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神隠しに遭うタイミングは何時も唐突ではあるけれど、そこには一定の配慮の様な物がある事は、多分以前にも述べたと思う。
例えば小学生の頃、父母が見に来るような学校行事の前日や当日には、一度も神隠しに遭ってない。
また今も、家に帰って気を抜いている時は、滅多に神隠しには遭わなかった。
……多分これは、僕が本気で嫌がるタイミングでの神隠しは、意識して避けてくれているんだろうと思ってる。
要するに僕の日常生活は誰かに見られてるって意味でもあるのだけれど、まぁそこは相手が神様や精霊の類なら気にしてもしょうがない。
ご先祖様が見守ってくれてるとか、守護霊だとかを信じる人も、まさか風呂やトイレ、色んな意味で夜の生活まで見られてるとは考えないだろう。
そう言う物だと思うしかない。
しかしこの家に居て気を抜いている時は『滅多に神隠しには遭わなかった』と称したが、それはつまりごく僅かだが例外もあるって意味だ。
そしてそんな例外の時は、間違いなく既に誰かが窮地に陥っていて、時間的な余裕があまりない場合ばかりであった。
つまり僕の状況を気遣う余裕がない緊迫した状態でのみ、そうした神隠しは起こり得る。
だから夕食を終えて自室のドアを開いた途端、気付けば木造校舎の廊下に居た僕は、すぐさま緩んでた気分を引き締めた。
流石に上はTシャツ一枚で下はスウェット、履物はスリッパと言う緩い部屋着姿はどうしようもないが、これはこれで動き易いと考えよう。
勿論、完全にオフの心算だった時間帯に神隠しに遭って、かったるいと言う気持ちは僕にだってある。
でも僕を神隠しに遭わせてる神様だか精霊だかが、こちらの都合を気遣う余裕もない状況にあると言うなら、まぁ仕方ないなぁと思うのだ。
だって僕の都合を気遣ったが為に、どこかの誰かが犠牲になったら、更にそれを知ってしまえば、絶対に良い気分にはなれないだろうから。
さて呼吸を整えて周囲を見回せば、辺りは非常に暗い。
幸い窓から月明かりと星明りは差し込んでいて、多少気を付けて歩けば足元を取られる事はなさそうだけれど、それよりも一つ気になる事がった。
「……あれって、ウチの校舎だよね」
廊下の窓から向こう、左手側に見えるのは僕が通う七白学院の高等部の校舎で、右手側に見えるのが中等部の校舎だ。
と言う事はつまり僕が今いるこの場所は、古くなった為に校舎としての役割は既に新校舎に移されたが、卒業生からの要望で記念に残されている旧校舎だ。
普段は生徒の立ち入りは禁止だが管理自体はされていて、卒業生の同窓会や、部活の合宿等に利用されているらしい。
……それにしても一体何故、神隠しに遭った先が七白学院の旧校舎なのか。
ここまで身近な場所に飛ばされた事がなかった為、僕は少し戸惑う。
だけど長々と考え込んでる時間はない。
まず急いで誰かを、何かから救わなきゃならないのが、急な神隠しに遭った時の前提である。
ではその何かとは一体何なのかと言えば、現代の日本ならば事故か人の悪意か、妖怪か幽霊の類のどれかでおおよそ間違いがない。
まぁ学校の旧校舎であればそのどれが起きてもおかしくはないけれど、……うん、この冷たく身を刺す様な空気は、多分人に害意を持った幽霊、要するに悪霊の発する気配だ。
唯一つ不思議なのは、ここまで濃い悪霊の気配が漂っていれば、毎日とは言わずとも昼間に学校に通う僕が、その残り香に気付かない筈はないのだけれども。
些か腑に落ちないが、僕は神職や霊能者の類ではないので、そう言う事もあるのだろうと強引に納得して足を進める。
それにしても素足でないのは助かった。
古い木造の廊下には何が落ちてるか分かった物ではないし、ささくれだってあるかも知れない。
仮に部屋履きのスリッパを履いてなければ、僕は一旦新校舎へ行って、自分の上履きを回収する必要があっただろう。
悪霊の気配を辿って階段を上がる。
何から救うべきなのかがハッキリすれば、次に気になるのは誰を救うのかだった。
こんな夜更けに旧校舎に踏み込むなんて、好奇心に駆られて肝試しの心算か、それともイジメられて他人に強制されたのか。
どちらにしてもそんなつまらない事で、命を落とすなんて馬鹿馬鹿しい話だ。
そして階段を上がり切った時、
「―――――ッ!!」
言葉にならない大きな声、悲鳴がハッキリと聞こえた。
どうやらタイムリミットはもう間近らしい。
脆い部屋履きのスリッパは壊れてしまうだろうが、仕方ない。
咄嗟に僕は全力で駆け、悲鳴が聞こえてきた教室、悪霊の気配が最も強いその場所に、扉を思い切り蹴破り飛び込む。
すると教室の隅に追い詰められた中学生らしき少女に、上から覆い被さろうとしていた黒い影がこちらを振り返る。
けれどもその動きは緩慢で、黒い影が完全にこちらを振り返るよりも早く、振り被った僕の拳が、狙い違わず相手の顔へと届く。




