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天露の神  作者: ライトさん
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「節子の打ち明け話」


 あれから私は一度も躓くこと無く、無事最寄りの駅までやって来ることが出来た。

今は節子さんが券売機で二人分の切符を購入するのを待っていた。


 駅の構内とあって多くの人が行き交い、この様な場独特の暗騒音に満たされているのをふと何気なく感じてしまう。こう言う街の雑踏に自然に埋もれていくと、いつの間にかほっとしてしまう自分が居て、なんだか不思議な気がしてしまう。


 ところが少し経つうちに、そう言った昔から慣れ親しんだ感覚以外に、何か別のものを感じていることに気が付くのだった。


 ん?これは一体何なのかしら?時折何か小さな泡でも弾けるかのように、少しだけ目立つような、そんな音が混じっている。そしてそれらの泡立つような音には、よく耳を凝らすと意味があるようにも思えるのだった。


「シュク・イ、オナ・・イタ」


 そんな風に様々な意味ある言葉が聞こえてくるような、そんな気がする。しかし少し意識をそらすと何も聞こえ無くなってしまう、なんだろう、これは?


 そうやって謎の音の存在を訝しんでいると、突然話しかけられて我に返った。


「大丈夫、令子ちゃん?」


 切符を買い終えた令子さんが私のことを覗き込んでいる。その目に微かに見える憂いの色。ああ、また心配掛けちゃった。


「ああ、大丈夫ですよ?生身で久しぶりにこんなところに来て、幽霊の時には感じることの出来なかった色々な物を感じていたんです」


 私のその言葉に苦笑しながら応える節子さん。


「そう言えばあなた達、駅で出逢ったとか言っていたわね?」


「はい、偶々(たまたま)目が合ったのですけれど、長い間誰にも相手して貰えなくて物凄く孤独だったものですから、大急ぎで近づいたら…、祐二君が目を回してしまって」


「ああ、そうだったのね…」


 そう言う節子さんはどことなく物思わしげだった。


「聞いたことがあるかも知れないけれども、あの子、幼少時にうっかり葉子の持っていた恐怖漫画を読んでしまって、それがトラウマになったのよねえ」


 私はなんだか申し訳なさで一杯になりながら言った。


「そう言えば確かあの時、雨子さんがトラウマ云々を言っていたように思います」


「あの時は本当に大変だったわ。もうね、ご飯も食べられなくなって、がりがりに痩せ細ってしまって…。このまま行ったらもしかすると、命も危うくなってしまうかもって思って居たくらい」


 私は息を飲みながら、当時の状況を話す節子さんのことを見守った。


「一体、どこのお医者さんに連れて行っても駄目で、もうどうしたら良いか分からなくなっていたわ」


 今となっては和やかに、笑い話でもするかのように明るく話している節子さん、だが当時の思いは本当にいかばかりだっただろう。でも思った、こうやって今明るく話せるような節子さんだからこそ、当時も折れること無く、何が何でもと祐二君を護り続けていられたのだろうなと。


「その祐二がね、有る時、暗くなっても家に帰ってこなかったの。あの時ばかりは本当に焦っちゃったわ。夫は未だ会社だったから、娘の葉子と二人で近所を必死になって探し回ったの。そしたら葉子が近所の神社の暗がりから出てきた祐二を見つけたの」


「それってもしかしたら雨子さんの?」


「そうそう、そうなのよ。恐らくあの時に祐二は雨子ちゃんと出会っていて、それで救われていたのだけれども、当時は雨子ちゃんの考えで、直ぐにはそのことが話せなかったのね」


「それはまた何でなのでしょうね?」


 不思議に思った私は首を傾げながら聞いた。


「後で聞いた話なんだけれども、雨子ちゃん曰く、トラウマを抱えて譫言を言うような子供が、神様に会ったとかなんとか言っても恐らく信じられなかっただろうし、それに伴うやり取りで万が一でも祐二がまた傷ついてはまずいとか、そんな風に考えたのですって」


 成る程、雨子さんは何に於いても祐二君の心を護ることを優先した訳なんだ。


「結局、その時に実際何があったのかって言うことが分かったのは、もっとずっと後のことで、祐二が高校生になった時のことなのよ」


「そんな後になってから?でもどうしてまたそんな時分に?」


 その頃にならなくては成らない何か理由でもあったのだろうか?

そんな私の不思議に思う思いは、節子さんの更に続く言葉で徐々に溶かされていった。


「何でも神様はね、人から願いを受けることで、精とか言ったかしらね?そう言ったエネルギーを貰って、それで生きながらえるのですって。ところが雨子ちゃんのところにはお参りする人が少なくって、もう消えちゃう直前だったって言うのよ」


「ええ?そんなことが?」


「そうなのよ、もうびっくりでしょう?」


 本当にびっくりしてしまう、仰天したと言っても良いかもしれない。


「そんな消える直前の雨子ちゃんに祐二が偶々再会して、当たり前なんだけどあの子は、彼女のことを助けるって決めたらしいの。その結果、彼女は我が家に来るようになったのだけれども、最初家に来たときの雨子ちゃんは今のあなたより小さくて、まるで市松人形さんみたいだったわ」


「ふわぁ~、そんな経緯があったんですね?でも市松人形の雨子さんかあ、なんだか見てみたかったなあ」


 そんなことを話しながらいつの間にか私達はもう電車に乗り込んでいた。

良く思うことなのだけれども、こんな風に夢中で話をしていたりすると、実に時の経つのは早いものだ。


 運良く空いていた席に二人並んで一緒に座る。何となくなんだけれども節子さんからは、微かに日溜まりを感じさせるような暖かな香りがしてくる、一体何なのかしらこれって?


「それからなんだかんだあって、あの二人はお互いに助けたり助けられたりをしながら、どんどん仲良くなっていって、今はどうやら雨子ちゃん、将来祐二のお嫁さんになるつもりらしいわよ?」


「えええ?そうなんですか?」


 何と言うことだろう、確かにとても仲が良く、正に恋人宜しくとは思って居たのだけれども、雨子さんがそこまで考えているとは知らなかった。


 しかし神様と人の恋路かぁ。とってもロマンチックではあるのだけれども…。私はその時一つ気がかりなことに気がついたのだった。

 神様と人だと、いずれ祐二君が雨子さんを残して逝く、そう言うことになるのでは無いだろうかと。あの二人の仲の良さを考えると、その考えは何とも耐えがたいもので有った。


「どうしたの令子ちゃん?なんだか不安そうな顔をしているけれども?」


 相変わらず人の表情を読むのが上手い節子さんである。

ただ、そうは聞かれはしても、やはりこれはとても言いにくい事柄なのだった。


「それがその…」


「どうしたの?言ってごらんなさいな」


 そんな風に言ってくれる節子さんの言葉に、私は背を押されるようにして思ったことを口にした。


「その…神様と人間の間柄なんですよね?」


 束の間、節子さんは私が何を言おうとしているのか掴みきれない、と言う表情をして居たのだけれども、が、それも一呼吸もしないうちに消えていく。


「ああ、そう言うこと…」


 そう言うと節子さんはにっこりと笑った。


「令子ちゃんは優しいのね、二人の行く末を心配してくれたのね…」


 いえ、そうでは無い、そこまでは考えて無くって、ただ純粋に二人の寿命差が気になったのです。と思いはしたのだけれども、その言葉が私の口から出ることは無かった。

 いや、出せなかった。


「その辺りのことはね、祐二がいずれ神様に陞神することで問題無いみたい」


 私は聞き慣れない言葉を聞いて思わす問い返した。


「神様に『しょうしん』?それってどう言う意味なんです?」


 そんな私の言葉に、少し困ったような顔をしながら節子さんは答えてくれた。


「私もね、その言葉の意味自体は余り良く分からないの。ただまあ要は神様になるって言うことらしいのだけれどもね?」


「へ?」


 私の口から出たのは何とも素っ頓狂なそんな一言だけ。人間、余りに驚きすぎると言葉を紡ぐことが出来なくなるのかも知れない。


「ゆ、祐二君、神様になっちゃうんですか?」


「そうみたい…」


 思わす私は目が点になってしまった。身近に居るとっても優しいあの男の子が、神様になる?思わず頬を抓ってみたくなるようなことだった。

 そんな私のことを見て苦笑しながら節子さんが言う。


「令子ちゃん令子ちゃん…」


 私は我に返って節子さんのことを見る。


「まだまだ、まだまだ当分先のことよ?」


「そうなんですか?」


「ええ、最近になってもう始めて居るみたいなんだけれども、祐二はこれから一杯修行をして、神様になる為の色々な準備をしなくては成らないそうなの。だから何時そうなるのかも分からない先のことなのよ」


「ふへぇ~~」


 しかしそれでも何とも不可思議な話しだった。


「さあ、そろそろ着くわよ」


 節子さんのその言葉で気がつくと、私達は初めて祐二君達と私が出逢った駅に到着していたのだった。




 お待たせしました。


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