「拓也さん」
一時重苦しい雰囲気がその場を支配したものの、持ち前の明るさで雑談に持ち込んだ節子さん。ついつい釣られて買い物の時のことなど話していると、息せき切った拓也さんが部屋に入ってきた。
「母さん達大丈夫?」
一応祐二君からの連絡で、二人とも怪我はしていないと説明していたにも係わらずである。まあ、肉親のこととあれば、目で見るまではそう思ってしまうのも仕方無いことなんだろうな。
そんなことを思いながら節子さんのことを、ほっとしながら見取る拓也さんの姿を目で追った。かと思ったら直ぐにこちらへやって来た。
「令子ちゃんも無事で良かった」
そう言ったかと思ったら、彼は矢庭に私の手を握りしめた。
「令子ちゃんが節子のことを助けてくれたんだって?ありがとう、ありがとう…」
そう言いながら目を潤ませる拓也さん。そんな彼の背中を微笑ましそうに見つめる節子さん。
私への感謝の言葉を言い終えた拓也さんは、その後ほっとして力が抜けたのか、祐二君が勧めた椅子にどっかと腰を据えた。
「出先で連絡貰って、取るものも取りあえず飛んできたんだけれども、疲れたぁ~~」
それはまあそうだろうなあ。こう言う状態であれば身体の疲れも半端ないだろうし、気疲れだって途方も無いに違いない。
「だからさ、車で迎えに来てって言われたのだけれど、もう直接こっちに来ちゃったよ。ここからは少し掛かるけど、もうタクシー使おうと思うんだけれども良いかな?」
その視線の先に居た節子さんは苦笑いしながら頷いて見せる。
「良し!節っちゃんから許しもでたし、善は急げだ。もう帰ろう帰ろう」
私は初めて拓也さんが節子さんのことをそう呼ぶのを聞いたのだけれど、もしかして滅多に無いことなのだろうか?節子さんが頻りと拓也さんの袖を引っ張っている。
「え?何、節っちゃん?」
「良いから、もうその呼びは良いから…」
私は思わず雨子さんと目を見合わせると二人でにやにやしてしまった。
「病院への支払いを済ませないと…」
そう言う節子さんに、拓也さんが少し自慢げに言う。
「ああ、それはここに来る前にもう済ませてきたよ」
「ええ?もうなの?」
節子さんはその手際の良さに大いに感心している風だった。
それを見た拓也さんは思いっきり反っくり返って見せながら言う。
「最近は病院の支払いもカードで済むんだねえ」
だがそうやってわざと反っくり返って見せたにも関わらず、節子さんの眼中にはどうやら無かったようだ。
「ハイハイ、じゃあ私達の荷物を持って行って下さるかしら?そして先にタクシーを捕まえておいて下さいな」
「ええ?」
そう言いながらちょこっと打ち萎れる拓也さん。私はこの夫婦のこんな掛け合いを見るのがたまらなく好きだった。
「他に何か用は有るのかい?」
そう言う拓也さんに、節子さんが私達の買い物の荷物を渡しながら言う。
「色々お世話になったから、一応看護師詰め所に挨拶だけはしておかないとと思って」
「分かった、でも手早くね?」
そう言うと拓也さんは祐二君にも荷物を持たせて、急ぎ病室から出て行くのだった。
それを見送りながら節子さんは私の前に立つと、ポーチの中からブラシを出してきて私の髪を梳き始めた。
「今日は本当に色々あったわね…」
なんともしみじみとそう零すように言う節子さん。
自分では分からないのだけれども、その色々な中で多分、私の髪が大変なことになっていたのだと思う。
丁寧に優しく髪を梳き終えると、今度は自分のお化粧道具を出してきて身なりを整える節子さん。元より普段からとても薄化粧なのだけれども、それでも私や雨子さんを見ながら呟くように言う。
「ほんと、時々何でお化粧なんてしなくては成らないのかって思うのよ…」
その台詞を聞いた雨子さんがくふふと笑いながら言う。
「それは仕方無かろう、節子のような大人の女性の嗜みなのじゃから」
するとその言葉を聞いた節子さんが小さくを頬を膨らませる。
「令子ちゃんにその台詞を聞くのなら何となく納得するのだけれども、雨子ちゃんに言われると何だかなぁ」
すると今度は雨子さんが少し口を尖らせる。
「むぅ?じゃが我は未だ高校生なのじゃぞ?」
「ハイハイ、そう言うことにしておくわ」
そんなことを言いながらつと目を合わすと、くすくす、けらけら笑い出す二人。
この二人の仲の良さも何なんでしょうね?
そうやって和やかな雰囲気に包まれながら私達は、部屋を出て詰め所に行くと、節子さんと私の二人で頭を下げて礼を述べた。
対応してくれたのが此処の師長さんらしいのだけれども、とても良い笑顔を浮かべながら、私達の身に何も無かったことを喜んでくれる。
そして今一度全員で頭を下げると、その場を辞去し、拓也さん達の待つタクシー乗り場へと向かうのだった。
お待たせしました、少し短いですが・・・
拓人さんは心底ほっとしたことでしょうねえ




