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高比奈吾郎の神隠し  作者: らる鳥
一章 彼の日常
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 青い空、白い雲。

 空のとても高い所を、鳥が気持ち良さそうに飛んでいる。

 僕はそれを横目で見ながら、手で口元を覆って小さなあくびを一つ漏らす。


 私立、七白学院。

 小学校から大学までエスカレーター式で進学可能なその学校の、高等部の二年に僕は籍を置いていた。

 駅から近くで通い易く、建物も綺麗で設備も充実してる。

 学校指定の制服は一応存在するが、私服での登校も許されていて、校則だってそんなに厳しくない。

 学力に関しては中の中から、中の上。

 少なくともそれなりの努力さえすれば、授業に付いていけないなんて事もなかった。


 良い学校だと、通ってる贔屓目を排除して、客観的に見ても、そう思う。

 この学校を僕に薦めてくれたのは爺ちゃんだ。

 その理由はただ一つで、この七白学院の創設者が爺ちゃんの知人であり、ある程度の事情を説明してあるので出席日数等の融通を利かせてくれるから。


 ……と言うのも頻繁に神隠しに遭う為、どうしても学校を休みがちになる僕は、普通の学校ならば出席日数が足りずに留年、或いは卒業できなくなってしまう可能性が、まぁ決して低くなかった。

 義務教育である中学校まではなんとか留年にはならなかったが、高校からは出席日数の不足に対して学校側も容赦はしてくれない。

 今の時代にそれはあまりに僕が可哀想だと、また今後の人生に大きな影響があるからと、爺ちゃんが知人に頭を下げて頼み込んでくれたのだ。

 何でも七白学院の創設者にとって爺ちゃんは恩人なのだとか。

 つまりはそう、僕はこの学校にコネで通っているのである。


 しかしまぁ、そんな事情は他所に置いても、英語の授業はつまらない。

 教科書の例文を読む教師の声に耳を傾けていても、どうしても眠気に襲われてしまう。

 別にこの英語教師が嫌いな訳でもないし、多分教え方が悪い訳でもないのだろうけれど、僕はどうしても他国の言語を習得する事に興味を示す事が出来なかった。

 何故なら神隠しに遭ってる間の僕は、それが明らかに日本語なんて喋ってる筈がない相手とでも、何も不自由なく言葉を交わせてしまうから。

 だから言い訳っぽく聞こえるだろうし、自分でもそう思うのだが、どうしても必要性を感じないのだ。

 尤も幾ら僕が興味を持てなかったとしても、下手な成績を取れば色々と融通を利かせてくれてる七白学院の創設者や、そこに頭を下げてくれた爺ちゃんの顔に泥を塗ってしまう為、それなりの努力はせざるを得ないのだが。



 ふと気付けば、授業の終わりを告げるチャイムの音が学校中に鳴り響いていた。

 今日の授業はこれで全て終了だ。

 教科書を机の中に戻し、ノートを鞄に詰めてから席を立つ。


 僕は部活の類には入っていないから、放課後の用事はない。

 何か食べて帰ろうか。

 昼休みに昼食は食べたけれども、どうにも小腹は空いている。

 それに先日の神隠しで土産に貰った謎の石を爺ちゃんに送ったので、少しばかり小遣いを貰って懐は温かい。


 勿論その額は、石の本当の価値からすれば極々些少な物だろうけれど、学生の間から大金を貰ったところで使い道に困るし、何よりも怖いだけだ。

 そもそも爺ちゃんが、と言うよりも高比奈の家が持つコネを使わなければ、神隠しに遭って持ち帰った土産を換金する事も出来やしない。

 故に僕には、あの石が一体どれだけの価値を持っていたとしても、多少の小遣いを貰えたならば何の不満もなかった。


「あのっ、高比奈君……」

 けれども鞄を肩に背負った時、僕は不意に声を掛けられる。

 いかにもおずおずと言った声に振り替えれば、そこに居たのはクラスメイトの一人で、確か名前は佐野・祥子(さの・しょうこ)

 彼女はクラスでもあまり目立たない、良く言えば控え目で優しい優等生で、悪く言えば地味で気の弱い子だ。


「ん、何?」

 あまり話した覚えのないクラスメイトからの声掛けに、僕が首を傾げてそう問えば、彼女は何故か脅えた様に半歩下がる。

 別に脅した心算はないのだけれども、どうやら祥子は、僕に関してあまり良くない噂を信じてるらしい。

 まぁ良くない噂と言っても、身体が弱い風にも見えない僕が頻繁に休むのは、実は凄く不良で学校をサボって喧嘩を繰り返しているからだとか、そんな下らない物である。

 恐らく神隠しの際に負った多少の怪我、顔にアザが出来た程度の物を、面倒だからとそのままにして登校したりしてたから、色々と誤解が生まれたのだろう。

 尤も全く喧嘩をした事がないとは言わないから、根も葉もない噂とまでは言えないのかも知れないけれども、町の不良と喧嘩した位では、僕は顔にアザなんて作らない。


「あ、えっと、高比奈君がこの前休んだ時、掃除の当番で、西野君が代わってくれたから、今日は高比奈君に代わって貰ってくれって部活に行っちゃって……」

 あぁ、成る程。

 確かに先日の神隠しで一日、学校を休む羽目になったから、その日が掃除の当番だったらしい。

 西野・昭《にしの・あきら》は、サッカー部に所属するスポーツマンだ。

 本当に熱心にサッカーに打ち込んでいて忙しい筈なのに、サラッと掃除の当番をしてくれていた事からもわかる様に、心根の良い奴である。

 クラスでも人気者で、周囲からも信頼されているのだけれど、常に前ばかり見ているせいか、多少視野が狭いのが玉に瑕だ。

 だから佐野・祥子に僕への伝言を頼んだのも、別に悪気はなくて単に気が回らなかっただけなのだろうけれど、怯えながら頼まれ事を果たそうとしてる彼女が少し気の毒でもあった。


「あっ、あっ、でも高比奈君が忙しいなら、私が代わりに掃除しとくから、気にしないで、ね!」

 僕が少し考え込んでしまったのを誤解したのだろうか、祥子は慌てた風にそんな事を言い出す。

 何と言うか実にお人好しで、少し心配になる。

 普段からそんな風に言っていると、頼まれ事が次第に当たり前になって行き、彼女の負担は増加して、周囲は堕落するだろう。

 それは誰にとってもあまり良い結果ではないと思う。


「いや、僕が当番を代わって貰ったんだから、僕がやるよ。西野には明日にでも、代わって貰った礼も言っとくから」

 故に僕は首を横に振り、祥子の申し出を断った。

 特に急ぎの用事がある訳でもなく、そもそも教室の清掃位、あまり手間のかかる物でもない。


 けれども掃除用具入れに向かう僕の後を、何故だか祥子は付いて来る。

 不思議に思いながらも用具入れから箒を取り出し振り返れば、

「あのっ、折角だから、手伝うね。その方が早く終わるから、ね!」

 彼女はそんな風に言って手を差し出した。


 どうやらこのクラスメイトは、本当に人が好いらしい。

「ありがとう、佐野さん。手伝ってくれるのは、嬉しいよ」

 それから今日、彼女の言葉が全て『あ』から始まってる事に気付いた僕は、なんだか少しおかしくなって、笑いながら祥子に箒を手渡す。

 これは借りが一つと数えておこう。

 彼女が何か困っていたら、その時にこの借りを返すのだ。


 そう心に決めて僕は、もう一本の箒を用具入れから取り出した。



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