4-6 ファーストネームの温度
実佳は律子とのビデオ通話の中で、圭祐のことを自然に「圭祐さん」と呼んでいた。
以前まではずっと「社長」と言っていたはずなのに、と律子は一瞬だけ違和感を覚える。
だがカナダでは、たとえ上司であってもファーストネームで呼ぶ文化が根付いている。
実佳は長く現地で暮らしているし、海外らしい馴染み方の一つだろうと、深く気にしなかった。
時差もあり、距離もありながら、律子は実佳とほぼ毎日メッセージやビデオ通話で連絡を取っていた。
子どもが二人いて、仕事も抱える中でこまめに連絡をくれる実佳を、律子は心から信頼していた。
仕事の進捗だけでなく、社員の人間関係やバンクーバーオフィスのちょっとした空気感まで、実佳は実に丁寧に伝えてくれる。
どこか感情の起伏が見えづらい実佳の話し方は、それだけに真実味があるように思えた。
そんなある日、圭祐がバンクーバーに戻る予定があることを、律子は本人から聞かされた。
「4月からはバンクーバーに腰を据えて、本格的に戻ろうと思ってる。東京支社の運営も、ようやく目処が立ったから」
そう静かに話す圭祐の横顔を、律子は東京支社の執務室で聞いていた。
律子は頷いたが、その言葉には少しの寂しさが混じっていた。
日本に戻ってきてからの数か月は、なんだかんだで心強く感じる場面が多かった。
圭祐は律子の価値を認めているように見えたし、ジョンの採用や東京支社の人事についても、常に律子の意見を尊重してくれていた。
だが──律子の知らないところで、違う空気が芽吹いていた。




