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天露の神  作者: ライトさん
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「得物打ち」


 祐二の願いを聞き届けることにした爺様は、手近な地面にひょいと指を差し向けた。

あっと思う間もなく割れる大地、その向こうには地下へと通じる通路が現れた。


 まるで天然の洞窟のようであるのだが、良く見ると各所の角が丁寧に丸められていて、人の手による物と見えなくは無かった。ほんのりとした間接照明のような物に照らされて、ずっと奥まで続いている。


 その通路を先に立ってすたすたと進んでいく爺様。慌てて雨子様と祐二はその後を追うのだった。


 緩やかな下り道を経てかれこれ百メートルほども進んだろうか?大きなホールのような所に行き着く。そしてそこで爺様が待ち構えている。


 何も無いのを見渡して「此処は?」と呟く祐二。


 だがその傍らで雨子様があんぐりと口を開けて驚愕しているのだった。


「何じゃ此処は?」


 それを見た爺様はふふんと鼻を鳴らしながら言う。


「おお、さすがに雨子には分かったのか?」


「分かるも何も、この部屋を満たして居る呪の密度は一体何なのじゃ?しかも極小の物が幾重にも重なりながら、更に大きな呪を構成して居る」


「うむ、此処は儂の工房なのじゃ」


 祐二は二人の会話を聞きながら思わず首を傾げる。


「雨子さん?」


 そう言う祐二の目に雨子様が小さな呪を掛けてやる。


「この類いの呪はそれなりの目を持って居らぬと見えぬのよ、どうじゃもう見えるかや?」


 そう問う雨子様、だが何の返事も返ってこない。


 一体どうしたのかと思って祐二を見ると、目の前に有る呪の膨大さに圧倒されているのか、目を見開き、ついでに口も開いて言葉も出ない有様だった。


「何なんですかこれは?」


 暫くしてようやっと言葉を作ることが出来た祐二が問うた。


「この全てが呪なのじゃ、それぞれの呪を構成して居る線分そのものも呪で作られて居る」


 すると爺様が呆れたように言う。


「何じゃ雨子、我が娘で有ると言うのにそこまでしか見えぬと言うのか?もっと目を凝らして見ぬか?」


 半分叱責のような言葉だった。

そこで雨子様は自らの目にも呪を掛け、神力を込めて凝視し始める。


「何と!」


 再び驚き呆れ果てる雨子様。


「どうしたんです?」とは祐二。


 そう問いかける祐二に雨子様は上ずったようになりながら説明してみせる。


「祐二よ、何と此処の呪は五層構造になって居るのじゃ、それぞれの呪を作る線分が皆呪で作られて居って、それが五階層に渡って繰り広げられて居る。何と言う密度なのじゃ…」


「どうじゃ雨子、儂自慢の工房は?」


 なんだか爺様は鼻高々だった、そんな爺様のことを見ていた祐二は、その子供っぽさの部分に気がついて密かに下を向いてしまった…漏れそうになった笑いを堪える為に。


 だが爺様にはしっかりと気がつかれてしまった。


「何じゃ祐二、何を笑って居る?」


 そう問われた祐二は素直に答えることにする。


「爺様がさも自慢げに仰るのを聞いていて、小さい頃無理と言われたロボットのプラモを組み上げた時の自分を思い出したんです」


「ほう?」


「自分が精一杯努力したその成果を、誰かに誇れるのって嬉しいですよね」


 少しばかりむっとしそうになった爺様なのだが、爺様には祐二がこれっぱかしも嘲るつもりの無いことが分かってしまう。分かってしまうどころか、自分と同じ気持ちを共有されてしまっていると思うと、怒れる訳が無かったのだった。


「やれやれ、こやつには適わんの?」


 そう言いながら頭をがしがしと掻きまくる。


 そんな爺様と祐二のことを見比べていた雨子様は、くすりと笑いを漏らしてしまう、

雨子様の目にはその時の二人が、おもちゃに夢中になっている子供に見えてしまうのだった。


 爺様は、そんな雨子様に気がついて苦虫を噛みつぶしたような顔をする。だが敢えてそれ以上は構うことはしなかった。


「ともあれまずは道具立てをするか…」


 そう言って爺様が部屋の中央を指差すと、七色に光る金床様の台が持ち上がり、その上には大振りの槌らしき物が置かれていた。


「爺様、もしかしてあの槌を振るえば良いのですか?」


 今まで鍛冶の槌を振るう機会など無かった祐二は、なんだか少しわくわくしながらそう爺様に問うのだった。


 だが爺様は逸る祐二を抑えながら、まず雨子様に物を言う。


「この槌は未ださらの状態で、これで打ったところで何物も作ることは出来ん。そこで雨子、お前がこの槌の打撃面に呪を刻み込まねばならん」


 するとそれを聞いた雨子様は暫し考え込んだ挙げ句に爺様に問うた。


「打撃面に刻み込むと言うことは、もしや反転呪かや?」


 するとそれを聞いた爺様は、にこにこしながら言う。


「うむ、そうじゃ、その通りじゃ。今から目前に刻むべき呪を投影してみせるから、それをこの槌の打撃面に刻み込むのじゃ」


「あい分かった」


 そう言った雨子様はまず槌を手にとって調べてみる。


 ずしりと重みの有る槌は、凡そ直径が七センチほどの円筒で長さが十五センチほど。但し打撃面に至部分は円錐台状になっていて、面の部位は一センチほどの径に窄まっている。


「此処に刻み込むのか、随分と小さい面に刻まねばならんのじゃの」


 そう言う雨子様に苦笑しながら爺様が言う。


「仕方有るまい、祐二の力ではせいぜいこれくらいの面積にしておかんことには効果が出んのじゃ。言っておくがそれも千から万倍の増幅の呪を加工面に予め掛けての話しじゃぞ?」


 それを聞いた雨子様が呆れながら言う。


「爺様…一体何を得物の材料に使うつもりなのじゃ?」


「星の核じゃ」


「は?」


 それはもう目が落ちるかと思うくらいに見開く雨子様。


「そんな物に手打ちで呪を刻み込むと言うのかえ?」


「うむ」


「何故にそこまでする必要があるのじゃ?爺様の力を以てすればこの様な手間暇を掛ける必要なぞ無いでは無いか?」


 そこで雨子様ははっと何かに気がついたように言う。


「もしやそれも修行の一環なのか?」


 問われた爺様は薄く笑いを浮かべながら言う。


「まあ確かに少しはその部分もある。じゃが主な目的はそうでは無い。槌打つ過程でこやつ自身の神力…未だ出せる物は本当に微々たるものでしか無いがの…を都度練り込んで、出来た得物をこやつにしか扱えぬようにしておきたいのじゃ」


「それはまた何故に?」


 微かに首を傾げながら問う雨子様。

そんな雨子様に爺様が諭すように言う。


「考えても見るが良い、実体がある物も無いものも同様に切れるやいばぞ、既にこの時点でこの世のあらゆる物が切れるとは思わぬか?」


「た、確かに…」


「その様な得物をこやつ以外の誰かに奪われでもしてみろ、目も当てられぬでは無いか?」


 爺様にそう言われた雨子様は、ぶるると身を震わした。


「確かに、しかしそれは持ち主指定の呪を掛ければ良いだけのことでは無いのか?」


「馬鹿を言うでない、そんな上掛けの呪など、ちょっと力ある者が頑張れば何とでも成るでは無いか?儂にはそんな危険を冒すつもりは無い」


 爺様のこの言葉に、雨子様は成る程と頷きながら、その深慮遠謀に感心するのだった。


「爺様、ように分かった」


 そう言うと雨子様は祐二の方へ振り返った。


「祐二よ、この得物を打つはほとんど命懸けぞ?心するのじゃぞ?」


 そう言いつつも、物凄く心配そうな目で祐二のことを見る雨子様。適うならこんな仕事などさせとうは無いとも思うのだが、思いはしてもそれを口に出すことは出来ない。


 今の雨子様に出来るのは、思い人の手を両の手で包み、ただ激励の思いを伝えるだけなのだった。



 お待たせしました。

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