「お使い」
さて翌日雨子様は、祐二ときちんと意思疎通出来た上で、我が身一人のお出かけが出来るとあって、ちょっと?いや見かけ以上にかなりわくわくしている。
別に今までだって、一人で色々な所へ行ったことは沢山あるのだ、何成れば広大な宇宙空間をひたすら彷徨ったことすら有る。
けれどもそれはあくまで神様という形態での話しであって、か弱き十代の女の子としてと言う訳では無かった。
勿論本当にか弱いかどうかと言う所については、大きく異論がある所なのかも知れないが、少なくとも雨子様自身の認識としては、まあそんな所だった。
そして出掛けるために色々身支度するに当たって、未だファッションに対する感覚が乏しい雨子様は、当然の選択として節子に助言を請うた。
勿論節子が大喜びでその役を引き受けたのは言うまでも無い。かてて加えてそこに令子も加わったのは当たり前のことだろう。
朝食後、祐二が先に出掛けて行くのを見送った後は、女三人より集まって、あーでも無いこーでも無い、部屋中に衣類をひっくり返しての一騒ぎとなる。
だが費やすことが出来る時間には限りが有るので、無限にそれを続ける訳にも行かず、互いに協議を重ね、これはと言う落とし所を探すと言うことになるのだった。
結果今日の雨子様は少しばかりボーイッシュな出で立ちで、黒のスリムジーンズにオフホワイトのTシャツと白のコンバース、頭にはキャップ帽を被り、その後ろからふぁさりとポニーテールが出ている。
それを見ていた節子曰く、ボーイッシュをしっかりと目指していたつもりが、随分キュートな仕上がりになってしまったわねとのこと。まあこう言うものは側と中身の組み合わさった結果だから仕方無いかと、ぼそり。だが令子にはかなり受けが良かったようだった。
でもこうやって装うことが楽しいと、最近気がつき始めた雨子様は、それはもうご機嫌だった。
そしてそのことが端で見ていても良く分かるものだから、節子もそんな雨子様が可愛くて仕方が無い。
そのせいかまるで小さい子にでも言い聞かせるかのように、
「変な人について行っちゃ駄目よ」
とか、まるで見当違いなことを言っている。もっとも雨子様自身も浮かれているので何故その様に言われているのか余り良く分かって居らずに、心此処に在らずの状態で
「うんうん」
等と生返事を繰り返している。
そして一通りの支度を終えると、颯爽と玄関から出て行くのだが、多分祐二がその様子を見ていたら大丈夫なのかなと思うことだろう。
だがその祐二は既に居らず、雨子様は軽い足取りで最寄り駅へと向かうのだった。
いつもは祐二が何もかもを手配してしまうので、余り自分のお財布の中身等気にしたことが無いのだが、今日は電車に乗るにも、部品を買うにも全て自分で支払をすることになる。
「む?」
考えてみるに一人で買い物をするのが、今回初めてのことになるのかと、実は驚愕してしまう雨子様。まさに例のテレビ番組を地で行く事になると考えると、祐二が心配するのも無理からぬことじゃと、少し反省する雨子様なのだった。
でもだからと言って、何も臆することは無いと考える雨子様は、鼻歌交じりに切符を買い、駅ホームに上がって行った。
しかし、上がったホームが良く見ればまるっきりの反対方向、思わず冷や汗を流しながら今一度正しいホームに向かったのは内緒の話となる。
一度は迷いはしたものの、無事目的の列車に乗ることが出来た雨子様は、車窓を流れゆく風景を無心になって見ている内に、周りに居る子供達と同じように、後ろ向きになって見たいと強く思うのだが、あえて我慢。
以前祐二と同行した時に同じことをしようとしたら、さすがに彼女の年齢でそれをするのはと、静かに窘められたのを思い出したのだ。
これが令子の外見ならば、遠慮無く出来るのになと、この時ばかりは彼女の年齢を羨ましく思ってしまう。そしてそんなことを思ってしまう自分自身のことが可笑しくって、くすりと笑いを漏らしてしまった。
列車の中では皆無口で、皆それぞれ携帯をいじったり、本を読んだり、はたまた居眠りをしていたりするのだが、そんな中で思わず雨子様の口から漏れた笑い声が幾人かの気を引くことになった。
特に目の前に座っていた、幼稚園くらいの男児の気をしっかりと引いたらしく、その視線を真っ直ぐと雨子様へと向けてくる。
別に疚しいことがある訳でも無いのでそれに目を合わせると、にっこりと天使のような笑みを向けてくる。
思わずそれに返すべく雨子様も特上の笑みを浮かべて見せたのだが…。
「見た見た今の?」
「見た見た眼福」
「あの笑顔は素晴らしい、寿命が延びたよぉ」
等と周りから囁き声が聞こえてくる。
「!」と思って周りを見回すと、皆揃って視線を明後日の方へと向ける。
そんな言葉をあちこちから聞いた雨子様は恥ずかしくなってしまい、穴があったら入りたい気分。だが後悔先に立たずとは良く言ったもので、いくら恥ずかしく思っては居てもそれが無くなることは無い。
仕方無く雨子様はキャップを目深に頭直して、火照った顔を隠しながらひたすら目的の駅に着くのを待つのだった。
やがて目的駅近くになった頃には、車内の乗客も大分入れ替わり、辺りをうかがうこと無く素顔を晒す雨子様。
やれやれと思うのだが、この世事に疎い雨子様、自分が如何許りに優れた容姿を持っているのかと言うことに、とんと無頓着なのである。
普段であれば祐二が居て、なんだかんだと上手くカバーするのだが、その保護者(笑い)が居ない今、得てしてこういう事態を引き起こしやすい。
これを見れば祐二が雨子様のことを何かと心配するのも、仕方ないことと言えるかも知れない。
だがその様なこととは露知らない雨子様は、どうにか無事目的地で列車を降り、何度か通ったことの有るパソコンショップへと足を向けるのだった。
そしてその途次、色々とコアな店がある訳なのだが、普段なら祐二が居て衆目の盾となっている所、今日は雨子様一人。
結構遠慮の無い視線が飛んでくるのは、どうしようも無い所なのだった。
最初の内こそ無視をして、すたすたと歩みを進めていたのだが、そのうちどうにも無視し切れない感じになって来た。
ねとねとと纏わり付くような視線は本当に気持ちの悪いものなのだ。そのうちどうにも辛抱出来なくなって、とうとう小走りで走り出してしまった。
いっそどこかで呪の力でも使って人目を避ければ良いと思うのだが、人の身で逃げることに一杯一杯になっていた雨子様は、そんなことも思いつかない。
お陰で目的の店にハアハアと息せき切って到着する始末、何とも情けないばかりである。
けれども此処で弱音を言って誰かに助けを求めるのもしゃくなので、大きく深呼吸して心を落ち着ける。
此処で目的の物を購入すれば、後は大して問題になることも残っていないだろう。
そう考えると随分心が軽くなる雨子様だった。
お陰で一心に目的の物を探せたのだが、幸いなことに丁度良さそうな物が直ぐに見つかった。
先程までの不安や不快な思いはすっかり忘れ、ほくほくしながらカウンターへと品物を持って行き、支払いを済ませる。
そして無事その品の入った紙袋を手にすると、そそくさと店を出て人影の無いのを見定め、良しとばかり手を握る。要はお使い成功と言うことなのだ。
テレビの番組であれば、ここでもう帰宅へとお話は進行していくことになるのだが、今日はそれだけが目的なのでは無かった。
祐二に教えて貰った通りに携帯を操り、地図アプリを呼び出して目的の場所を探す。
「ここじゃここじゃ」
なんとか無事に目的地を映し出すことが出来、後はその場所に向かうだけなのだが…、
なまじっか行きやすいと思って地下に入ってしまったのがまずかった。
ぐるぐるぐるぐる回っている内にすっかりと方向感覚を失ってしまい、仕方無く地上に出て仕切り直し、目的地に着いたのは約束の時間を三十分も過ぎてのことだった。
遅くなりました




