4.デートにお誘いしました
たぶん、言われるなと思った言葉が耳に流れ着いた。驚きもないし至って冷静だ。
「頭を上げて下さい。それに謝る必要もありません」
そう言っても彼はなかなか頭を上げなかった。その姿に誠実な人となりが伺える。
実のところ彼が謝罪をする必要はない。
なぜなら一度、アル様は手紙で婚約(仮)の話は白紙にしてほしいと伝えて来ていたからだ。あれは私が16歳になった頃だった。ただその手紙に理由は書かれていなかったので私は拒否し継続を望んだ。どうしても白紙にするならせめて、一度きちんと会って話をしてからにして欲しいと伝えたが、帰国の意志はないと返事が来た。帰国の件に関してはアル様は頑なだった。
とはいっても当時8歳の子供の戯言同然のプロポーズなので無効だと終わりにすることも出来るはずなのに、私の意志を確認してくれるところは天使の如く素晴らしい。アル様もクーニッツ伯爵も私の気持ちを一番に優先してくれていた。なんて優しい人たちなのだろう。
優しさにつけ込んだ罪悪感があるので私から会いに行って話をしたいと両親に相談したが、若い娘が一人で国外に行くなどもってのほかだと怒られた。もし行くなら護衛を雇っての大所帯となり期間もそれなりに必要となる。私の保護者となり同行してくれる人は残念ながらいなかった。両親は仕事があるのでそれだけの時間は割けなかったのだ。
結局、膠着したままあやふやな婚約(仮)は継続されてきた。
それでも私はちゃんと覚悟をしていた。帰国したくないということはあちらで愛する人が出来たのかもしれない。優しい彼は私を傷つけまいと言い出せないのかと想像した。
私がアル様を忘れられなかったのは本当だ。彼の天使様級の優しさや美しさは私の記憶の中で色あせることなく鮮明に思い出せる。アル様が好きだ。誰が何と言おうとそれは揺るがない、のだがその好きが恋かと問われればあまり自信がない。離れていた月日が長すぎて強い憧憬から成長していないような気がする。私のアル様への想いは神を崇めるような信仰心かもしれない……。
もしアル様に好きな人がいると言われていれば、私は彼の幸せを願って泣く泣く諦めただろう。(天使様の幸せが最優先だから)そして私は貴族令嬢として相応しい相手を探すために今頃見合い三昧だったかもしれない。もしくは私に新しい恋が訪れていればアル様との婚約(仮)は解消してその相手とお付き合いしていたかもしれない。この婚約(仮)には両家にとって政略的な意味はないので婚約するも解消するも自由にできる。だがアル様以上の男性は現れなかったので、私の中でアル様の存在が最上級のままだった。
そう…………今までは。
私は、今! 心をときめかせている。天使様ではなく精悍な目の前のアルバート様に。
だから、とりあえず……デートをしよう! いろいろ決めるのはその後でも遅くない。
「どうか、アルバート様。顔を上げて下さい。婚約の結論を出す前にひとつお願いがあります」
アルバートは顔を上げ固唾を飲んで私を見た。
「私に……出来ることなら」
よし! 言質いただきました。
「一緒にお出掛けしましょう。デートです」
「えっ? デート? なぜ?」
アルバートは困惑し目を泳がせている。そんなに焦らなくてもいいのでは。私とのデートが嫌なのかと勘繰ってしまう。私はわりとモテる方なのに自信がなくなる。子供の頃は男勝りだったけど、アル様の伴侶として恥ずかしくないように、淑女らしく振る舞える努力を続けてきたし、女磨きもしてきた実績がある。デートを後悔させない自信はあります。
「せっかく会えたのですもの。だからデートです! 一日だけでいいのです。ね?」
マリエルは満面の笑みで威圧する。アルバートが顔を引き攣らせ、「あっ」とか「うっ」とか唸り慌てていたが、私は有無を言わせなかった。
微笑んで意志を通そうとする私に、アルバートは大きな溜息をつき小さく分かったと返事をした。そうして私はアルバートとのデートを取り付けた。




