5.デートに行きました
デートの行き先は王都の外れにある市場に決めた。
なんとなく格調高いレストランや美術館とかよりも、気取らずに過ごせる場所のほうが彼と過ごすのに楽しめそうな気がした。
翌日、アルバートが馬車で迎えに来てくれた。二人は馬車に乗り込みガタゴトと揺られる。アルバートは大きな体を横向きにして不自然なほど窓の外を見ている。体が大きいから窮屈そうに見える。マリエルとしては窓の外の景色よりぜひ正面を向いてほしい。
「アルバート様。外ばかりではなく私の方も見てください。今日は気合を入れて可愛くしてきました。どうですか?」
街歩きに派手過ぎないクリーム色のお気に入りのワンピースを着てきた。私がそう言うと目を泳がせながら体の向きを変え、こちらを見た。
「ああ、その、マリエルは、き……」
「き?」
「綺麗だ、と……思う」
「ふふふ。嬉しいです。ありがとうございます」
言った途端口を引き結びながら耳を赤くした。照れているようだ。そんな彼の精一杯の言葉に胸が弾む。
(アルバート様は優しい)
浮かれてニマニマしていると突然馬の激しい嘶きの後に馬車が止まった。大きな揺れにアルバートがマリエルを支えてくれる。おかげで衝撃を緩和でき体をぶつけることはなかった。
何かあったに違いないと互いに目を合わせすぐに馬車の外に出た。馬車の前には小さな子供が蹲って震えている。慌てて子供に近寄り御者を見れば、彼は青ざめた顔で呆然としている。
「子供に接触したのか?」
アルバートの厳しい声に御者はビクリと体を揺らし動揺しながら事情を話しだした。
「いいえ。子供がいきなり飛び出してきて、目の前で転んだので慌てて止めました。なんとか間に合ったはずです。轢いていませんよ」
アルバートは子供を起こすと顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
子供はぽろぽろと涙をこぼし震えて返事が出来ずにいる。アルバートは心配して真剣な表情をしているが、子供に話しかけるには威圧感がありすぎる。マリエルは子供の背中に手を置き安心させるように出来るだけ優しい声で話しかけた。
「大丈夫かな? 痛いところはある? ああ、膝をすりむいているわね。お名前は言える?」
「……ゲルト」
「そう、ゲルト君ね。もう大丈夫よ」
少年は涙声でなんとか名乗った。マリエルはハンカチを子供の膝に巻き付けた。
「マリエル。医者に診せた方がいいだろう」
「はい。そうしましょう」
「ゲルト君。お医者様のところに行きましょうね」
マリエルは御者に近くの医者の所まで行くように指示した。アルバートは子供をひょいと抱えマリエルと共に馬車に乗り込んだ。
馬車の中でマリエルに宥められてようやくゲルトは泣き止んだ。その後、医者に診察してもらったが膝の怪我だけだったようでホッと胸を撫でおろした。偶然にも医者はゲルトが近所の子で顔見知りだと言うので、親御さんに迎えに来てもらうように連絡を頼んだ。しばらくするとお母さんが慌ててやってきた。ゲルトはお母さんの顔をみた瞬間、安心したのか強張った表情から笑顔になった。
「本当に申し訳ございません。馬車の前に飛び出したりして、息子がご迷惑をおかけしました。そのうえ医者にまで診せて頂きありがとうございます」
お母さんは何度も頭を下げた。
「気にしないで下さい。ゲルト君が無事でよかったです」
別れ際のゲルトは元気よく手を振ってくれた。
「おにいちゃん、おねえちゃん、ごめんなさい。ありがとー」
私もゲルトに大きく手を振り返した。そして再び当初の目的地へと馬車を走らせた。もちろん安全運転だ。
「アルバート様。申し訳ありません。すっかり遅くなってしまいました」
アルバートは大きく口を開け笑った。途端に鋭い印象が柔らかくなり優しい印象になる。その笑みに胸がドキリと騒ぐ。
「マリエルは悪くないだろう? それよりもゲルトに大きな怪我がなくてよかったな」
「はい。無事でよかったです」
貴族であれば平民の子供が馬車の邪魔をしたと怒り出す狭量な人間もいる。だけどアルバートは真っ先に体を案じた。その人間性がとても好ましい。
市場につけば平日でもなかなかの賑わいで活気がある。一歩前を歩くアルバートが振り返りおもむろに私にその大きな手を差し出した。
「マリエル。手を」
アルバートを見れば顔を赤くして口を引き結んでいる。首を傾げると彼は眉を寄せた。
「人が多いからはぐれないように、その、手を……」
「はい。繋ぎましょう!」
私は彼の意図を理解すると嬉しくて口元が緩んだ。アルバートの差し出してくれた大きな手を掴む。彼の手は大きくごつごつして鍛えられていることが分かる。そして安心する……と思いたかったが無理だった。好ましい男性と手を繋げば緊張してドキドキしてしまう。でも、離したいとは思わない。思わずぎゅっと力を込めた。
「活気があっていい雰囲気だな」
「はい。あっ! アルバート様。あの屋台のパン、美味しそうです。寄ってみましょう」
「いい匂いがするな」
そのまま二人で屋台に立ち寄りパンに肉を挟んだものや、フルーツの砂糖漬けを食べた。
「パンをもう食べてしまったのですか?」
「旨いからな。他の味も食べてみたい」
私が1個食べている間に彼が大きな口で次々とパンを平らげてしまったのには驚いた。でもその豪快さもカッコイイ。
フルーツの砂糖漬けは見たままとても甘くてアルバートはその甘さに口をへの字にして顔を顰めていた。その後口の中に残った甘さを水で流し込んでいた。どうやらアルバートは甘いものが苦手のようだ。慌てた顔がおかしくて思わず笑ってしまった。
マリエルはアルバートとのデート中ずっと笑って過ごしていたので、帰宅する頃には頬が疲れていたくなってしまった。
(楽しいって顔がこんなに疲れちゃうのね。新発見だわ)
充実した一日を過ごしベルツ伯爵邸まで送ってもらった。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました。それと明日、お時間を頂けますか? お話がしたいです」
「こちらこそ、楽しかった。……私も話したいことがある。今度は私がこちらに伺わせてもらっても?」
「はい。ではお願いします。お待ちしていますね」
私たちは明日の約束を交わし別れた。
アルバートは市場のデートを嫌がらずに楽しんでくれた。彼の気取らないところがとても好きだと思った。
マリエルはその晩、幸せの余韻に浸りながら眠りについた。