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47. 貸切露天風呂にて

 お風呂場。それも露天風呂。

 銀泉花ぎんせんかという名前で旅館を調べると、その古風な建物の空気ともう一つ、貸切風呂というものが大きく出てくる。土地名が銀山温泉となっていることから他の旅館もほぼすべて温泉を売りにしているとは思うけれど、全部が全部貸切風呂を備えているわけじゃない。なかったと思う。調べた限りはそうだった。

 あたしたちが銀泉花さんを選んだ理由は、この建物に泊まってみたかったのと貸切のお風呂があったことの二つ。特に、貸切風呂の見た目が気に入ったことが大きかった。

 宿に着いて観光して、最初に入ったお風呂は目当てのお風呂ではなかった。もちろんそっちも入るつもりだったし実際入ってよかったとは思うけれど、楽しみにしていたのとは違う。

 見た目もそうだけど、お風呂はやっぱり露天風呂よね。


「日結花ちゃんさ。今何考えてる?」


 脱衣所から開いたままの引き戸を抜けて浅い階段を上り、白色電球が穏やかに照らす部屋へ踏み入れる。上がってすぐ一歩も行けば幅広のお風呂マットがあり、その先には光を反射する湯面があった。明かりの照らす範囲が限られているためか、浴槽を中心にふわりと景色が浮かんでいるようにも見える。

 床は細木の板張りで、あたし知識だと竹にしか見えない。浴槽はたぶんひのき。もしかしたら床も全部檜なのかもしれない。


「んーと、この床なんの木で作られてるのかなぁって思ってる」


 尋常じゃなく冷たい床から目を逸らして隣を見る。

 部屋は壁に囲われておらず、しっかりとした壁があるのは入口側とその左手だけ。ちょうど正方形のような形をしているので、部屋の半分が壁になっていることになる。左手には長椅子もあって、床と同じような明るい色合いの木でできていた。壁と、あと屋根を支えている柱はこげ茶色の深い木の色をしている。後付けなのか、それとも最初からこういう雰囲気のために考えて作ったのか、どちらにしても色のコントラストが素敵で事前調べ通りとっても風情のあるお風呂だった。

 それはそれとして。


「あと寒い。すっごく寒い。あと冷たい。足が冷たい」


 言葉が単調になるくらいは寒いし冷たい。何が良くないって、全身の寒さよりも足の冷たさがよくない。

 脱衣所に入ったときから寒さがすごかったのには納得がいったわ。だってこの部屋、吹き抜けなんだもの。入口から左は椅子と壁でいいとして、正面も一応障子とわらか何かで壁になってるからいいとして……いやよくないかも。だって藁作りだから薄っすら透けてるし。完全に見えてるわけじゃないけど、風通しは抜群でしかない。あと、入口からの右手が完全に吹き抜け。胸くらいまでの高さにある藁作りと、上は空白。正面の障子とは違ってなんにもない。よく景色が見える。雪も降り込んできてるし、外の岩に雪が積もってるのも見えるし、これで寒くならなかったら逆におかしい。

 脱衣所のドア開いたままだったからあれだけ寒かったのよ。ここの空気が流れたら寒くなるに決まってるわ。


「僕も同じ意見なんだ。よかったお揃いだね」


 この状況下でにこりと微笑んできた恋人に文句を言いたくなった。言いたくなったのに、ぺたぺた足踏みしてるのが目に入ってつい笑っちゃった。それはずるい。


「ふふ、うふふ、もうっ。さっさと写真撮っちゃってちょうだい」

「うん。撮る撮る」


 彼も結構限界だったのか、いそいそと写真を撮っていく。カメラは持ってきていないので今回は携帯で。普通のお風呂じゃ写真なんて撮りようがないけれど、ここは貸切風呂。入っている人はあたしたちしかいないし、そのあたしたちもまだ服を着ているのでえっちな写真になることもない。

 時々カメラを向けてくる恋人に応えてにっこり笑顔を送ってあげた。

 あたしだけ撮られ続けるのもなんなので、滑らないよう注意しながら二人で自撮りしたりとぱしゃぱしゃさせてもらった。その間に気づいたことなのだけど、藁だと思った壁の下部分は藁じゃなくて竹だった。たぶん。

 近くで見たら竹っぽかったのよね。細く割いた竹を横に並べて紐で縛って、長い竹を上下に数本等間隔で置くことで壁にする。こんなやり方テレビか何かで見た記憶がある。リフォームする番組とかでね。

 最後に長椅子とお風呂が後ろになるように二人でくっついて写真を撮って、ここでの撮影は終わり。


「戻るわよ!」

「うん、走っちゃだめだよ。危ないから」

「……じゃあ手、繋いで?」

「ふふ、了解」


 お願いしたら、ほんのちょっとした距離なのにもかかわらず笑顔で頷いてくれた。繋いだ手が温かい。恋人の愛情に胸が温まる。相変わらず足は寒いけど。

 手を繋ぐどころか腕を組むくらいの勢いで寄り添って歩き脱衣所に戻った。今度はドアを閉めたので少しは寒さが和らぐと思う。そもそも暖房ないから寒いとかは言いっこなし。吹き抜けよりはいいでしょってことで。

 濡れていた足もお風呂マットで水気が薄れ、今は少しだけ冷たさが引いた。あんまり寒さ的には変わっていないので、さっさと脱いでお風呂に入りたいところではある。

 それじゃあ服を――。


「郁弥さん郁弥さん」

「なに?」

「あたしたち、写真下着姿で撮ってたわね」

「――あっ」


 はっと目を見開き、視線があたしの身体に向かう。そしてすぐ戻って顔が赤くなった。目を逸らされた。恋人さんの動きの一部始終を見てしまって、ものすっごくキュンキュンした。今のはほんとにびっくりするくらい可愛い反応だった。胸キュンレベルが高い。

 本当、郁弥さんが照れ屋で初心で恥ずかしがりであたしのこと大好きでよかった。いちいち反応が可愛いんだもの。また好きになっちゃった。


「ふふ、下着姿、慣れない?」

「な、慣れるわけないよ……」


 寒さで赤くなっていた頬がもっと赤くなって、耳まで赤みを増しているのがよくわかる。声の震えも動揺が全然隠せてなくて、見て聞いて話しているだけでにこにこ。もうにっこにこになっちゃった。


「うぅ、なんで君はそう楽しそうかなぁ」

「えへへー、だって楽しいんだもん」


 目の前で手持ち無沙汰にしていた手に自分のを重ねる。両手ともが合わさり、押し相撲でもするかのようにぴとりと組み合わされる。指と指がぴったり重なっているからか、改めて恋人さんの手の大きさがよくわかる。


「ふふ、あたし、郁弥さんの手が大きくてよかったわ」

「え、どうして?」

「だって、手を繋いだときちゃんとあたしが女の子だーってわかるでしょ?」

「そりゃまあ。あぁ、うん。そういうことか。女の人側からしたらそういう気持ちになったりもするんだ」

「うふふー、あたしだけかもしれないけどねー」


 手だけでも比べてみれば全然違って、繋いでいると包まれてるなぁって気持ちになる。だからあたしは手を繋ぐのが好き。すごく好き。


「それじゃ、脱ぐわね!」

「わ、大胆だね」

「ふふふ、今はとっても気分がいいの。恥ずかしいのなんて効かない無敵のあたしだから、すぐ脱いじゃうわよ。あなたのこと待つから早く脱いでね」

「え、うん。わかった。すぐ脱ぐ」


 言うや否や躊躇なくスパッと服を脱いでいく。あたしも慌ててキャミソールに手をかけ、ささっと上も下も脱ぎ去ってしまった。隣を見れば案の定全裸で腕を組んでいる恋人がいて、面白さと照れが混じって変な笑いが漏れそうになった。頑張って耐えた。


「行こうか」

「んん、ええ、寒いし早くお風呂入りましょ」


 身体を覆うものが完全になくなってしまい、空気の冷たさがより身に染みてくる。どれだけ薄くても、保温素材でできている服はあるだけで違うってことがよくよくわかった。

 ドアは郁弥さんが開け、彼の後をついて階段を上っていく。浴室は相変わらずの寒さで、下着すらなくなった今はさっきの数倍寒く感じる。気のせいかどうかはどうでもよくて、とにかく寒い。

 ふるりと全身が震えた。


「日結花ちゃん寒い?抱きしめてあげようか?」

「おねが――遠慮しておくわ!そ、それよりほら、お湯かき混ぜるから郁弥さんは湯桶でお湯被っといて!」

「ふふ、うん。お願いね」


 くすりと笑って、木製浴槽の木枠に置かれてあった湯桶を取りにいった。そんな後ろ姿からぱっと顔を逸らして、入口横に立てかけてあった湯もみ用の板を手に取る。ボートのオールみたいな形の湯もみ板。お風呂のお湯の温度が場所によって変わるから、それをバランス良くするためとか聞いたような記憶がある。

 なんとか誤魔化しが効いてよかった。顔が熱い。郁弥さん、わかって聞いてきたわよね。まったくまったく。まったくもう。あそこであたしがお願いしてたらどうなったと思ってるのよ。お互い全裸なのよ?全裸。そんな抱き合っちゃったら――あぁ、だめ、だめねこれ。ちょっと考えただけで頭熱くなってきちゃった。


「すぅぅ……はぁぁ……」


 湯気混じりの外気で深呼吸しながらお湯をかき混ぜていく。窓がなく大きく開かれた側に設置されている湯口からは、じょろじょろと源泉が流れてきている。ちょろちょろじゃない。じょろじょろ。結構お湯多めだし、その分お湯に跳ねる音も大きい。少し冷静になった。

 意識を逸らしたおかげで頭も冷えたので、元凶である郁弥さんに目を向ける。ちょうど数秒前くらいから、お湯が流れてくる音に混じってばしゃばしゃと勢いよくお湯が当たる音が聞こえてきていた。

 予想通り湯桶でお風呂の湯を掬って浴びている男の人がいて、隠す素振りすら見せない姿にこっちが目を逸らすはめになった。ミニタオルを持っていない彼氏さんを見て、ふとあたしも持ってこなかったなと思う。

 ここのお風呂は洗い場もないしタオルいらないかなーと思ってぱぱっと髪はヘアゴムでまとめてしまった。ポニーテールからのお団子という濡らさないためだけのやつ。別に濡れてもいいけど、できるだけ濡れないようにとの感じで。タオルでまとめるのとも手間は変わらないし、普通に郁弥さんにやってもらった。……うん、郁弥さんにやってもらった。恋人特権。


「……ん、こんなところかしら」


 全裸な恋人からできるだけ意識を逸らして、なんとか湯もみを終わらせた。どれくらいの時間やればいいとかわからないし、適当にかき混ぜただけ。今思い出したけど、湯もみって熱すぎるお湯の温度を下げるためとかだったかも。温度バランスとかもあるんじゃないかしら。あるといいな。


「日結花ちゃん日結花ちゃん」

「にゃぅ、な、なに?」

「いや、名前呼んだだけ――うわ待って痛、くはないけど待って」

「もう!なに!?恥ずかしかったんだからね!驚かさないで!」

「ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなくて。何か考え――あぁ、なるほど」

「……勝手に納得しないでもらえ――いえ、やっぱりいいわ。もっと恥ずかしくなりそうだから」

「あはは、うん。言わない」

「もう。なんであなたは恥ずかしがらないのよ。裸なのよ?普通もっと……」

「そりゃ見ないようにしてるからね」

「……ずるい」


 当たり前のことを当たり前に言われてしまった。

 横から驚かされてぐっと握った手を押し付けたりしている間に、身体の距離がずいぶんと近くなっていた。目と鼻の先に好きな人の顔がある。いつの間にか眼鏡は外れていて、穏やかな光を宿す瞳がきらめいて見える。

 言葉なく見つめ合って、何も言わずに目を閉じた。それから――。

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