110. 聖女と勇者の探索パーティー〈6〉王子
始めの一曲がゆったりと終わり、カスィム殿が私の手に口づける。
私は淑やかに礼をして、彼のダンスの相手を終える。
「貴女と出会えてよかった。オフィーリア姫」
「ありがとうございました。カスィム殿。この先も、どうか宴をお楽しみください」
ここからは、自由に相手を組む流れ――
「やあ、オフィーリア」
「まあ、アル兄様、お早いこと」
誰が真っ先に来るかと思ったら、アルティエロ第三王子だった。
彼の相手だったミナ姫は、あちらで婚約者のセルジオ王子にくっついている。仲良しなこと。
セルジオ王子の相手だったクララ様も、今はレオンと一緒にいる。こちらもいちゃいちゃ仲良しの模様。
「生憎と、きみの愛しい妹姫は他所の令息からお誘いを受けたようでね」
レオンの相手をしていたイラリアは、見ると、今はベガリュタル国の第二騎士団長のご子息と一緒にいた。さすがは私のイラリア、今宵も人気者だ。
「あの子も貴族の娘ですからね。その務めは果たすようにと言い含めております」
「嫉妬しないんだな」
「ええ」
ゆくゆくは私の妻となる彼女なら、社交界でも活躍できる淑女であってほしいもの。私の隣に立ちたいと言った彼女から、その機会を奪いはしない。
私がいなくなった後も、彼女は、それなりの立場で王侯貴族たちと関わり続けることになるだろうし。
「向こうはこっちを睨みつけてるけど」
「そんなところも可愛いのです」
……まあ、万が一にも。彼女を丁重に扱わない輩が現れたら、もちろん然るべき処置をするけれど。
極悪令嬢オフィーリアは、邪魔者を表舞台から消すのが得意だった。その時の感覚は、まだ残っている。
うまく消せなかったのも、直に手をかけたのも、ただひとり、イラリアだけ。
「あとでまた俺が何か言われるんだろうな……。まあ、いいや。――俺と踊ってくださいますか、お姫さま」
「喜んでお受けします。兄様。私の忠実なる騎士」
「あはは、嫌味なの?」
次の曲が始まり、私はアル兄様の手をとった。カスィム殿は我が国の貴族令嬢と踊り、微笑んでいる。
――あの子なら、大丈夫そうね。しっかりした良家のご令嬢だわ。
曲に合わせて、くるりとターンして、腰を引き寄せられて。
アル兄様と目を合わせ、私はわざとらしく驚いたふりをした。
「まあ、驚きました。アル兄様の手付きに下心を感じません」
「ああ。その節は、悪かったな」
「ところで、私と踊る暇なんてあったのですか? 婚約者探しはなさらないの?」
「状況が落ち着くまで、まだ俺のことは泳がせるそうだ」
「そう……」
アルティエロ王子には、婚約者がいない。
きっと私という存在のせいで、余計に婚期が遅れている。〝オフィーリア王女〟に人生を振り回されている。
「アル兄様は、」
「それはそうと、昼間のあれはどういう流れだ?」
「……クララ様との手合わせのこと? もしかして監視していた?」
私の問いかけに、アル兄様は神妙な面持ちで頷く。
――ああ、兄様も、おかしいと感じたのね。
彼はあの時のクララ様と似た視線を私に向け、彼女と同じことを訊いてきた。
「あれで本気だったのか? オフィーリア」
照れ隠しのふりで視線を落とせば、緑のドレスの裾がふわふわとしている。心を落ち着かせるという色を数秒ほど眺め、瞬き、私も頷いた。
「ええ、本気よ――」