「雨子様のお小言」
小和香様に案内されるままに、温泉に通じるいつもの部屋に連れて行かれた祐二達。
皆が腰を下ろしてやれやれと寛いでいると、小和香様が令子と小声で話をし、くすくすと笑い声を漏らしながら人数分のお茶を淹れている。
やがて令子と二人して皆に、どうぞと茶の入った湯飲みを勧めている最中、廊下の方からばたばたという足音がしてくるのだった。
この国において最も格式高い神社において、ばたばたと足音を立てて駆け込んでくるなど、そうそう誰にでも出来ることでは無く、少し時を置くと正に皆が想像したとおりの者が入ってきた。
そう、この神社において誰に文句を言われることも無い主神で有る和香様だった。
「皆ごめんや~~結婚式やってんけど、婿さんが来るの少し遅れてしもうて、お陰で偉いずれずれになってしもうてん」
と、そこまで言ったところで、本来誰にも怒られるはずの無い和香様が怒られる。
「和香様。だとしてもです、和香様が廊下を走るなど有っては成らぬことですよ?」
小和香様から和香様に、丸で小さな子供にでも言い含めるかのように苦言が語られる。
が、小和香様が冷静だったのもそこまでだった。
「きゃ~~!和香様!」
そう言うと巫女姿の小和香様が、和香様の後ろ目掛けてサッカーのキーパー宜しく飛びついていく。
「「「「!」」」」
余りのことに、皆が目を丸くして驚いている。しかし実情を知ればさもありなむである。
その原因は勿論というか、必然的に和香様に有った。
氏子の結婚式を司る役割をしてきたのは良いが、そこからこの場にくるのを急ぐ余りに、十二単の裾をからげて駆けてきたらしい。(いくら何でも酷い…)
その精もあって、直前に身だしなみを整えたつもりになって、しゃなりと部屋に入ってきたのは良いが、後ろの部分がからげた時のままめくれ上がって居たのである。
それはもう小和香様が真っ青になって飛びつくのも仕方の無いことだろう。
何となくでは有るが視界の端でその時の様子を捉えてしまった、特に男性陣は、それはもう固まりきってしまって顔色を青くしている。
恐れ多くも畏くも、この国の主神たる尊き御方の、あられも無い御姿を目にしてしまったのだから、当然の反応と言えることかも知れない。世が世なら死を賜れたとしても文句の言えないことなのであるから。
しかし今世、この場に居るのは和香様としても特に仲の良い、気心の知れた者達ばかり。
なので「てへへ」と言う和香様の気まずい笑いを致し方無しと受け入れて、皆で揃って見なかったことにするのだった。ただ一人を除いて…。
「これ和香!そなた一体何をやって居るのじゃ?そもそも其方はこの国のいと高き主神としての…」
それは目を釣り上げた雨子様のお説教なのであるが、いくら何でも和香様がしゅんとしてお説教されている姿など、先ほどのあられも無い姿以上に目の毒となる。
なんとも居たたまれなくなった皆を代表して、祐二が小和香様にそっと小声で問うた。
「この場には居づらいので、先にお風呂へ行っておこうと思うのですが…」
すると小和香様も、至極申し訳なさそうにしながら返事を返す。
「ええ、なんだか長くなりそうですし、その方が良いかと…」
それを聞いた祐二達は揃って静かに風呂というか、温泉の在る方へしずしずと向かい始める。そしてその中へ混じろうとする令子を捉えて節子が言う。
「令子ちゃんは残らないといけないのじゃない?」
「ええ?そんなぁ~?」
泣きそうな顔をして抗議する令子。その余りに心細そうな顔に苦笑しながら節子が言う。
「う~~ん、まあ確かにあんな状況の後に頼み込むのもおかしいか…」
そう言いながら侃々諤々とやっている雨子様達の様子を見る節子。
「じゃあまあ今回は一緒に行きましょう?」
「やった!」
節子のその言葉に待っていましたとばかりに喜び勇んで温泉に向かう令子。
その様子をおかしそうに手で口元を押さえながら見送る小和香様。
残念ながら彼女は主人のこの事態をそのまま捨て置く訳には行かず、雨子様のお小言が全て終わるまで辛抱強く待っているのだった。
「……良いか和香?もちっと自覚を持つのじゃぞ?」
最後にそう言い含める雨子様の言葉に、丸でもう借りてきた子猫のようになり、へにょんとしながら頭を振る和香様。
そんな彼女らに小和香様が言う。
「雨子様、もうその辺にして和香様を解放して下さいませ。でないと皆様とお風呂を共に出来なくなりますよ?」
そう言われて慌てて周りを見回す雨子様。
「こ!これは為成したり。誰も居らぬでは無いか?我は皆と温泉に入るのを楽しみにして居ったというのに、それもこれも皆和香のせい…」
雨子様がまたも和香様に小言を言いそうに成っているのを捉えて、さすがに気の毒に思った小和香様が窘める。
「雨子様、その様にしておりますと更に更に遅れますよ?」
すると泡を食った雨子様は、小和香様のことを引きずるようにして温泉に向かおうとする。
「まっ待ってえな雨子ちゃん、ちゃんと行くから、ちゃんと行くから引きずらんといて?」
和香様の懇願を聞いた雨子様は、仕方なしに和香様のことを手放す。そしてばたばたと温泉の脱衣場に向かうのだが、普通のスカート姿の雨子様はただ急ぐだけで十分なのだった。
だが、未だ十二単姿の和香様は、今し方雨子様にたっぷりと戒められたにも係わらず、
やっぱり裾をからげてどたばたと向かうことになるのだった。
それを見ていた小和香様が頭を抱えていたのは言うまでも無いことだった。
そして大きな溜息をつきながら、小和香様もまた令子と共に入ることを目指して、温泉へと向かうのだった。
今日から連載再開です
出だしはちょっと短いですが、相も変わらず賑やかな方々であります




