「小和香さんと令子さん」
遅くなりました
野良幽霊の言葉のために前編と前編二に修正を加えました
はっと我を取り戻した私が気がついたのは、既に宇気田神社に向かう途上のことだった。
既に目の前には大きな鳥居が見えている。
都会の雑踏の真っ只中に在る神社なのだけれども、此処だけ空気が清浄というか、何か異なった雰囲気を醸し出している、そんな所に私達は向かっていた。
色々と話しをする声がするので見ると雨子さんや祐二君が、小和香さん?様?とごく普通の友人の如く話をしている。良いのかな?そんなんで?
でも考えてみたら雨子さんとも普通に話させて頂いているし、どうしたものだろう?
此処は祐二君の様子を見ながら、その時々に対応を考えていかないと仕方が無いのかも知れない。
あっ、今鳥居を潜った。なんだか圧力の様なものを感じて少し身体が震えてしまう。
その震えを察知してくれたのか、祐二君が足を止め、心配そうな顔で私のことを覗き込む。
「大丈夫、令子さん?」
「うん、大丈夫は大丈夫なんだけれども、なんだかね…」
するとそんな私に雨子さんが苦笑しながら話しかけてくる。
「令子は元が野良幽霊じゃからな…」
そう言うと雨子さんは私を見ながらにやりと笑う。
「また野良って言った…」
そう言って私は口を尖らせたかったのだが、あいにくとうさぎの身体には尖らせる口が無かった。でもだとしたらどうしてこの口で普通に人と話せるんだろう?
疑問に思いもするのだが、今の私にはどうにも分かることでは無かった。
「くふふ、すまぬすまぬ。そもこの神社には悪しき存在の侵入を許さぬ結界が張ってある。まあ多くの場合は人に徒なす付喪神などがその対象となるのじゃが、中には令子の様な残留思念体、つまり幽霊の様な存在の中にも悪意を持つ者が居る故、それらの者もはじき出す様になって居る。よって今令子が感じて居るのはその力よの」
「私は拒まれたりはしないのですか?」
「大丈夫じゃよ」
そう言うと雨子さんは私の頭を撫でた。すると身体に掛かっていた圧がすっと嘘の様に無くなってしまった。
「令子に身体を与えるに当たって、予め我と分かる小さな呪を埋め込んであるが故、こちらの結界に敵視される様なことは無いのじゃ。ただそれでも異物として関知し居る様じゃったから、今更に新たな呪を施した故、もうこれからは令子一人ででも出入りできるようになって居るぞ?」
いやいやここまで一人で来て出入りとか考えられないから、とかなんとか思ったのだけれども、取り敢えずほっとした。
そしてそんな私のことを小和香さんが何か物言いたげに見つめている。
「どうしたのじゃ小和香?」
小和香さんのことを見ながらひょいと柳眉を上げた雨子さんが問うていた。
すると小和香さんは少し恥ずかしそうに笑うと言った。
「令子さん…、とっても可愛らしいなあって思って…」
その言葉を聞いた雨子さんが大いに顔を綻ばせた。
「であろ?これは葉子の所持品であった縫いぐるみの中でも、特に我が可愛いと思って選んだ物なのじゃ。滑らかな毛で表面が作られて居って、撫でるとことのほか心地よいのじゃ…」
小和香さんはそう説明する雨子さんの方を恨めしそうに見つめる。
「はて小和香?何が所望なのじゃ?」
そう言う、ちょっとにぶちんな所がある雨子様の代わりに、祐二君がその思いを代弁していた。
「小和香さんは恐らく、ご自分も令子さんのことを撫でたいと思って居られるんですよ」
見ると小和香さんはうんうんと頷きつつも、なぜだかどんどん遠くに後ずさっていく。
「何をやって居るのじゃ小和香は…」
そう言うと雨子さんは、さっと小和香さんの後を追いかけ、その手をむんずと掴むと私の所に引き連れてくるのだった。
「令子は嫌がったりはせぬから、さっさと撫でさせて貰うが良い」
そう言うと雨子様は、小和香様の手をぐいぐいと私に押しつけてきた。
いやいや、そりゃあ嫌がったりはしないですけれども、少しは心の準備をする時間を下さいな。なんて思いはしたものの、正に待ったなしと言うことになってしまった。
「ごめんなさいね令子さん…」
そう言って申し訳ながる小和香さん。対して私も物凄く緊張しつつもなんとか応える。
「いえいえ、ちょこっと恥ずかしいのはありますが、どうぞ撫でて下さい…」
自分で言うのも何なんだけれども、何とも妙な会話になっている。
だが会話の内容はともかく、そっと私の頭を撫で始めた小和香さんは、うっとりと、とても幸せそうな顔になり始めた。
そしてそれはこちらもまた同様。私、親に撫でられた記憶が余りない様に思うのだけれども、こうやって撫でられるのって、こんなにも幸せを感じるものなのね?
改めてそんなことを思ってしまった。
そうやって立場は違えど二人でうっとりしていると、傍らから咳払いが聞こえてきた。
「んっんん、そろそろ良いのでは無いかや?」
そう言ってきたのは雨子さんだった。
一体どれだけの時間撫でられ続けたのか分からないのだが、さすがに長かった様だ。
雨子さんの言葉に少しばかり気まずそうにしている小和香さんと私。それを見ていた祐二君が顔を横に背けて身体を揺すっている。あ、これはきっと笑いを堪えているに違いなかった。
でもこう言う時間を得たお陰で、どうやら私の中での小和香さんへの畏怖とか緊張はすっかりと解けた様に思う。肩書きはともかく、まるで当たり前の女の子の様に感じるのは、私の勘違いなのかしら?
そんなことを思いながら、小和香さんのことを見つめていると、あちらもまた私のことを見ている。
そうやって見つめ合っている内に、どちらとも無く笑みが漏れる、そして何時しか私の口から笑い声が溢れ初めた。
「くす…うふふふ…あはははは…」
なんだかそれまで恐ろしい程までに緊張していた反動なのだろうか?一度笑えてしまうとなんだか止められない。そしてそんな笑いってきっと伝染するのだろう。
小和香さんも何時しか笑いだし、やがてにその笑いを収めた頃には、お互い随分普通に話せる様に成っていたと思う。
小和香様は私に言う。
「多くの人が行き交う中、祐二さん達と出会えたのは本当に運が良かったですね。うっかりおかしな付喪神に出会いでもしていたら、取り込まれてしまったかも知れませんよ?」
「ええ?そうなんですか?」
「はい、あなたの様な思念エネルギー体は、強度にも寄りますが、彼らの好物みたいな物ですから…」
「うわ、恐!」
「もっともこの辺りの付喪神、特に悪しき者達はもうほとんど調伏して、和香様の下で仕えておりますから、それも幸いでしたね」
「そうだったんだ、私はこの辺りばかりでうろうろしていたから、とってもラッキーだったのね」
私は思わず自分の幸運を喜んだ。
「でも昨今、強い念を残して亡くなる方が減っていたから、令子さんの様な野良幽霊の存在って少し珍しいかも?」
え?何?今、小和香さん、野良幽霊って言っていなかった?私だって成りたくて成った訳じゃ無いのよ~~。そう心の中で思うのだけれども、なんだか悲しくなってしまう。
そんな私のことを見ていた雨子さんが、先程から微妙に頬を引きつらせている。
たぶんあれは笑うのを我慢しようとしているのだ、そうに違いない。試しに小さな声で雨子さんに向かって言ってみる。
「野良幽霊…」
「ぷくくくくあはははは…」
我慢しきれず笑い出している。
どうやら我慢していたせいで逆に火がつき、笑いが収まらなくなった様だ。
「雨子さん?」
そんな雨子様のことを、祐二君が溜息をつきながら諫めている。
「じゃが…我が言うた訳では無いのじゃぞ?今のは令子が自分で…」
そう言うとちょっぴり膨れる雨子さん。
「それでもです」
そうやって祐二君に怒られる雨子様。その様を小和香さんはまるで天地がひっくり返ったかの様に驚きながら、ただただ見つめているのだった。
物書きに睡眠不足は大いなる敵だなあ




