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天露の神  作者: ライトさん
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「完成」


 あたかも無限に続くかの様な槌打つ響き、それこそ時を切り取り繰り返し貼り付けたかの如く一定のリズムで、さながら永遠であるかの様に長く長く打ち続けられる。


 金床の上には銀の薄膜が有り、その上には更に黄金の輝く薄い層が有る。その一点に爺様がぽんと扇を置くと、その部位を中心に小さなさざなみが美しく同心円を描きながら広がっていく。


 祐二の仕事は、その同心円状に広がる波の三番目が広がる直前に、その中心点に的確に槌を振り下ろすこと。早すぎても遅すぎてもいけない。そして一ミリの数分の一もその中心点からずれることも許されない。

 それは正に極限の集中力を要求されるものだった。


 常人であればそんな作業、十分と続けて行うことは出来ないだろう。


 けれども彼には気を練り、身体を鍛えてきたという経験があり、正しくその気を扱う為に調整されたという経緯があり、更には雨子様からの神力による完璧なバックアップがあった。


 しかしそう言うものが有ってして尚、爺様の指図の下、永遠とも思える槌打ちを行っていくのは、途方もない集中力と忍耐力を必要とされ続けるのだっだ。


 だがその果てしなく続けられる様な槌打ちも、ほぼ五万回を少し超えたところで僅かな小休止がある。


 何故ならその時に爺様の手による焼き付けと、返しが有るからなのだった。


 因みにその焼き付けとは、黄金の膜に刻み込まれた反転呪層の時間停止を解き、同調させつつ銀の薄膜にぶつける工程を言う。集積された衝撃圧力だけで単位面積当たり何㌧もの圧になるところ、爺様によってさらに数万倍に増幅されていた。


 そしてその力によって初めて呪が、銀の薄膜にしっかりと刻みつけられることになるのだった。 


 黄金の薄膜が銀の薄膜に叩き付けらた瞬間は、全てが完全に調整され固定されているにも係わらず、ずんと言う腹に響く音ならぬ衝撃が、部屋の中一面に響き渡るのだった。


 その後一体となって銀の薄膜のみとなった物を手に取り、つぶさに塩梅を調べる爺様。


「うむ、まあぎりぎりかも知れぬが、合格点じゃの」


 そう言うと爺様はその薄膜を、くるりと返して再び金床の上に置く。更に前回同様その上に黄金の薄膜を生成させるのだった。


「これも?」


 祐二が言葉少なに爺様に聞くと、爺様は黙って頷く。


 祐二は束の間顔を下に向けると、ばしりと大きな音をさせながら両の手で叩き、再び槌の柄を持つのだった。


 その背中を心配そうに見つめる雨子様。何か言おうとして口を開き掛けるのだが、結局何も言えずに押し黙ってしまうのだった。


 そんな二人の様子を見ながら、気合いを入れる様にして声を掛ける爺様。


「さあ、始めるぞ!」


 文句を言っていても始まらないし、自分達のためを思ってここまで爺様がやってくれている、そう思えば自分がへこたれる訳には行かない。そう考えた祐二は丹田に力を入れ、一際大きな声で答える


「応!」


 そんな祐二を是が非でも守り応援する、そう思う雨子様は、歯を食い縛りながらその背に神力を送り始めるのだった。

 

 そうやって槌を打ち、更に返しをすること二回、最後の地響きがすると全ての作業が終わる。


 爺様が漸くちゃんとした刀の形状になったそれを手に取り、目を凝らして詳細に調べ、大きく頷いてみせると、ついに気力の尽きた祐二がその場に頽れる。


 その祐二のところに這う様ににじり寄ると、その上から覆い被さる様にしてこれまた意識を失う雨子様。


 そんな二人の様を見つめる爺様の目は限りなく優しかった。


「良くやったなお前達…」


 彼らは未だ夫婦では無く、片や未だ神ですらない。だがしかし、己が持てる力の全てを出し尽くし、互いの力を合わせて困難を乗り越えきったその様は、爺様をして深く胸打つものが有った。


 爺様としては未だこの後、柄を作ったり鞘を拵えたりという作業が残っているのであるが、それを彼らにやらせるつもりはもう無かった。ある意味ここまでことを行えばもう残りは些事とも言える。なので二人は解放してやるつもりなのだった。


「アーマニ、ティーマニ」


 爺様はそう言うといつも仕えている二つの光りの玉を呼んだ


「なぁーにー?」


「爺様、来たよぉー」


 そうやっていつもの間延びした調子でやって来た二つの光りの玉。爺様は彼らに二人を自宅へ帰す様に言いつける。


「「はぁ~~い」」


 爺様の言葉を聞き届けた二つの玉は、ふわふわと二人の身体を浮かべると、ゆっくりとその場を去って行くのだった。


 さてその光りの玉達、そこから先は何も考えずに爺様に言われたとおりのことを実行しようとする。


 鍛冶部屋を出、通路を過ぎて、地上の花畑へと二人を運び、そこから生け垣を抜けて吉村家の庭に入るのだが、さてそこから先、家の中への扉が全て閉まっている。


「どーする~?」


「どーしよ~?」


 二つの玉達が、そんなことを言い合いながら互いの周りをぐるぐると回り合っていると、リビングに通じるサッシがさっと開いて令子が顔を出した。


 そしてその令子の目にはくるくる回る光りの玉もさることながら、ぐったりとしている令子と祐二の姿が飛び込んできたのだった。


 驚いた令子は血相を変えて節子の所に行く。


「節子さぁ~ん、節子母さぁん!」


 令子のただならぬ声に驚いた節子が転がる様に姿を現す。


「ど、どうしたの令子ちゃん?」


 そこで令子は少し震えながら庭の二人の姿を指さした。

節子の目には二人の子供達と同時に光りの玉達もまた目に入った。


「アーちゃん、ティーちゃん?」


 幾度か爺様にお茶をご馳走したりしている節子には、この光りの玉達との面識もあった。

そしてそうで有るが故に、子らに異常がある訳では無いという理解にも繋がった。


 節子に愛称を呼ばれた二つの玉達は、ふよふよと漂いながら節子のところにやって来る。

そして相も変わらずのんびりとした口調で言う。


「爺様に言われたぁ」


「言われたぁ」


「だから運んで来たぁ」


「来たぁ」


 そこで節子は念のために聞く。


「それでこの子達は一体どうしたの?」


「爺様手伝って疲れて寝てるぅ」


「寝てるぅ」


 あいも変わらずの様子だった。節子はこれ以上この子達に事情を聞こうとするのも時間の無駄と思ったのか、サッシを大きく開け放つと彼らに言う。


「ねえあなた達、一つお願いして良い?」


「「良いよぉ」」


「なら二人をそれぞれの部屋に運んでベッドに寝かせてくれるかしら?」


「「分かったぁ」」


 その程度のこと、この玉達にとっては容易いことだった。まるでそこに体重はおろか、重さそのものが無いかの様に軽々と移動させ、それぞれの部屋のそれぞれのベッドに一人ずつ寝かしつけるのだった。


「「終わったぁ~~」」


 そう言って帰ろうとする玉達に、節子は飴玉を一つずつ手渡す。勿論そんな存在達だったから、食べるかどうかは分からない、多分食べないかも知れない。でも彼らの何とも言えないほにゃりとした存在感に、思わず飴玉を上げたくなってしまう何かがあるのだった。


「ありがとうね、あなた達」


 すると飴玉を貰ったことが嬉しいのか、互いに凄い勢いで回り逢いながら光を点滅させる。


「こちらこそぉ~~」


 そう言い終えると弾む様にしながら遠ざかっていき、庭の境辺りでふっと姿を消すのだった。節子は最後までそれを見送り、その後、その足で雨子様と祐二の寝ている部屋へと向かう。


 まず手近な祐二の部屋。ベッドに寝かされた祐二のところに顔を出す。


 見たことの無い白作務衣を身に着け、あれ?少し髪が伸びている?何となく身体もがっしりしている様な?一体爺様の所で何をしてきたのかしら?

そんな事を思いながら、息子の目に掛かる髪をそっと掻き上げてやる、


 ついこの間までの少年の祐二が、今や随分大人びて見えるようにも成っている。

好きな人が出来たせいなのかしらん?そんな事を思いつつ部屋を後にし、そっと扉を閉めていく。


 次に行くのは雨子様の部屋。気が付くと傍らに令子がやって来ていた。


「二人とも何をしてきたのかしらね?」


 この家の家族になった時点で、爺様のことやその他のことを色々と教えて貰っている。お陰で令子にも、二人が尋常ならざることをして来たのだろうと想像されるのだった。


「本当に一体何をしてきたのかしらねえ…」


 呟く様にそう言う節子。


 見事な朱袴の巫女衣装を身に着けた雨子。

これを見るだけでも何か神様関連のことなのだろうとは思うものの、それ以上のことは何も分からない。


 だが、微かに痩けたその頬を見るに、おそらく雨子様がまた祐二のことを助けてくれているのだろうと推測する。


「ありがとうね、雨子ちゃん…」


 そう言うと優しくその頭を撫でて上げる。


 するとそれまで固く結ばれていた口元が緩み、顰められていた眉がゆっくりと開いていく。やがて笑みに…。


 その時ほとりと落ちる熱い涙が一つ。驚いて見上げる令子。

節子はそんな令子の手を握り、静かにその部屋から出て行くのだった。




 大変お待たせしました。

相も変わらぬ難産でした

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