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僕が初めて神隠しに遭ったのは、五歳になったばかりの頃。
自宅で遊んでいた僕は、両親が目を離した隙に姿を消して、気付けば深い森の奥に居たのだ。
そこで僕は大勢の狸に出会い、彼等と一緒に二、三時間、腹鼓を鳴らして遊んで、やはりふと気付けば自宅に戻ってた。
でも問題はここからで、僕は狸達と決して長い時間を過ごした訳ではないのに、自宅に戻ったのは姿を消してから三日後だったのである。
もしも僕が普通の家の子供だったら、多分大騒ぎになってただろう。
けれども後から聞いた話によると、警察に捜索願を出そうとした母さんを、父さんが何とか止めたと言う。
そして父さんが警察の代わりにと連絡を取ったのが、田舎に住む祖父、爺ちゃんだったそうだ。
何でも高比奈の家では、こんな風に神隠しに遭う子供が稀に出るらしい。
しかもその神隠しは一度で終わらず、何度も何度も頻繁に起きるのだとか。
それは俄かには信じがたい話だっただろうけれど、父さんは子供の頃から神隠しの話を何度も爺ちゃんにされており、また信じざる得ない証拠も目にしていた。
と言うのも爺ちゃんもまた、僕と同じく神隠しの経験者で、その妻、つまりは婆ちゃんが、その迷い込んだ先から連れ帰って嫁となった人だったからである。
……もう少し具体的に、でもより信じられない話をすると、婆ちゃんは別の世界で精霊に仕える巫女、或いは聖女と呼ばれた人だ。
爺ちゃんが神隠しに遭って迷い込んだ国が、とある神を信仰する大国に征服され、婆ちゃんは異教の巫女、魔女として処刑される寸前だった。
それを爺ちゃんが大暴れして救い出し、ついでに一目惚れして日本に連れ帰ってしまったと言う。
所謂爺ちゃん最大の武勇伝と言う奴だろう。
だからその話を信じざる得ない証拠として、婆ちゃんは魔法が使える。
父さんが子供の頃、婆ちゃんは一言呟くだけで竈に火を熾したそうだし、誰かが怪我をしても一撫でするだけで治したそうだ。
今?
今は田舎の爺ちゃんの家でもオール電化になっている。
だけど今でも、田舎の村では何か困った事があれば、高比奈の家を頼るらしい。
どんな不思議を起こしても、決して他所には漏らさない代わりに。
要するに高比奈は、ご先祖様からそう言う家だったのだ。
それから僕は、春、夏、冬の長期の休みは田舎の爺ちゃんの家に預けられる事になった。
それは神隠しの経験者であり、高比奈の家の当主でもある爺ちゃんから、身の守り方や様々な出来事に対して的確に判断を下す術を学ぶ為に。
幼い頃の神隠しは基本的に危険はないが、高比奈で一人前として扱われる元服の歳、十五歳以降になるとこの妖怪との出会いがそうだった様に、何かと戦う必要があるケースが出て来る。
寧ろ十五歳までの神隠しは、不思議な現象に慣れて判断力を養う為の訓練ですらあるのかも知れない。
また高比奈では神隠しに遭う者を、祀る神に愛された者として当主に据える習わしでもあるから、家に伝わる祭事を覚える必要もあったのだ。
……と、こんな風に言うと、まるで僕が神の気紛れに振り回される可哀想な境遇にあると思われるかも知れないが、いやまぁそれも否定し辛い所も確かにあるが、僕は僕を神隠しに遭わせている何かを決して嫌ってはいない。
神隠しは確かに危険を伴うが、しかしそれは冷静に判断して行動すれば、どうにか乗り越えられるものばかりだ。
もしも今しがた戦った妖怪が、とても邪悪で強力な存在だったら、僕がそれを倒せるだけの道具を手にした時に神隠しに遭うか、もしくは武器のある場所へと迷い込んだだろう。
つまり逆にそう言った道具や武器なしに相対させられた事で、僕は妖怪が目を覆う程に邪悪な存在ではなく、多少の工夫で屈服させられると判断した。
それから神隠しに遭うタイミングも、意外と僕に配慮されていたりする。
例えばテスト前、必死に勉強した後等は、ゆっくりとした休息を取るまでは神隠しに遭ったりしない。
他にも電車の中で物凄くお腹が痛くなり、思わず神に祈りそうになった時、そのタイミングで神隠しに遭った僕はトイレの前に立っていた。
その後、僕は悠々とトイレを済まし、トイレに住み着いて利用者を驚かす幽霊だか妖怪だかを、あまり過ぎた悪戯はしない様に説得してから帰還を果たす。
そんな風だから、僕は頻繁に神隠しに遭ってはいても、それを起こす何かを決して嫌いにはなれない。
高比奈の家で、神隠しに遭う者は祀る神に愛されてるとされるのも、それなりに納得の出来る話なのだ。
「じゃあ治してあげるから、動かないでよー」
僕は屈服した妖怪の口に手を入れ、痛みがなるべく少なくなる様に、素早く鋏を引き抜く。
その瞬間、妖怪はびくりと体を震わせたが、じっと動かずに堪えていた。
完全に怯えられてしまっているが、全力で脅しつけに行ったのでこの結果も仕方ない。
それから僕は婆ちゃん謹製の守り袋を開き、中から選んで一枚の札を取り出して妖怪に張り付ける。
この札は婆ちゃんが僕を少しでも守ろうと、魔法を封じ込めた不思議な札で、それの詰まった守り袋は、気休めでなく僕を守る最後の切り札だ。
僕が思い切り気合を込めると、妖怪の口の中にあった傷は綺麗に塞がり完治した。
相も変わらず、婆ちゃんの魔法は実に便利だと思う。
残念ながら僕は婆ちゃんの様に自在に魔法を使う事は出来ず、与えられた札を発動させるのが精一杯だが、従妹の恵理には魔法の才能があるらしく、婆ちゃんに色々と教わっていた。
少しばかり、否、結構本気で羨ましい。
まぁさて置き、傷の治った妖怪は大きな目をぱちくりと瞬かせ、それを成したのが僕だと悟ったのだろう。
大きな声で喜びと感謝を告げ始めた。
「おー! おおー! すごいぞぉ! ありがどぅー!!!」
見た目の恐ろしさは全く変わらないが、それでも妙な愛嬌を感じさせる仕草で妖怪ははしゃぐ。
そもそも傷を負わせたのも僕なので、治した所でプラスマイナスゼロなのだけれど、喜ばれて悪い気はしない。
「じゃあ約束、ちゃんと守ってね」
ここでの用事も終わっただろうし、あとは帰るだけである。
この妖怪も、人間は安易に脅かして良い相手じゃないと知っただろうし。
「あ、まっでくれぇ。これ、やるぞぉ」
だけど帰ろうとする僕に、妖怪は短い手で何かを差し出す。
そしてそれを受け取った瞬間に妖怪の姿は掻き消えて、獣が一匹、いずこかに向かって駆けて行く。
恐らくはタヌキか、それに近い類の獣だろう。
ちゃんと傷を治しておいて良かった。
そう安堵した瞬間、僕は最寄り駅のホームに一人で立っている。
手の中で輝きを放つのは、握り拳大の不思議な石。
僕はそれをハンカチで包んでから鞄に放り込み、家に向かって歩き出す。
神隠しの遭ってる間に流れる時間は、その時によって違う。
一、二時間の滞在で数日が経過している事もあれば、逆に一ヵ月程あちらに居ても、一日位しか経っていない場合もある。
まずは、そう、家に帰って今日が何月何日かを確かめよう。
それからゆっくりと休むのだ。
貰った石をどうするかは、それから爺ちゃんに電話をすれば良い。
神隠しに遭う者が、こうしたお土産を持ち帰るのは、決して珍しい事ではないから。




