導入5 黒騎士
黒騎士は、腰を低くしてグッと踏み込むような予備動作の後————その巨体からは信じられないような身軽さで飛び上がり、10m近い距離を一瞬で詰めると、黒い大剣を振り下ろしてくる。
攻撃モーションの予備動作らしきものを見て取った瞬間から警戒を強めていたモトは、その直線的な動きの飛び込み斬りを、冷静に2回素早くサイドステップすることで、大剣の間合いから離れて回避する。
ブゥゥゥーン
まともに受け止めたら、その剣圧だけで吹き飛ばされそうな大剣を振り抜いた際の風斬り音に身が竦むのを感じながら、黒騎士が直ぐさま大剣を手元に引き寄せて剣先を此方に向けてくる。
―――これは突き攻撃の予備動作だ。
ギィィィーン
黒騎士の突きを手に持った剣の剣先同士を、合わせるようにして横に逸らす。
「残念、俺に唯の突き技は効かない」
対人戦において一番モーションが小さく、最短距離で此方に向かってくる技への対処法を完璧にしておくのは『武士道』に限らず対人戦ゲームのセオリーだ。
正中線の取り合いもしないで、何の工夫もなく、放たれた突き技など、武士道の階位「達人」以上に辿り着いたプレイヤーなら誰でも防げる。
一瞬の鍔競合いのような状況だが、黒騎士が力を込めて大剣を押し込んでくるのを受け流すように足捌きで横に避けて距離を取り、追い払うように振るわれた大剣を更に飛び引いて避ける。
ブゥゥゥーンという轟音を立てる大剣の風斬り音に、下手に受け止めるのは危険だと思って飛び引いたが、想像通りだ。
こんな馬鹿力で振るわれる大剣を受けたら、こちらの剣がへし折れかねない。
何より下手に受け損なえば、そのまま真っ二つにされてしまうだろう。
だが、この数度の剣撃を実際に我が身で感じて、何となく敵の中心(動きの起こり)は見えた。
………いつも通りだ、俺は俺の剣で勝つべくして勝つ。
黒騎士が剣を担ぐように振り被り、中心線が空いた隙を狙って前に出て、振り被られた剣を斜め前に躱しながら横薙ぎに剣を一閃しながら横を駆け抜ける。
剣道で言う所の「抜き胴」という応じ技で斬り付ける。
……甲冑らしきものの上から斬り付けたためダメージなど通らないと思ったのだが、手応えが妙だ。
確かに硬質なものを切った時のように剣が弾かれる感触はあるが、剣が滑るような感触はない。
弾かれてはいるが、確かに何かを斬って痛撃を与えている感触だ、これは。
その感触の意味を考える前に、剣を振り抜いた後、素早く敵に向き直る。
剣を振り切った体勢の黒騎士が、斜め後ろに移動した自分を意識で追い掛けてきているのを感じて――おおよその目測を頼りに大剣を横薙ぎに振るおうとしている動きの予兆を感じて前に出る。
体を反転させる勢いを使って大剣が振るわれる前に、大剣の根本に体ごとぶつかるようにして剣で大剣を抑え込み、敵の一振りを未然に食い止める。
ギャン
そんな鈍い音が響き、こちらの動きを追い切れておらず、前に出てきた自分の動きに驚いて動きを鈍らせた、その隙は見逃さない。
「ふっ」
デカイ敵の懐に入り込んだ利点を活かすべく、小回りが効かして、今度は逆に此方が攻める。
敵の胴体、胸元、首を狙った三連突き。
敵の肉や骨を一撃で貫いて深く突き刺すことを目的にした技ではなく、敵を戦闘不能にできる最低限の致命傷を狙った出血ダメージと急所を狙い済ました攻撃だ。
ほぼ無防備な状態で直撃した剣の刃が、確かに敵のプレートに弾かれながらも喰い込んで突き刺さるという、奇妙な感触を感じながら、唯一露出していた首元に剣が深く突き刺さる確かな感触を感じた。
その急所に攻撃を受けて黒い騎士が怯み蹈鞴を踏んだ隙に、更に追撃の袈裟懸け一太刀を浴びせる。
何かに弾かれながらも、確かに何かを削り取ったような感触に、今度こそ確信する。
敵のフルプレート姿は半ば見せかけだ。
いや、その鎧姿すらも本体の一部なのだろう。
これはフルプレートを装備した黒い騎士ではない、黒い靄が何かを模しただけのモンスターだ。つまり、わざわざ鎧の隙間を狙って、攻撃しなくても確かにダメージを与えられるという事だ。
同時に先ほどまでの動物型のモンスターを思い出すに、形を模したものの性質を引き継ぐようだ。
鎧の隙間を狙って攻撃できれば大ダメージを与えられる事には変わりはないだろう。
だが、鎧の隙間だけが弱点ではないというのは、朗報だ。
この敵は、速く、力強く、頑丈だが、動きは粗い。危険だが、上手くやれれば勝てる敵だということだからだ。
黒騎士は、嵩に懸かって攻め立てる自分を、追い振り払うように振るわれる大剣の横薙ぎを屈むことで躱し、お返しに横薙ぎの一閃を見舞いながら黒騎士の側面に回り込む。
すかさず、背後に回り込みながら更に一閃して飛び引き、黒騎士が我武者羅に振り回してくる大剣の間合いから離れる。
大剣を振り回しながら迫ってくる黒騎士の大剣は、鋭く、威力もあるが、モーションが大きく無駄が多い。
これならば、動きの起こりさえ見逃さなければ、正中線の外から遠回りして迫ってくる大振りの剣撃を防ぐ事など造作もない。
振り下ろされる大剣の剣筋の流れを、そっと剣先で受け流し、勢い余って地面に大剣を叩きつけた、黒騎士の手首を上から打ち据え。
僅かに動きを止めた隙を狙って、腹部に突きを放ち、少しずつダメージを重ねていく。
そうした剣戟を何度か交えた後、再び間合いを離して、向かい合った黒騎士に正眼の構えで向かい合う。
……真っ直ぐに正中線を奪うように構えられた自分の剣が、鉄壁として立ち塞がる。
その圧を嫌った黒騎士が、剣を打ち払おうと小手先で大剣を振るってくる。
モトは、剣先を下げることで黒騎士の大剣の打ち払いを避け――黒騎士が一手無駄な動きをした隙を咎めるように、がら空きになった懐に飛び込み、手首を打ち据え、更に間合いを詰める。
黒騎士が、それ以上の追撃を防ぐように大剣で防御するように身構える。
……崩れた。
ここが攻め時だとモトは、一気に攻勢を強める。
自分が戦いの根幹だと考える、正中線の奪い合いとは、いわば剣撃を交えない戦いの前哨戦だ。
よほどの実力差がない限り、常に互いに天秤が傾く、正中線の奪い合いを征するために、多くの剣士はフェイントを掛け、技を使う。
そうした様々な技法がある中で、自分は一番の王道にして最強に繋がるだろう道を目指した。
常に正攻法で、正中線を奪いながら、前に出ることによる圧で敵を崩すことだ。
フェイントに頼れば自分の正中線の守りが疎かになるし、技に頼れば無駄な斬り合いが生じて隙も生じてしまう。
だが、正中線を奪うことを第一義にすれば、余計な隙は生じない。
正中線を完璧に奪われた状態で、至近距離から放たれる一閃は、必殺と同義だ。
自分の攻撃が届かない鉄壁を持った相手が、自分を必ず殺せる必殺の間合いまで詰め寄ってくる。
その圧で持って敵の意を挫かせ――敵が引けば守りに入った隙を打ち――敵が無理攻めに出てくれば応じ技で、一刀の下に切り伏せる。
どこまでも基本に忠実で、王道であり、敵すら己の支配下に置く事を目指した。
果ての「剣聖」に至るために求めた最強の剣、それが、自分が目指す、勝つべくして勝つための剣だ。
だからこそ、崩れた相手を叩く、最後の詰めを誤ることはない。
伊達に何千、何万回とガチ勢の多い、武士道でチャンバラしてきた訳ではないのだ。
相手が守りたがっている、首から胸元を守っていては決して守れない、足を斬り付け、黒騎士の意識が下に向かったところで、再びフルプレートの間を通すように首元に突きを叩き込む。
急所へクリティカルで攻撃が入ったことで、スタン状態になったのか、黒騎士は膝を突くように崩れ落ちる。
「もらったァァァアー」
手の届くところに無防備に差し出された黒騎士の首を狙い、渾身の横薙ぎの一閃を振り抜くと、まるで、だるま落としの木片のように黒騎士の首が飛んでいった。
その首が宙に舞うのを見で追いながら、意外と簡単に勝てたなと思ったが―――目の前で首を失った筈の黒騎士の身体が不自然に蠢くのが目に入り、何かヤバイという直感に従って、慌てて後ろに飛び引いた。
次の瞬間、黒騎士の身体から何かが爆発したような衝撃波が発せられて、自分の意志とは関係なく体が後ろに吹き飛ばされた
「うっくぅ」
一瞬の浮遊感の後、何度も地面の上を転がるように吹き飛ばされる衝撃に歯を食い縛って耐えながら、地面に放り出される。
ゲームであるため痛みは、軽い衝撃を与えられたようなエフェクト的な痛みしか感じないが、勝利を確信した後でのどんでん返しに思考が追い付かなった。
一体何がと揺れる視界で黒騎士がいただろう方向を見ると、そこには先ほど斬り飛ばした筈の頭があった場所から、新たに悪魔のような角を二本生やした怪物の頭を生やした黒騎士が「ゥゥウォォォォォオー」という咆哮の声を上げるのが見えた。
………おいおい初っ端の敵が第二形態持ちとか、嘘だろ、おい
どうやらスクラムゲーの本気はここからのようだった。