「大団円…?」
無尽に対して頭を下げた後、傍らで繰り広げられていた雨子様と祐二の、まるで漫才のようなやり取りに、けらけらと声を上げて笑っていた葉子だったが、そうしながらもその目はしっかりと令子のことを捉えていた。
絆されやすい母、節子の性格を良く知っているだけに、自分が見極めておかなくてはなどという思いは有ったのだが、実際こうやって逢ってみると、令子の半生にはとても同情してしまう。
年齢的に近しい物があるので、私が彼女の立場であったならと考えると、逆に節子よりもいっそう同情してしまっている自分が居ることに気がついていた。
皆からの関心を無尽にすっかりと奪い尽くされて、一人ぽつねんと所在なげに座っている令子の所に行くと、きゅっと手を握る葉子。
葉子としては理解出来るように思うのだ。年齢的にも立場的にも、もし令子のこの家庭入りを妨げる存在が居るとすれば、それは間違い無く自分で有ると言うことを。
自分が令子の立場であったとしても、そのことは当然理解出来るだろう。
だからこそ未だ心細げにしている令子のことを見ていて、もう捨て置くことは出来なかったのだ。
体勢を低くして視線をそろえると、葉子は令子に向かって話し始めた。
その様子を雨子様や祐二だけで無く、無尽までもが興味深く見守っている。
「令子さん…」
まず第一声を受け取った瞬間、微かであるが令子の身体が強ばる。
その様子が余りに不憫で、葉子は更に言葉を告げるよりも、先に令子の身体を抱きしめてしまう。
そして耳元で囁くように言う。
「大丈夫よ令子さん、私は敵じゃあ無い…。だからもうそんなに堅くならないで良いよ。大丈夫だから…」
これが令子が男性であったなら、或いは葉子が男性だったとしてもこうは行かないだろう。勿論女性同士だから必ずしも上手く行くとは限らない、けれども互いの共感を引き出すことが出来る者同士であるならばどうだろう?
一旦、両者の間に存在する垣根が崩れ出すと、互いの心が共感していくのにそう多くの時間は掛からないのだった。
「よく頑張ってきたんだね、そして母さんのことありがとう…」
たったそれだけの言葉を葉子の口から聞くだけで、令子の心の中の恐れや蟠りはあっという間に氷解していくのだった。
「葉子さん…」
胸の奥に高まる思いを口に出そうと思いはするのだけれども、高じて極まれば言葉にすることも出来ず、ただ相手の名を呼ぶしか出来なかった令子。
けれども、それでも彼女の万感の思いは優に葉子に届いた。
「令子さん…」
葉子もまたただそう相手の名を一言呼ぶので精一杯になっていた。
傍らから見れば凡そ年若き母親が、娘のことを抱きしめているようにも見える。
けれども実際はほとんど同じくらいの大人の女性の心、互いに相手を理解するに十分な背景を持っていた。
故に相手の苦労も心情も、手に取るように良く分かるのだった。その上で受け入れることを望んだ二人の間に通う思いは、優しく深い物へと変化していく、いや、恐らくそうなっていくことだろう。
葉子は相手の辛い人生を思って自然落涙し、令子はこうして受け入れてくれる存在の暖かさと寛容さに胸打たれて同様に涙していた。
「あら、こうなったのね?」
突然の声に雨子様達が振り返ると、そこには戻ってきた節子の姿があった。
「まあ、葉子ちゃんならこうなると思って居たのだけれどもね、でも、ありがとう葉子」
そう言ってきゅっと令子のことを抱きしめている葉子に、嬉しそうな笑顔を送る節子なのだった。
と、そこへ雨子様の驚愕した声。
「何じゃ無尽、お前まで泣いて居るのかや?」
驚いた皆が一斉に振り返ると、宙に浮かんだ青龍が、目から大粒の涙を溢れさせてテーブルの上に水たまりを作っている。それはあと少しで床の上に流れ落ちようとしているのだった。
「わわわ、ティッシュ!ティッシュ!」
慌てて祐二が箱を持ってきて、大量のティッシュを引っ張り出して対応する。
それを尻目に厳つい顔の青龍がめそめそと雨子様に答えていた。
「某、こう言う人情物は駄目なので御座います。もう泣けて泣けて…」
その様が何とも現実離れしていたせいか、皆少なからず毒気を抜かれたかのようになってしまう。
くすりと誰言うとも無く笑いを漏らし、やがてにそれが周りに伝わって行く。
見ると葉子と令子は二人手を取り合いながら、その二人を見つつ節子も加わって、皆で腹の底から笑い合うのだった。
正に大団円?恐らく無尽にもそう見えたのだろう。
するとかの龍は今度は喜びの涙を大いに溢れさせ始めるのだった。
「良かった良かった、わ~~~ん」
ところがじんわりと泣いただけでも先程の涙の量である。それを大喜びで激しく泣いたものだからさあ大変。溢れる涙はもう箱のティッシュ程度では対応しきれなくなってきた。
「あ、雨子さん~~~~!」
ひたすらその涙に対応していた祐二の口から聞こえる悲鳴のような言葉。
それを見ていた節子、葉子、令子はそれはもう腹を抱えて笑い始めたのだった。
笑い声の大きさに、すわ何事と隣室より顔を覗かせた誠司と拓也は、その様子を見て呆然としたまま何も言えない。
そんな中、必死になって事態を収拾しようとした雨子様が叫ぶ。
「馬鹿者無尽!早う腕輪に戻るのじゃ!」
その叱責を聞いて慌てて腕輪に戻り、節子の腕に嵌まる無尽。しかし母娘達の笑いは当分収まりそうに無い。
人間、大笑いをしても自然涙が溢れるものだ。
けれどもその涙を拭こうにも、既に箱のティッシュは使い尽くされてもう空っぽ。
お陰で慌ててストックを取りに走らされる祐二なのだった。
今回は少し短いですが、きりが良いので・・・




