「待ち合わせ」
「ふぅ、酷い目に逢ったのじゃ、まさか此所の地下があのように迷路と化して居るとは。何故に人は斯様に恐ろしい物を地下に拵えて居るのじゃ?」
その様なことをぼやきながらようやっと雨子様は目的の店に辿り着いた。
先般より何度か顔を見せている店とはまた別のケーキと紅茶が評判の店だった。
今一度携帯にて時間を確かめると、もう溜息しか出てこなかった。
予てよりの縁故、よもや待って居らないと言うことは有り得ないと思っていたが、おそらくはお小言の一つ二つは喰らうであろうと、少しばかり気後れしての入店となった。
目を凝らして見渡してみれば、少し離れたところに見覚えのある姿が二つ並んでいる。と、あちらも目敏く雨子様の姿に気が付いたようだった。
「雨子ちゃ~~ん。こっちやでぇ~~」
いやもうこの喋り方を聞けば自ずと相手が誰だか直ぐに分かってしまう。
「済まぬ、待たせてしもうたの」
そう言いながら頭を下げつつ待ち人の待つ席へと向かう雨子様。
テーブルの上を見るに、既にケーキは食べ尽くされ、残された紅茶をちびちびと飲んでいるような、そんな状況だった。
雨子様は今一度丁寧に頭を下げ、やれやれと言う感じで席に着くと、直ぐに店のものが来たので素早くケーキと紅茶を頼む。
「畏まりました」
と言って遠ざかって行く店員を尻目に、遅れた理由を説明するのだった。
「経路を見るに、最も近道かと思うて地下に入ったところ、いやもう何が何やらという状態になってしもうての、遅れてしもうた、申し訳ない」
そう言いながら冷たい水を一口煽り、ほっと人心地付いていると、もう独りの存在が労うように言う。
「お疲れ様でした。雨子様に限って、何か有ると言うようなことは無いとは思っていたのですが、そうですか、地下街に入ってしまいましたか…」
その言葉に苦笑しながら雨子様が言う。
「うむ、もしや小和香も入ったことがあるのかや?」
聞かれた小和香様は、当時のことを思い起こしてぶるると震えながら語るのだった。
「はい、以前一度迷い込んでしまいまして、その時は地上に出て位置確認するということを思いつかず、もう社に帰ることが出来なくなるものと思いました」
「おお、それは大変じゃったな」
「それで雨子ちゃん、どうやって小和香がそこから出られたか知っとる?」
そう言う和香様に小和香様が慌ててその口を押さえようとする。
「ああ、駄目です和香様、それを言っては成りません」
だが口元を押さえに来る小和香様の手を巧みに避けながら、その所業をしっかと暴露してしまう和香様なのだった。
「それがな雨子ちゃん、小和香言うたらベソかきながら榊さんに助けを求めたんやで?」
「ああ、酷い和香様…」
そう言いつつも泣きそうな顔をしながらぽくぽくと和香様の肩を叩く小和香様。
それを聞いた雨子様は今にも噴き出しそうな顔になりつつも、此所で笑ってはこの先暫く小和香様の恨みを買ってしまうと、必死になって堪えながら努めて真面目に和香様に言い聞かせるのだった。
「和香、からこうてやるでない。実際和香も行ってみれば分かるのじゃ、あの地に一端足を踏み入れれば、自分が一体どこに向かっているのか迷うこと間違い無し。あれは正に地下迷宮じゃからして」
するとなんだか妙に渋い顔つきをする和香様。そのことに気が付いた雨子様がもしやと思って問いただす。
「なんじゃ和香、そなたもあそこで迷うたことが有りそうじゃな?」
するとさもばれたという風に、にんまりと笑いを浮かべる和香様。
「てへ、バレてしもうた?」
その言葉を聞いて呆気にとられたようになる小和香様。
「ええっ?和香様も迷われたことがあるのですか?」
「うん、一遍入って迷うたことがあるねん、あの時はめっちゃ偉い目に逢うたわ~~}
それを聞いた小和香様が目を釣り上げて和香様に食ってかかる。
「酷ぉ~い、なのに和香様ったら私のことをあのように笑われたのですね?」
そう言うと再び和香様の肩をぽくぽくと叩き始める。まあ、音からして分かるように、叩いたからと言って全く痛くは無いのだが、小和香様にしてみたらせめてもの意趣晴らしである。
そんなところへ店員が、先ほど雨子様が頼んだケーキと紅茶を携えてやって来た。
それを見た二柱はさすがに決まりが悪いのか、素知らぬ顔をしながら大人しく居住まいを正すのだった。
「こちら季節の果物のタルトと、アッサムティーでございます」
そう言うと店員は音もさせること無く品物をそっとテーブル上に置き、優雅にカップに紅茶を注いだ後、「ごゆっくり」と言ってその場を去るのであった。
一頻りケーキを食べて紅茶を楽しむ雨子様。
多分相当美味しいのだろう、その顔はすっかりとえびす顔である。
「ところで…」
綺麗にケーキを食べ終え、美味しそうに紅茶を啜ると、そう口火を切る雨子様なのだった。
「そなたらのその姿は何か意趣が有るのかえ?」
雨子様がそう言うには訳がある。
と言うのが今日の和香様と小和香様の出で立ち、ヘアスタイルから化粧から着ているもの、履いているもの、その全てが全く瓜二つなのだった。
「てへへへ、元より和香の上に小さいと付いて小和香なんやけど、そもそもがうちのそっくりさんに拵えた分霊がこの子や。言うてみたら分け御霊やからこそそうなるんやけど、普段は見分けが付くようにって違う服装しとるやんか?そやけどこうして二人で出かける時くらい、こんなんもええかなって」
確かにそうやって二人並んで楽しそうに笑みを浮かべていると、仲の良い姉妹のように見えてなんとも微笑ましくもある。
「なるほどの、確かにこう言う趣向も面白くはあるの」
雨子様にそう言われた和香様は、少しばかり天狗になってふふんと胸を張っている。
そんな和香様の態度に苦笑しつつも、思うことを素直に述べる雨子様。
「ただどちらが和香かと問われれば直ぐに分かってしまうがの」
「それはまたなんでやのん?」
そう問う和香様の言葉に小和香様もうんうんと頷いている。おそらくは今のように仕上げるに当たって、二柱共にかなりの努力をしたのかも知れない。
「なんとなれば…」
そこまで言いかけて急に口籠もる雨子様。
いくら何でもそこまで言われてその先の言葉を聞けないとあっては、流石に気になって仕方が無い。
「なんやのん、なんやのん。めっちゃ気になるやんか?」
「ですです!」
そうやって目をきらきらさせながら言葉を待つ二柱に、雨子様は思わず吹き出しそうになる。確かにそう有らんと欲して装っただけ有って、二柱とも期待する様がまるきりそっくりで、どうにも笑えてしまうのだった。だがそれでも…。
「こほん」
雨子様はそう咳払いをすると、何故和香様と小和香様の間で見分けが付くかについての説明を果たそうと言葉を紡ぐ。
「それはの…和香の方がその…」
ここまで言いかけてふと雨子様はその先を語るとどうなるかということに考えが及び、思わず言葉にすることを尻込んでしまう。
ところがそのことで和香様には何か良からぬ予感が芽生えてしまう。
「うちは怒らへんから言うてみてみ、雨子ちゃん?」
なんだか滅茶苦茶猫撫で声である。
こうなると雨子様も自分の予想が正しいと思えてしまい、尚更言葉にすることが難しくなる。
そうやって躊躇う内にも、雨子様のことを見る和香様の目がキリキリと釣り上がっていく。
こうなるともう完全に雨子様の敗北であった、素直に謝罪の言葉を述べる雨子様。
「済まぬ、我に配慮がたらなんだのじゃ」
「うんよろしい」
何故だかそう言う和香様は勝ち誇っていた。
でもそれを見ていた小和香様は思う、結局和香様は雨子様が何を言おうとしたのか聞かなかったのだけれども、それで良かったのかしらんと。
その後雨子様が紅茶を飲み終わるのを待って三柱は店を出た。
支払いは全て和香様が持つと言い張ったのだが、お小遣いを渡されてた雨子様は、支払うと言う行為そのものを行いたくて、あくまで自ら支払うのだった。
「ご馳走様です和香様」
そう言って和香様に礼を言う小和香様を尻目に、自分の分を支払ってその釣りを喜々として貰う雨子様。
店を出た後彼女らは、散歩を楽しみながら街の中に有るちょっとした公園へと向かった。
都会の中に有るにしては沢山の木々が生え、気持ちの良い散歩コースとなって、市民の憩いの場とも成っているのだった。
電話では少し話してあるのだが、こうやって和香様達と逢うのは実は節子達が襲われた件を相談するためなのだった。
そう言う話をするのであれば社の方で行った方が良いかとも思うのだが、最近何かと仕事に忙殺されている和香様としては、これを機会に少しでも外に出て羽を伸ばしたいと言うのが本音だった。
そして案外歩きながら話をする方が、他者に内容を聞かれなかったりするものなのだ。
そのことを踏まえて小和香様がそっと雨子様に囁く
「雨子様雨子様、それで先ほどの話、見比べた時どうして和香様のことが分かるのですか?」
そう言われて雨子様はちらりと和香様の方をみる。
都合の良いことに彼女は、近くを通りかかった散歩中の犬に気をとられている。
これ幸いと雨子様は先ほど言えなかったことを小和香様に伝えた。
「いや何の、二柱並べると少しではあるが和香の方が老け…」
その時雨子様は、和香様の視線がしっかりと自分を捉えていることに気が付いてのだった。どうやら神力を使ってまで聞き耳を立てていたようだ。
「雨子ちゃん?うちがなんやて?老けとるやて?」
思いっきり目を釣り上げ、わなわなと震えてみせる和香様。
これはもう三十六計逃げるにしかず、雨子様はとっとと尻尾を巻いてその場から逃げ始めるのだが、とてつもない勢いでその後を追う和香様。
その後はもうトムとジェリー宜しく、公園の中を駆けずり回る二柱。そしてそんな彼女らのことを、目を点にしながら見つめている小和香様が一人ぽつりと呟く。
「本当に仲の良い姉妹に見えるのは、あの方達ですのにね…」
筆者は実は和香様のことが大好きですw




