「刀打ち」
それから主観時間にして約十日ほどの時間が過ぎただろうか?雨子様の非常な頑張りにより、専用槌への反転呪の刻み込みは、思いの外早く無事終えることが出来た。
一方祐二自身も、そんな雨子様の頑張りを見ていたせいか、槌打ちの技量を速やかに上げ、今や爺様のお墨付きを貰うまでになっている。
そんな一柱と一人は今それぞれ別々に禊ぎを行い、爺様が新たに用意してくれた衣類に袖を通していた
雨子様は美しい朱袴の巫女衣装。一方祐二は白作務衣と言った出で立ちだった。
成りを整え鍛冶部屋に集うて互いを目にし、時同じくして感歎の息を漏らす。
「馬子にも衣装とはよう言うたものじゃな?」
本当はその様な憎まれ口など口にせずに、ただ純粋に褒めたかったのだが、どうにも照れ臭く、ついついその様な口を利いてしまう雨子様。
尤も祐二もいい加減そんな雨子様の性格をよく見知っているせいか、その顔に浮かぶ表情を見るだけで真の思いをちゃんと汲み取ってしまう。
そして雨子様自身も祐二の目を見れば一目瞭然。互いを目に合わせる内に、世界に存在するは自分達だけの様な雰囲気になっていくのだが、そこはきちんと茶々が入る。
「こほん」
爺様の咳払いが入り、思わず我に返る二人なのだった。
二人の気持ちも分からないでも無い爺様は、少しばかり気まずそうにしながら言葉を続ける。
「まあお前達の気持ちも分からんでは無い、しかし今はやるべきことを成せ」
爺様に言われた言葉で雨子様は顔を真っ赤にし、祐二は苦笑しつつも静かに頭を下げる。
「さていよいよ今日から本打ちぞ」
爺様のその言葉に身の引き締まる思いを感じる祐二。その祐二を背後から守り、神力を送り続ける役を果たす雨子様もまた、気分一新真剣な面持ちになるのであった。
三者は互いに顔を見合わせ、誰言うこと無く硬い面持ちでしっかと頷き合う。正にこれから過ごす一瞬一瞬の全てが真剣勝負となる。
まず最初に爺様がどっかと金床の前に誂えられた床几に腰を下ろす。そしてゆっくりと金床の上面を左右にさすると、じわじわと長さが伸び、凡そ一メートルを少し超えたところでピタリと止まる。
次にその表面へ例の扇をトントンとリズミカルに打ち付けていく。その打痕より銀の薄膜が生まれ、それがやがて刀の形状を現していくのだった。
「爺様、それは?」
祐二は彼の見知った(勿論動画などで)刀鍛冶の在り様とは全く異なる様子に、思わず爺様に尋ねる。
「それは星の核にある物質じゃ、凡そこの宇宙にあるいかなるものよりも固い、そしてそう成るべき質量を持って居る」
「そんなもので刀を作るのですか?」
半ば呆れる様にそう言う祐二。
「うむ、それくらいの密度が無いと、本来この世に非ざりものには干渉できんのじゃ。勿論そなたが、神力を自在に操ることが出来る様になれば別なのじゃがな。ただそいつには恐るべき質量が有る。それを自在にするためにも呪を紡がねばならぬのよ。祐二よ、それこそがこれからお前の成す仕事となる」
「はぁ…」
もう祐二の理解の外にある事柄故、返事をするにしてもなんとも半可なものとなるが、これは仕方が無いだろう。
「これより約十日ぶっ続けでの鍛冶となるが、そのままでは祐二が持たぬ。故に雨子、そなたがその間ずっと神力を送り、そやつを背後から支えるのじゃ」
そう言うと爺様は祐二の頭の上辺りをひょいと扇で差す。
するとそこには七色の宝珠がひょっこりとその姿を現す。
それを見て驚いた雨子様が思わず声を上げる。
「ゆ、祐二!何故にそなたが宝珠を、真性の宝珠を持って居るのじゃ?」
余りの驚きで身体を震わせている雨子様。
そんな雨子様に、祐二は頭を掻き掻き弁解する様に言う。
「ん~~~、雨子さんがピンチの時に使えって、爺様から預かってた…」
その言葉を聞いた雨子様は、どっと力が抜けてその場にしゃがみ込む。
「祐二…その様なものを持って居るのであれば、何も斯様に苦労せずとも良いのでは無いか…」
そう言いつつ爺様のことを恨めしげに見つめる雨子様。
だがそんな雨子様に対して爺様は、笑みの一つも浮かべること無く言う。
「何を言うて居るのじゃ雨子。祐二などにその珠が使える訳が無かろう?あくまで何か有った時にお前に渡すということで持たせて居ったのじゃ。そして今はまさにその時じゃ。その珠の力なかりせば、そなたこれから十日に渡って、どうやって祐二に神力を送り続けるつもりなのだ?途中で途切れることあらば、祐二の命が危うくなるやも知れぬのだぞ?」
爺様にそう諭された雨子様は、少ししゅんとしながら、自らの方へやって来る七色の宝珠を捧げる様に受け、そっと胸に落とし込むのだった。
そしてぎょっとする様に爺様のことを見る雨子様。どうやら頂いてから初めてその宝珠の持つ力の凄さに気が付いたのだろう。
「じ、爺様。こんなものを貰っても良いのかや?」
そんな雨子様に優しい笑みを浮かべながら爺様が言う。
「今のお前には必要なものであろう?」
そう言う爺様に、床に伏して深々と頭を下げる雨子様なのだった。
やがて頭を上げた雨子様は、喜色満面祐二に向かって活を入れる。
「祐二よ、我が付いて居るのじゃ。目一杯全てをかけて打ち込むのじゃ!良いな?」
そんな雨子様の応援をしっかと受け止めながら槌を持ち上げる祐二。余りに素直な雨子様の応援が何とも面映ゆい。
「ではそろそろ作業に掛かるとするかの…」
二人の様子を見守りながらにこにこと笑みを浮かべていた爺様は、次の瞬間猛禽もかくやという様な目をし、刀の形をした銀色の膜を睨み付ける。そしてその上に手を延べると目を瞑り、額に汗を浮かべながら何やら特別のことを行っている様だった。
一体何をと思うが口には出さずに見守る二人。
が、そう時間が掛からないうちに答えが目の前に現れてくる。
爺様が手を延べた先では、既にそこにある銀色の刀様の膜より一回り大きな、薄い金の膜が生じていたのだった。
爺様が目を開けほっと一息つき始めたところで雨子様が問う。
「爺様、これは一体何なのじゃ?」
「これか?」
そう言うと爺様はにやりと笑う。
「これはの。静止し、積層された時間の固まりの様なものじゃ。此所に祐二が槌打つことで呪がたたき込まれ、幾重にも幾層にも蓄積されていくのじゃが、それが十分になった時に一気に開放し、溜め込まれたエネルギーの全てを使って呪を素材に刻みつけるのじゃ」
そんな爺様に半ば呆気にとられた様な顔をした雨子様が問う。
「そこまでせねばならぬのかや?」
「うむ、この工程を省いてしもうては呪を定着させることは出来ん。他の物質ならいざ知らず、こやつはそう言う質なのよ」
そう雨子様に説明して見せた爺様は、今度は祐二のことを見ると言う。
「ではそろそろ良いか祐二?」
「はい、いつでも大丈夫です」
そう言いながら祐二は手元でくるくると重さが無い様に槌を回してみせる。ここしばらくの修練の成果が現れている様子なのだった。
「では祐二、これまでの修練の通りじゃ、儂が扇にて指し示す場所へ、寸分の狂いも無く同じ力で槌を振り下ろし続けるが良い」
「分かりました爺様!」
歯を食い縛る様にそう言う祐二、此所に来て後に引けぬ本番ということも有って、気負うことは無いのだがその緊張が見て取れる。
「雨子」
「はい!」
凜々しい声でそう爺様に返事を返す雨子様。
「そなたは多からず少なからず、常に一定のリズムで良いと言うまで祐二に神力を送り続けよ。それこそがこの刀の呪の全てとなる、心せよ」
きっと目を見開き、静かに頷いてみせる雨子様。
そんな二人を最後に見届けると爺様が声を掛ける。
「では行くぞ!」
「「応!」」
それから爺様の指し示すところに、ただひたすら延々と槌を振り下ろしていくという、まるで地獄の様な刀打ちが始めるのだった。
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