとかは居られないのかなって、ふとそんな事を思ったんだよ」
するとそれを耳にした和香様、それまでわいわいと騒いでいた状態から一転して真面目な顔で祐二に話しかけるのだった。
「ありがとうな祐二君、多分うちらにはよう分からへんようなところで、気ぃ使うてくれたんやろうね」
そう言うとふーぃと泳ぐようにしながら祐二のところへ来る成り、そっとその頭を撫でた。
「そやけどそないに心配せんでもええねんで?今でこそこうして君ら人間の影響を受けて感情豊かに成っとるけど、そう成る前はそないな感情がほとんどあらへん、出来の悪いニーみたいな存在やってんから。だから良いのか悪いのか知らんけど、親としての存在に対する思い入れとかなんもあらへんのんよ。おまけに君らからしたら意味も無いくらい昔の話やしな?そんなんよりもむしろ節子さんの方がよっぽど、親として慕いたい思う存在になっとるで?」
そう言うと和香様は少し寂しそうに笑ってみせる。
と、そんな和香様の側に令子さんが近寄っていくと、ぎゅうっとその身にしがみ付いた。
そしてその肩が静かに震えている。
そんな令子の方にそっと手を掛けると節子が言う。
「和香様、令子ちゃんはお母様と別れてそう長く時間が経っている訳ではないのですよ…」
「そうなんや…、なんやごめんな令子ちゃん?」
しかしそんな和香様の言葉に、令子は首を横に振りながら言う。
「ううん、良いんです。私はまだしもちゃんと母と関われていたと思うから…。でも、和香様、平気って言う割になんだかとっても寂しそうなんだもの。だから…」
「…令子ちゃん…」
令子の言葉に和香様は、その名を呼ぶだけで後の言葉を継げることが出来なかった。
そして何かを我慢するかのように美しい眉を歪め、そっと唇を噛みしめてただじっと、令子の肩を抱きしめるのだった。
お待たせしました
本文中では出て来ませんが、拓也と誠司は何となく畏れ多くて皆から離れたところでのんびり温泉を満喫しています
ここで気がついた・・・お父さんの名前・・・うわ~~~
やれやれ、お父さん達の名前のミス修正しました。いかに脇役とは言え・・・(^^ゞ
全くもって大変でした・・・




