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天露の神  作者: ライトさん
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閑話「猫」

大変お待たせしました


 雨子様にはここ暫く気になっていることがある。もっとも、気になって居ると言ってもそう大したことでは無く、吉村家の庭に猫が来ている、ただそれだけのことなのだった。


 現在の吉村家の庭は、生け垣の間に出来た狭い隙間をするりと抜けると、そこから先は文殊の爺様の世界に繋がっていて、彼方まで果てしなく花園が続いている。


 もっとも最近は花畑だけでは殺風景と言うことで、遠方に雪を被った山々や、美しい水を豊富に湛えた湖なんて言うのが出来たのだけれども、基本、花また花なのだった。


 さてここに来て問題が生じた。彼の猫が生け垣を潜って爺様の世界へと行き来をし始めたのだ。


 元より彼の世界にそんな猫が居る訳が無く、どこからか迷い込んだものがあちらの世界に行くようになったと言うことなのだろうが、何分にも爺様の世界、何か有った日には迷って出てこられなくなってしまう。


 そう考えた雨子様は、なんとか庭にいる内に、向こうに行かないように出来ないかと、色々と気を揉んでいる所なのだった。


 あれやこれやと考えた挙げ句まずしてみたのは、猫の通り道に障害物を置くことだった。

けれども皆が知るように猫にとってそんな障害物など物の数では無く、軽々と回避して行ってしまう。


「む?なかなかにやりおるの」


 突破され、意味の無くなってしまった障害物を片付けながら、雨子様は次の策を練る。


 お次は庭の物置にしまい込んであった、拓也のゴルフ練習用のネット、それを広げて広範囲にに道を塞ぐという物。


 だがそれも猫がやって来てひょいと端を捲ると、もう役に立たない。

それどころか通り際に雨子様の方を向いてちらりと歯を見せる。それがまるで笑って居るように見えてしまうから、何とも腹立たしく思えてしまう。


 だがさすがは雨子様、直ぐにその腹立ちを抑えて次の策を考えようとする。猫の為を思って行っていること、故にその猫に腹を立てていてどうする?と言うことなのである。


 ならばと言うことで雨子様ならではの手段、結界を使って往来を遮断すると言うことも一度はやってみるのだが、たかが猫の為に四六時中結界を張りっぱなしにする訳にも行かず、あえなく撤収。


 ことここに至って雨子様は、全く違った方向からアプローチしてみることにするのだった。


 雨子様の現在の身分は高校生。と言うことで高校生相応のお小遣いを節子から貰っているのだが、そのうちの幾ばくかを使って猫界で定評のある、彼のジュールなる物を買ってきた。


 そしてその猫の好物を手に待つ、待つ、待つ。猫が姿を現すまで待つ。

神様であったという身の上、悠久の時を過ごしてきたお陰か、待つことには長けている雨子様。焦れること無く静かに猫が現れるのを待ち続けるのだった。


 やがて姿を現す猫。


「ちっちっち…」


 等と言って雨子様としては猫に呼びかけているつもりで、ほんの少しひり出したジュールを手に、これ見よがしに振ってみせる。


 するとゆっくりと用心深くでは有るが、徐々にこちらに近寄ってくるでは無いか?

雨子様は不思議と胸の高鳴るのを感じながら、それで猫に用心させては成らぬと、自らの心を戒めながら静かに猫の近寄るのを待つ。


 辺りの気配に気を配りながら、徐々に雨子様との距離を詰めてくる猫。

日の光の下に見るその毛皮は真っ黒でしなやかで美しく、どことなくでは有るが高貴ですら有る。


 その余りに優美で目を引く有り様に、雨子様をして思わず言葉を発してしまう。


「お前、実に美しいの?」


 すると、それまでゆるゆると近づいて来つつあった足をつと止め、つんと立った耳を神経質そうに右へ左へと動かしている。


 たったあればかりの声がけで、随分と警戒させてしまったようだ。雨子様は心中歯がみをするのだが、今はどうしようも無い、ただそのまま大人しくじっと待ち続けるのだった。


 やがて直ぐ目の前にやって来た猫は、物思わしげに雨子様のことを見つめる、

エメラルドグリーンの実に美しい目が、はて?こいつは敵なのか味方なのかどちらなのかしらん?とばかりに雨子様のことを見ている。


 そこで雨子様は敵意は無いのだと言うことを示す為にそっと目を閉じて見せた。

そして目を閉じたままで居ること十余分、ゆっくりと目を開けてみると猫は目の前に居て、手に持ったジュールをゆっくりと舐めているのだった。


 雨子様は小さな声で呟くように言う。


「済まぬが猫よ、この首輪を付けては貰えぬか?」


 勿論話しかけたからと言って、言葉が通じるとは思って居ない。それでも何もせぬよりはと思い、声を掛けてみたのだが、はて、猫はと言うとそっぽを向いてニャーと鳴く。


 そしてもう一舐めしたかと思うと、ひょいと身を翻してどこかに去ってしまった。


「むう、駄目なのか」


 そう言ってしょげていると後ろから声がする。


「何をしてるんです雨子さん?」


 まさか直ぐ背後に人が来ていると思っては居なかった雨子様は、ぎくりとしながら後ろを振り返る。


「何じゃ祐二かや?驚かすでない、いつの間に近づいたのじゃ?」


 そう言いながらちょっと不機嫌そうにする雨子様。まさかこんなところを祐二に見られているとは思わず、その気まずさからな訳で、祐二自身に腹を立てている訳では無い。


「ここ暫く雨子さんが、庭に来る猫に頻りとちょっかいを掛けているようだったから、どうしたのかなって思ったんです」


「ちょっかい…」


 さすがに祐二のこの言葉は切なかった。そうしようと思う訳では無いのだが自然口元がへの字に曲がってしまう。


 そんな雨子様のことを見ながら祐二は言う。勿論彼は雨子様のそんな感情の変化は読み取っては居る。が、今は敢えて無視することにしたのだった。


「良かったらお手伝いしますよ?」


 そう言うことで、遠回りをしながら雨子様が何をしようとしているのかを聞ければ良いなと考えていた。


 そうとは知らない雨子様は、自分が何の為に何をしていたのか、と言うことを祐二に説明しようとする。


「実はの祐二、あの猫が勝手に爺様の領域に入って行き居るのじゃ。そなたも知るようにあの地は時と場合によって、如何様に変化するか分からぬところじゃ。じゃから我は猫が迷い込まぬようにと色々と手立てを探って居ったのじゃが、いやはや、あちらの方が遥かに上手での…」


 そう言うと苦笑する雨子様。

そんな雨子様に同情するように祐二もまた苦笑いをする。


「確かに…。猫の進路を妨害しようというのはとても難しいですね。あいつら身軽だし、まるで液体で出来ているのかと思うほどにどんな狭い所でも入り込んでいきますからね」


 そんな祐二の言い様を聞いて雨子様がきょとんとする。


「ほう、液体とな?面白い言いようじゃが、言い得て妙じゃな?」


 実際猫は、雨子様が配した如何なる障害物も巧みに避けるか、隙間を見つけるかしてするりと通り抜けていく。それはもう舌を巻くほどなのだった。


「それで、今は餌付けを試みて居るみたいですが、今度は何をしようとしているんです?」


 祐二は雨子様の手にあるジュールを見ながらそう問うのだった。


「むぅ、(きやつの進路を妨害しても意味ないことと知った故、爺の世界で万が一迷っても直ぐに見つけられるようにと、印を付けてやろうと思ったのじゃ」


 そう言うと雨子様は手づから作った可愛らしい首輪を見せる。

明るいブルーの首輪で、真ん中に小さな金色の星がぶら下がっている。


「何とも可愛らしい物なんですね?」


「そ、そうかえ?」


 そう言う雨子様はなんだか少し照れ臭そうにしながら、でも妙に良い笑顔をしていた。


「じゃがの、いくら斯様な物を用意しても、付けさせて貰えぬことには何とも成らん」


「先程は随分近寄ってきたように見えたのですけれど?」


 すると雨子様は苦笑しながら言う。


「それはもうおっかなびっくりと言った様子での?かろうじてジュールを舐めてくれ居ったのじゃが、そこまでじゃ」


 そう言うとしょんぼりとした表情をする雨子様。

そんな雨子様のことを見ながらふと首を傾げる祐二。


「あの黒猫がねえ。なんでなんだろう?こないだここに来た時は、難なく撫でさせてくれたのになあ」


「な?何じゃと?」


 驚いて目を剥く雨子様。


「我が既に一体どれだけの時間を掛けて居ると思うのじゃ?その結果が先程のあれじゃ。じゃと言うのにそなたはもう撫でて居ったというのか?何故じゃ?何故なんじゃ?」


 思わず憤慨しまくっている雨子様。


 と、庭の隅っこの方にある沈丁花の陰から、黒い頭がひょっこりと見える。


「お?丁度出てきましたね…」


 すると祐二はその猫に目がけてお出でお出でをしながら、


「クロ、クーロクロクロ、お出でクロ…」


 と呼びかけるのだった。


 すると猫の方も心得た物で、「ニャ!」と一言鳴くと、軽い足取りで音も無く走って来、そのままの勢いで祐二に擦り寄り尻尾を絡みつけている。


「な?」


 呆れ果てて目が点になる雨子様。

甘える猫の側にしゃがみ込むと、雨子様に首輪を寄越すように言う祐二。

祐二はかしかしと優しく猫の頭を撫でながら、受け取った首輪をあっさりと付けてやる。


「おお?似合っていてとっても可愛いぞ?」


 そんなことを言っていると、猫はそのまま手の中でごろごろと寛いでいる。


「祐二、祐二よ。一体その差は何なのじゃ?その猫、我とそなたとでは全く態度が異なるでは無いか?」


 しかし祐二にも何故そうなるのか全く思い当たる所が無い。

頻りと首を捻る祐二を尻目に、自分もそのふわふわとした毛皮に触れたく思った雨子様が、そっとその手を猫に向かって伸ばす。


 だが触れるか触れないか位のところで猫に警告を発せられてしまう。


「シャァー!」


「うわっ!こいつ爪出した!」


 幸い素早く手を引っ込めた雨子様は引っかかれはしなかったのだが、結構泡を食ったようだ。


「祐二ぃ…」


 なんだかすっかりと意気消沈している。

その余りに尾羽打ち枯らした様子に気の毒に思った祐二は、その原因は一体何なんだろうと思って探りかけてはっとした。


「おやクロ、お前女の子なんだね?」


 その言葉を聞いた雨子様は途端に目を険しくして言う。


「クロとやら、そこ成る男の子は我のじゃ!その様に勝手に懐くでない!」


「って、雨子さん、猫相手に何を言っているんです?」


「そうは言うがの…」


 と、何とも口惜しそうに言う雨子様。


 その様を見た祐二はこれはもう理屈じゃ無いと思ったのか、そっと猫を地面の上に放つと、雨子様の腰を優しく抱き寄せた。

 そして猫よりもずっと丁寧に雨子様の頭を撫でるのだった。

 

「わ、我を猫と同じに扱うでない…」


 そう言いながらもまんざらでは無い雨子様。


 暫く撫でられ続けて、その余りの心地よさに密かにニャアと鳴いたとか鳴か無いとか。その辺りのことは二人だけの知る所なのだった。








久方ぶりに砂糖を吐きました・・・

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