4-7 お嫁さんと呼ばれる日々
東京での生活もあと少し、そう思いながら過ごす毎日は、思っていたよりも穏やかで、あたたかかった。
圭祐の実家がある下町では、狭い路地を歩くだけで誰かしらに声をかけられる。
「あら〜、圭祐君のお嫁さんねぇ」と、年配の女性たちがにこにこと話しかけてくる。
時には道端の野菜をもらったり、おでんの残りをタッパーで差し入れられたり。
出産予定日を聞かれて「八月一日です」と答えると、すかさず「私のとこはねぇ、真夏の暑い日にね……」と、それぞれの出産体験談が始まるのもお決まりだった。
知らないはずの人々のまなざしに、律子はどこか懐かしさを感じた。
圭祐の母も(ちなみに父も)、とにかくよくしゃべる。
さすが下町育ちの人たちで、2人揃うと勢いが増し、時には同時に律子に話しかけてくることもあって、どちらの話を聞くべきか律子は目を白黒させる。
圭祐の母は料理があまり得意ではなく、「あら、これは上野の松坂屋のよ、カナダにはこういうのないでしょ」と、デパ地下で買ったお惣菜を笑いながら持たせてくれる。
その気さくさと明るさに、律子は少しずつ打ち解けていった。
そんな日々のなかで、律子は何度も「結婚してよかった」と思った。
圭祐と夫婦になったからこそ、こんなふうに人の輪の中にいられる。誰かに「お嫁さん」と呼ばれるたび、自分がこの街の一部になっている気がした。
でもその穏やかな暮らしは、あと数週間で終わる。
再び、遠い異国の街で、また一人の時間が多くなるのだと思うと、胸の奥に、まだ冷めていないミルクティーのような寂しさがじんわりと広がっていくのを感じた。




