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天露の神  作者: ライトさん
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「得物打ち二」


 そんな娘の有様を見守りながら、うんうんと密かに頷く爺様。目には見えぬが通う思いがほとんど感じられるほどである。

 そんな二人の様子を見ていた爺様は、是が非でも完成させてやらねばと思う。


「では雨子、呪を投影するから刻み込むのじゃ、良いな?」


 爺様のその言葉に、名残惜しげに今一度手に力を込めると、祐二の元を離れる雨子様、

そして改めて投影された呪を見て唖然とする。


「じっ、爺様?これを刻めと言うのかえ?」


 そこに在るのは余りと言えば余りの膨大な呪の量なのであった。


「うむ、雨子に出来ぬ量ではあるまい?」


 そう言う爺様の言葉に雨子様はかなりの時間を掛けてその呪を解析する。

そしてその末に重い口をゆっくりと開く。


「のう、爺様。確かに刻み込むことは出来るのじゃが、その~~」


 何とも奥歯に何か挟まったような言い方をする雨子様。


「何じゃその言い様は、何が言いたい?」


 それに対して物言う雨子様は、なんだか不安げな表情をしている。


「刻むことは可能じゃ、しかし時間がとんでもなく掛かってしまうのじゃ」


 するとそれを聞いた爺様はきょとんとしながら言う。


「それは当たり前じゃろう?儂がそれにどれだけの心血を注いで居ると思うのじゃ?」


 そんな爺様に雨子様が蚊の鳴くような声で言う。


「しかしの爺様。我にも祐二にも学校やら何やらがあって…」


 それを聞いた爺様は腹を抱えて笑い声を響かせた。


「何じゃその様なことか?案ずるな、既にこの工房に入りし時より、時間の流れを通常の万分の一に落として居るわ」


 それを聞いて呆然とした祐二、早速指折り何やら計算しているのだが…。


「おお!なら一ヶ月居てもカップラーメンを作るくらいの時間しか過ぎない訳だ!」


それを聞いて呆れるは爺様と雨子様。


「「カップラーメン?」」


 思わず雨子様に尋ねる爺様。


「一体あやつの頭の中はどうなって居るのじゃ?」


 もっとも雨子様にだって答えられようはずが無かった。


「わ、我に聞くでない。我にも分からぬことじゃ!」


 そう言い終えるや否や頭を横に振る雨子様、習って共に振る爺様。

だがいくら時間があるとは言っても無限では無い。爺様は早速雨子様に作業に掛かるように言うのだった。


「ともあれ雨子、座していても仕方有るまい、く仕事に掛かるが良い」


 そう急かされた雨子様は、これはもう仕方が無いとばかりに黙々と呪の解析に掛かり、それを如何にあの狭い面積に刻み込むのか検討を始めるのだった。


 爺様はその様を見ながらうんうんと頷いている。

そんな爺様に対して祐二が小さな声で思ったことを聞いてみる。


「爺様」


「何じゃ祐二」


「雨子さんにさせているあの作業、爺様なら一瞬で終えることが出来るのでしょう?」


 その言葉を聞くや否やしっと言いつつ口元に指を当て、そっと雨子様のことを伺う爺様。

幸いなことに雨子様は作業に集中していて、先程の祐二の話は聞こえていなかったようだ。


 そこで爺様は祐二を伴って少しその場を離れ、部屋の隅っこの方で机と椅子を出して腰掛けながら祐二に言う。


「確かにな祐二。あの作業は儂がやれば一瞬じゃ。じゃが出来た得物を使って事を成すのはお前達なのじゃ。儂が何もかもに手を出してどうする?しかもお前達は行く末、夫婦神になるのであろ?」


 そう問いかける爺様の言葉に、少し顔を赤く染めながら祐二は頷いて見せる。


「ならばこそ二人で作り上げるのじゃ。雨子が苦労をするのを見ていれば、祐二自身も槌打つ時に力も入ろうて」


「成る程仰る通りですね、そこまで考えて下さっているとは本当にありがとう御座います」


 そう言って丁寧に頭を下げて礼を言う祐二に、爺様は思わず相好を崩す。

そして胸の中で、こう言う奴だと分かっているからこそ、力添えもしてやりたくなるのだぞと呟くのだった。


「ただの、祐二。お前も待つばかりでは無いのだぞ?」


 爺様にそう言われて首を傾げる祐二。


「あやつが呪を刻むに時間を掛けている間に、お前と儂で槌を打つ修練じゃ」


 そう言うと爺様は目の前に先程出したのと瓜二つの、槌と金床台を出現させたのだった。

但し細かいことを言うと、槌の頭は少しほっそりしていて、ありふれた形状になっていた。


「これより打つのは玉鋼じゃが、儂が指し示す場所に適時槌を振り下ろすが良い」


 そう言われた祐二はまずはその槌を手にしてみる。なかなかに重く、手に持った感覚からすると六キロ近くはあるだろうか。


 形ばかりに振り上げてみると僅かに身体が揺らぐ。もっとも此処で揺らぐ程度で済んでいるのは、祐二が既に真剣を自在に振る修行を行っているからで、その際、気の制御を用いることにより、普通の人には真似出来ないレベルで上達しつつあるのだった。


 そして此度も槌を何度か軽く振りながら気の制御を行い、補正を加えてたちまち揺らぎを修正していく。


 その様を見た爺様が感嘆の言葉を思わず漏らす。


「ほおっ!まじめに修行を積んで居るとは聞いて居ったが、それだけでは無いの。実に勘が良い、優れて居る。」


 そう言いながらおとがいに手を当て、うんうんと頷くのだった。

だがそれも束の間、爺様は祐二に声を掛ける。


「では祐二よ、一当てしてみるかの?」


 そう言うと爺様は懐から赤熱した鉄塊をひょいと出してきて金床の上に載せる。

それを見て驚きの余り声を出してしまう祐二。


「はぁ?」


 だが爺様にしてみると何を驚かれているのか分からない。


「はて?何を驚いて居るのじゃ?」


 そんな爺様に呆れるようにして祐二は言う。


「何を驚くも何も、赤熱した鉄の塊がどうして懐から出てくるんです?しかも素手で?熱くはないのですか?」


 そんな祐二に爺様は苦笑しながら言う。


「この程度の物、熱いとは思わぬよ。そもこの身はうつし身にあらず、祐二の目で人の姿に見えているだけじゃからな」


 そう言うと爺様は、畳んだ扇で鉄塊の隅を抑え、祐二に早速叩いて見よと言う。


 だが最初の一打ちは濁った音がする。祐二の思うにどうやら上手く叩けていないようだ。

そこで持ち手を調整しながら今一度槌を振るう。


 今度はましな音がする。再度振るう、また鈍い音。また打つ、再調整、打つ、良い音、更に打つ。


 そうやって打ち募る内に徐々に良い音が重なっていくようになる。

だがそれはあくまで、一カ所に場所を定めて打つ時に限って良い音が出るようになったと言うことだった。爺様に指図された場所にそれぞれ槌を下ろすことになると、やはりなかなかに難しい。


「どうじゃ難しいか?」


 にこにこしながら爺様が問う。しかし確かに爺様の言う通りでこれはどうにも一日二日で越えられる山ではなさそうだった。


「ここまで難しいとは思ってもみませんでした」


 これは本当に祐二の感じた偽らざる思いだった。


「まあそれでも上達はかなり早い、さすがにこれまで修練を積んできただけのことは有る」


 そうやって爺様は褒めてくれるのだが、祐二としては全く納得が行かないのだった。


「音はなんとか出るようには成ってきたのですが、打つ場所がなかなか定まらないです」


 悔しそうにそう零す祐二。

すると爺様が笑いながら言う。


「それは当たり前じゃ、いくら体の使い方を覚えてきたとは言うても、刀を振る場合と槌を振るう場合では、全く使う筋肉が違うとる。じゃがな、それでもここまで調整して来おることを褒めて居るのじゃ」


 そう言いながら爺様は、かなり打ち伸ばされ温度の下がってきた鉄の板を、何気無く手で掴み、半分に綺麗に折りたたむと再び金床に載せる。そこへ軽くとんと扇を突くと再び灼熱の光を放つ。


「まあ雨子の方も、これから二週間分くらいの時間は掛かるであろうし、お前もじっくりと調整していくが良いよ」


 と、そう言われてからが地獄だった。此処を出てしまうと時間の流れを戻すのが面倒だと言われて、連続して滞在させられることになったのだ。


 寸暇を惜しむように槌を打つ祐二。凄まじいばかりの運動量の為、流れ落ちる滝のような汗。ひたすら根を詰めなくては成らない雨子様も大変だったが、祐二の場合消費するエネルギーの量が半端ではなかった。


 一体これで身体が持つのかと杞憂するも、鍛冶場に置いてあって喉が渇いたら飲めと言われていた樽から、水と思しき物を飲んで驚いた。


「爺様、これネクタルじゃ無いですか?」


「おう!お前がそう称して居った物じゃな。そこに置いておくから好きなだけ飲め」


 霊薬とも称されているそんな貴重な物を、飲みたいだけ飲めと大きな樽で置いておかれて目を見張るのだが、今はそんなことに気を使っている場合では無かった。


 柄杓で掬い、ごくごくと喉を鳴らしながら飲み干すと、忽ち身体の内から力が湧いてくる。

そこで再び元気一杯に槌打ちの修練に入る。


 これならいくらでも打てるぞと思ったのも束の間、そうは簡単には行かなかった。

そこまで行くと身体が元気でも、今度は心の方が付いていかないのだ。要するに根が尽きるという状態になる。


 こうなるとさすがにそれ以上の修練は無理となり、漸くにして修練から解放されることになる。


 そこで鍛冶場に隣接してある施設に行き、風呂に入り、食事を口にした後、寝所にて泥のようになって眠るのだった。

恐らく日々飲むネクタルのお陰なのかと思われるのだが、目覚めはどんな時よりも滅法良い。お陰でまた全力で修練に挑むことが出来るのだった。


 しかしいくらそうやって心と体を癒やそうとも、人と言う存在はそれだけでは成り立ちはしない。何時しか自然に無口になり、何をするにも寡黙なままという感じで、気ふさぎの症状が現れ始めるのだった。


 そんなある日、精も根も尽き果てつつ、少しでも回復を図ろうともそもそと寝床に潜り込んでいると、何やら足下の側から入り込んで来るものがある。


 驚きながら見守っていると、持ち上げられた布団の中から顔を出したのは雨子様だった。


「な?何をなさってるんですか?」


「何をじゃと?甘えに来たに決まって居ろうが?」


「はぁ?」


 そう言う祐二に膨れっ面をした雨子様が言う。


「例え目的があって頑張らねばならぬことであったとしても、それが祐二、お前の為で有ったとしてもじゃ。あの様に辛気くさいことを、只ひたすら毎日黙々とやって居られるものか!萎える!萎えてしまうのじゃ!故にそなたに甘えて元気を取り戻すのじゃ!」


 そう言うなり雨子様は胸板に頭をぐりぐりと押しつけてくる。


 仕方が無いのでその頭を撫でていると、あっという間にすやすやという寝息が聞こえてきた。そしてそれを聞いていると自身もたちまち睡魔に襲われ、何時しか眠りの世界に入ってしまう祐二なのだった。


 その日から毎日閨ねやを共にする二人。お互いに精も根も尽き果てている状況なので、何かをする訳でも無いのだが、そうやって相手の体温を感じながら眠ることで、二人とも少しずつ心の元気を取り戻していくのだった。


 そんな二人のことを知ってか知らずか、気ふさぎの状態から抜け出した祐二や雨子のことを見つめる爺様の目は、限りない優しさを湛えているのだった。





 お待たせしました。

雨子様可愛いなあ・・・

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