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天露の神  作者: ライトさん
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「期せずして女子会?」

お待たせしました


 一頻り撫でられまくって、頭の痛みなんてすっかりと忘れてしまった頃、雨子さんの言葉にはっと我を取り戻した。


「令子よ、確かに今はうさぎの身体かは知らぬが、それはちとのう…」


 その言葉にふと気が付いて我が身を省みると、私は節子さんの膝の上に載せられて、なんと仰向けになった形で小雨ちゃんと二人でそこいら中を撫で回されていた。


 気になって見た祐二君は、明後日の方を向いているのだけれども、何となく顔が赤い気がする。


「うわわわわ」


 私はそう言うと慌てて跳び起きた。幸いなことに今回はちゃんと節子さんが受け止めていてくれたので、膝から落ちることには成らなかった。


 何と言うことだろう、いくら気持ちが良かったからと言って、誰かの膝の上で仰向けになってされるがままだなんて、乙女にあるまじき為体ていたらくだった。


「やれやれじゃの…」


 そんなことを言いながら雨子さんが私のことを見ながら苦笑している。


「もう…もう少し早く言って下さいよ、もうもう」


 そう愚痴る様に言って見るも、全ては自分のせい、自業自得なのだった。

そうやって考えているとなんだか意気消沈してきて、気分が落ち込みそうになってきた。


 すると節子さんが心配そうにして私のことを覗き込んでくるのだった。


「大丈夫、令子さん?」


 急にそんな風に言われたのだけれども、こんなうさぎの姿なのに内心の気持ちとか見えちゃうのだろうか?

そんなことを思っていたら、直ぐにその種明かしをされた。


「急にお耳に元気が無くなってきたのだけれども大丈夫?」


 あれ?あれれれ?うさぎの耳にそんな感情が表れてくるなんて聞いたことが無いんですけれども?けれども、今の私はうさぎと人間のハイブリッド。もしかするとそう言うことも有るのかもしれない…。


「いずれにしても雨子ちゃん、もう時間も時間だし、そろそろお開きにしましょうか?」


 節子さんがそう言うので、机の上に置かれている時計を見るともう夜半に近くなっていた。


 さてこの後私は一体どうしたら良いのだろう?

幽霊だったら幽霊で、うさぎになったらうさぎになったで、何だって人間はこうも不安を抱えるのかしら?


 だが節子さんは、そんな私の不安で拠り所の無い思いを、ちゃんと見透かしていてくれた様だった。


「今はまだ変化したばかりだし、きっと不安でしょう?今日は私と一緒に寝ましょうね、令子さん」


 節子さんがそっと私のことを抱え上げ、同じ目の高さにしながらそう話しかけてくれる。その思いが嬉しくて、私は一も二も無くうんうんと頷いてしまった。


 そうしたらその横で…


「小雨ぇも小雨ぇもぉ…」


 と小雨ちゃんが大騒ぎ。


「勿論良いわよ」


 と節子さんが言うと、喜んだ小雨ちゃんはその場でトンボを打っていた。

そんな様を見ている雨子さんの目がとっても優しい。端から見ていても小雨ちゃんのことを可愛がっているのが良く分かる様に思う。


「確かにそろそろ終わりにする頃じゃの。令子よ、今日は節子と休むという事で良いかの?もう不安は無いかえ?」


 そう言う雨子さんの目は、小雨ちゃんに注がれたものと同じような優しいものだった。


 その問いに私はすっかり元気を取り戻しながら返答する。


「はい、もう大丈夫です。今夜は節子さんと一緒に休ませて貰いますね?」


「うむ、それがよかろう」


 雨子さんはそう言うと節子さんに向かって深々と頭を下げて言う。


「節子、すまぬが今日一晩よく見てやってはくれぬか?」


 そうやって頭を下げる様は、神様であることを称している雨子さんが、いかに節子さんのことを信頼し、敬意を持っているかという事を如実に表していた。


「勿論よ、今日はお父さんも仕事で帰ってこないし、小雨ちゃんも一緒だと思うと賑やかで嬉しいわ」


 そう言うと節子さんは、側にすり寄ってきた小雨ちゃんのことを愛おしげに撫でて上げるのだった。


「良かったの、小雨」


 雨子さんもそう言いながら小雨のことを撫でるのだけれども、その手の仕草一つをとっても、彼女もまた小雨のことをどれだけ大切に思っているのか分かるのだった。


 その後私と小雨ちゃんは、節子さんの腕に抱えられながら雨子さんの部屋を出て、ご夫婦の寝室へと向かった。


 最初の内は少し気が引けたのだけれども、小雨ちゃんが全く気にする風でも無く、大喜びでベッドの上に飛び込んでいったのを見て、私も気にしないことに決めた。


 少し大きめのシングルベッドを二つ並べただけで、後はウォーキングクローゼットがあるきりの全く飾らない作り。いかに心地好く睡眠をとるかという事に徹して居る様に見える。


「寝る前にお風呂にと思ったのだけれども、さてどうしたものかしらね?」


 ベッドの上にほっこり座った節子さんが、小首を傾げながらそんなことを零す。


「確か今の令子さんは水濡れ厳禁なのよね…」


「あ、気にしないで入ってきて下さい」


 入りたい気持ちはあるけれども、この身体では入れないのだからどうしようも無い。

多分小雨ちゃんは入れるのだろうなと思うと、ちょっと羨ましくなってしまう。


「でも…」


 そう言って口籠もる節子さん。おそらく私を一人にするのを忍びないと思っているのだろう。子供じゃ無いのだからそれくらい大丈夫と口にしようとしたところで、部屋の扉にノックの音。


「どうぞ…」


 そう言いながら節子さんが扉を開けると、そこには雨子さんが立っていた。


「どうしたの雨子ちゃん?」


 そう尋ねる節子さん。その時私は節子さんが雨子さんのことをいつもちゃん付けで呼んでいる事に気が付いた。


「考えてみたらこちらに女三人。なんだか我だけ仲間外れにされた様な気がして…」


 そう言う雨子様は少し唇を尖らせ、何となく寂しそう?


「そんな…誰が仲間外れなんかにするものですか。勿論いらっしゃいな、雨子ちゃん」


 節子さんにそう言われた雨子さんは、もの凄く嬉しそうにしながらはにかんだ。

普段とても大人びた表情を見せる雨子さんなのだが、今の彼女は見かけの年相応の女の子というか、母親を慕う娘の表情そのものだった。


 そんな雨子さんに節子さんがぽんと手を打つと言う。


「そうそう、丁度良かったわ。今お風呂に行こうかと思っていたのだけれども、令子さんは濡れてはいけないのでしょう?独りにするのは可愛そうだし、どうしたものかと思っていたのよ」


「ならその間、我が居るから気にせず行ってくるが良い」


「ん、助かったわ。ありがとう雨子ちゃん」


「礼など良いから早う行ってくるが良い」


 そう言う雨子さんがなんだか照れ臭そうなのは気のせいなのだろうか?


 節子さんが小雨ちゃんを連れて、そそくさと部屋から出て行くのを見送ると、雨子さんは今程まで節子さんが座っていたところにぽふんと腰を下ろした。


「すまぬの気がきかんで。流れから言うとこうなることが見えて居ったはずなのに」


 そう言うと少し悄げている雨子さん。


「そんなこと無い、そんなこと無いですよ?」


 私はそう言うと、何としても雨子さんのことを慰めて上げたくなったのだけれども、さてこの身体でどうしたものか?


 結局私は、座っている雨子さんの膝の上に跳び乗ると、揃えておかれているその手の下に、きゅうっと身体を潜り込ませた。


「ん?」


 突然の私の行動に戸惑う雨子さん。


「何じゃ令子?どうせよというのじゃ?撫でろと言うのか?」


 その言葉に私は身体が熱くなるように思ったのだけれども、頑張って思いを口にした。


「まあその、撫でろというのはその通りなんだけれども…。気分が落ち込んだ時、こう言う柔らかな毛皮の生き物を撫でると、落ち着いたりするでしょう?」


 そう言う私のことをきょとんとした表情で見ていた雨子さんだったのだが、やがてに苦笑しながら、優しくその背中を撫でてくれ始めた。


 そして暫く撫でた後ぼそりという。


「確かに令子の言う通りじゃの」


 そう言うと雨子さんは更に丁寧に熱を込めて、私の背中やら鼻先を撫で始めるのだった。

ええっ!ちょっとそれ撫で過ぎじゃ無いの?


「あ、雨子さん?」


 確かに撫でられるのは気持ちが良いのだけれども、過ぎるとそれに翻弄されそうになる。

すると何やらくすくすと笑う声がしてくる。


「のう、令子…いっそこのままずっとうさぎで居るかや?」


 何やら雨子さんがとんでもないことを言い始める。


「い~や~だ~!」


 嫌だ嫌だ、それは絶対嫌だ。冗談とは分かっているのだけれども嫌だった。

私のその思いはしっかりと雨子さんに伝わっているようだった。


「すまぬすまぬ、ついついからこうてしもうた。その様なつもりは無いから、許してたもれ」


 そう言いながらぷんすか怒っている私を宥めようと、必死になってまた撫でてくれる雨子さん。


 やばいって、こうやって撫でていられると、まじでうさぎのままで良いかなって思いそう。


「ちゃんとした身体が来るのが楽しみじゃな?」


 私の思いを知ってか知らずかそう言う雨子さん。


「じゃが本当に子供の身体で良かったのかえ?」


 本来大人の心を持った私が、敢えて子供の身体を選んだことを気にしながら雨子さんがそう言う。


 私はその言葉を聞いて、未だはっきりとしない過去の記憶を掘り起こしながら言う。


「私ね、雨子さん。前も言ったように多分なんだけれども、結婚式を挙げる直前くらいに亡くなったような気がするの。そんなだから何と言うかね、もしかすると夫になったかも知れない人に、今更操を立ててどうするとは思うのだけど、それでもね…。そんなだからもう男女のしがらみに囚われたくないの。それにもし身体を貰えたとしても、それは本当の身体では無いのだって言うのだから、まともな恋愛は無理なのでしょう?」


 私にそう聞かれた雨子さんは少し辛そうに答えてくれた。


「うむ、今そなたに使える諸々のものを確認するに、ちゃんとした人間の体を与えるのは、どう考えてみても無理じゃな。そなたに我らと同じように十二分に大きい演算領域がありでもしたなら、話は別なのじゃが、人にそれを望むのはまずもって無理じゃしな。それこそとてつもないコストを掛ければ或いはなのじゃが、我にはそれは望めぬのじゃ」


 そう言うと雨子さんはぺこりと頭を下げるのだった。


「ありがとう雨子さん」


 私がそう言うと雨子さんが首を傾げる。


「何故に礼を言うのじゃ?」


「だって、放っておけばその内消えてしまう場末の幽霊に、ここまで関わって、色々考えて下さって、少しでも何とかしようとして下さっているんですもの…。自然にお礼も言いたくなるものだわ」


「そうなのかえ?」


 雨子さんはそう言うと嬉しそうに微笑んだ。


「それにね、途方もなく孤独だった私を見いだしてくれて、それだけじゃ無くって、こうした身体まで与えてくれているんだもの、感謝しか無いと思うの」


「まあそれを言うなら祐二や節子にも感謝せねばな。あの者達が居らねばこの我もまた此所に居らなんだ故」


 そう言うと雨子さんは、今まで見たことの無いような、それこそ神様のような、って、本当に神様らしいのだけれども、何とも言えない優しい笑みを湛えた。

私は思わずその笑みの意味を尋ねてしまう。


「ねえ雨子さん、それってどう言う意味なの?」


 すると雨子さんは、くふふと笑いながら説明してくれるのだった。


「実はの令子、我もまた幾年か前に、孤独に苛まれながらこの世から消えようとして居ったのよ。そしてあやつ、子供の頃の祐二に救われたのじゃ。そしてまた節子にも救われたのじゃ。故に我にとってあの者達は何ものにも代え難い。我のもっとも愛する者と成ったのじゃ」


「そ、そんなことがあったんだ」


「うむ、故にそなたのこともあながち他人事とは思えんでの」


「うふふ、そうなんだ」


「縁というものはそうやって巡っていくものなのかも知れぬの…」


 そう言う話をし終えて、二人でしみじみとしていると、風呂上がりでピカピカになった小雨ちゃんと節子さんが戻ってきた。


「あ~~良いお湯だった」


 節子さんがとても幸せそうにしているのを見て、雨子さんに次の身体にして貰ったら、真っ先にお風呂に入らせて貰おうと思っちゃった。


「では暫し我も行ってくるの」


 そう言う雨子さんのことを三人で見送る。

夜は未だ未だ長そうだな、そんな事を思いながら、ちょっと嬉しくなってしまったのだった。

なかなか彗星が見られないなあ、トホホホ

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