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天露の神  作者: ライトさん
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「友」

お待たせ致しました


 こうやってどうにか人間と思しき存在になった私は、再び突然身体中から流れ込んでくる膨大な量の情報に溺れそうになっていた。


「雨子さん…」


 未だ口元を上手く動かすことが出来ない中、かろうじてなんとかその言葉を形作って彼女への救いを求めた。実のところちゃんと言葉になっていたかどうか…。

そんな私に雨子さんが現在の状況とおぼしきことを説明してくれる。


「双方の同調は成功し、移行の為の接続は滞りなく適った。それにより令子は無事新たな身体に移ることが出来たのじゃ。ただその感覚網との本格的接合はこれからじゃ、大変ではあるが今が踏ん張り時じゃぞ?」


 どうして?これが本当に人の身体にある感覚なの?私には信じられない思いがする。


 普通に、日常に暮らしている中では一切気にしたことが無いのに、今こうして感じるその量には、全く以て信じられないほどのものがあった。


 その凄まじい奔流ほんりゅうに振り回され、もう何が何だか分からなくなりかけていた時、肩に何か暖かな重みをゆっくりと感じた。そして耳元で小さく囁く声。


「令子…ゆっくりと静かに呼吸するのじゃ、我がそなたと共に居て、それらの情報を少しずつ閾値以下しきいちいかに下げていくのじゃ、暫しの辛抱ぞ?」


 危うく過呼吸になりかけていた私はなんとか微かに頷くと、雨子さんのその言葉に従い、感覚の大波に耐え抜くことを決意するのだった。


 一体どれだけの時間が流れたのかは分からない、私の主観時間の中では無限に時が流れている、そんな感じがする。けれども、当初意識することすら出来なかった何らかの差違が、やがてに予感になり、それが違和感となり、実感となって私の意識の中に目に見える形となって表れて来だした。


「もう少しじゃの?」


 思いを込めた雨子さんの言葉が私の心の中に温もりを生みだしていく。そしてそれが更に私に力を与えてくれる。


 何時しか嵐のようだった感覚の烈風は、次第に穏やかに変貌を遂げていき、やがてそよ風のような優しき物に変化してきた。

まるで身を切るような激しい感覚が、今はもう消える寸前、あ…今。


 私は一時閉じてしまっていた目をゆっくりと見開き、戻りつつある視界を恐る恐る受け入れた。


 そこに在ったのは満面の笑みの雨子さんの顔、そしてその両側に和香様と小和香さん。


「ように頑張ったんやね…」


 にっこりしながらそう褒めて下さる和香様。


「お疲れ様です」


 とは涙を浮かべている小和香さん、心配してくれていたのだなとしみじみ感じてしまう。


 …と、何やら膝の上から何かがぽとんと落ちるのを感じた。

何だろうと思ってみると、それはつい先程まで私だったうさぎの縫いぐるみ。


 私はふらふらとしつつも震える手を伸ばし、そっとその縫いぐるみを拾い上げる。

暖かい、柔らかい、頬ずりをするとなんだかほっとしてしまう。


 突然何とも言えない思いが胸の奥底から込み上げ、たまらずその小さな身体を抱きしめながら、はらはらと涙を零してしまう。


「ありがとう…」


 短い期間ではあったが、私のことを受け入れてくれたその縫いぐるみに、私は万感の思いを込めて感謝の言葉を口にした。


 そして今、皆がしてくれていたように優しくその頭を、そして背をかしかしと撫でる。

くりりんとした目にとっても愛嬌がある。


「うふふ、可愛い!」


 私はその身体を抱きしめながら、自らの感じる様々な感覚を改めて実感していくのだった。


 少し間を置き、ようように落ち着いた私は居住まいを正す。そして未だ少し震える自分の足で椅子から立ち上がり、その場にゆっくりと正座した。

 その後私はゆっくりと頭を下げ、三柱の神様方に心寄りの礼を述べた。

神様の位としては異論がある所なのかも知れないが、勿論頭にくるのは雨子さんだ。これだけは違えられない。


「雨子さん、和香様、小和香さん。卑小なこんな私の為に並々ならぬご尽力を賜りまして、本当にありがとう御座います。このご恩、如何様にお返しすれば良いのか…」


 こう私が申し述べていると、三柱の中から和香様がずいと前に出、すっくと背筋を伸ばされたかと思うと、荘厳な口調で御言葉を下さった。


「ならば善く生きよ」


 たったそれだけの短い言葉なのだけれども、いつものおちゃらけた口調では無く、正に神性を感じるような響きなのだった。私はうんうんと言葉も無く頷きながら、再び溢れる涙を抑えられない。


 するとすっと小和香さんが近づいてくるなり、いずこからか出したハンカチでそっと私の涙を拭ってくれる。


「小和香さん…」


 そう言うと私はもう声を抑えることが出来なくなっていた。

ただもうおんおんと泣き続ける私のことを、ぎゅうっと抱きしめてくれる小和香さん。

彼女もまた私と一緒に静かに涙を溢れさせてくれるのだった。


 そんな私達のことを暖かな表情で見守ってくれている和香様、そして雨子さん。

二柱は誰言うとも無く互いにふと顔を見合わせると。それぞれ照れ臭そうに笑みを浮かべる。


「友とは良いものじゃな…」


「ほんまやね…」


 思いも掛けずしみじみとそう言う和香様。


「うちな、ご飯が美味し成るって、最初そんなことで人の身を得とったんやけど…」


 と、その言葉を聞いて雨子さんが思わず吹き出してしまう。


「わわ、笑わんでもええやん!」


 そう言ってぶんむくれる和香様。

そんな和香様の肩を優しく叩きながら宥める雨子さん。


「済まぬ済まぬ、ただあの堅物じゃった和香のことを思うと、なんだか不思議での」


「確かにそれは雨子ちゃんの言う通りかも知れへんね。まあ元はと言えば、うちんとこの境内で楽しそうにわいわいやっとった、けったいな三人組の言葉を聞いたからやねんけど、人と神の有り様って、昔からのままではあかんのちゃうかなって、そう思うように成ってん」


「確かにの、我もこの身になって、祐二の家に厄介になってからは、人間について新たな発見ばかりして居る」


「人間の男の子に恋までしてな?」


 少し戯けた調子で和香様がそう言うと、雨子さんは顔を真っ赤に染める。

そして何も言わぬまま俯いて下を向いている。


 そんな雨子さんのことを見た和香様は慌てて、素直に頭を下げる。


「ごめん、雨子ちゃん。真剣な思いをからかうのはいかんかった、ほんとごめん」


 するとそっと顔を上げた雨子さんが静かに言う。


「そなたも人の身体を得て居るのじゃ、我の恋心と言うものも理解出来居るじゃろ?」


 今度は和香様が少し顔を赤らめながら言う。


「そやねん、分かるねん、分かってしまうねん。そやから困るねん」


「何が困るというのじゃ?」


 雨子さんにそう言われた和香様は目を伏せてしまう。


「そんなん言われへんは、言える訳有らへんやん」


 すると雨子さんはくふふと笑う。


「逆に言うと言えぬことこそがその答えじゃな…」


 そんな雨子さんに和香様は揉み手をしながら頭を下げる。


「あかん、あかんて雨子ちゃん、勘弁したって」


 和香様の言葉に苦笑しつつ雨子さんが言葉を重ねる。


「あかんも何も、ここから先は我の関与出来ることでも無いじゃろう?そなたが決めることじゃ、前に進むも退くも」


「はぁ~~」


 と溜息をつく和香様。


「そのうち相談乗ってくれる?」


 そんな問いに雨子さんは静かに頷きながら言う。


「うむ、じゃが直ぐにでは無いぞ?もちっと先の先の話じゃ。我もまだまだ暗中故の…」


 そうやって仲良き会話を続けつつ、私と小和香さんの共泣ともなきを温かな目で見守って下さる、二柱なのだった。





 いつものことながら、最初の数行、その数行を書き出すのが一番大変だなあ。

そこがスムースに書けるのと書けないのでは大きく異なってしまう

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