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暇つぶしのエチュード

「暇だわ……」


夜会も終わってひと段落。

劇団の正式稽古ももう少し先。

メインから決めていくから私の役が決定するのもまだまだかかりそう。


ヒロインはルドルフに確定したらしい。

今度役の相談がしたいと珍しくルドルフから連絡が来てたわ。


それまではこれといって予定もないし……そうね、エチュードでも始めましょうか。


部屋で1人でエチュードしたり小説の台詞読んだりはしてたけど、やっぱり観客が欲しいのよね。


まずは、そうね。


今日はとりあえず少しだけ具合が悪そうで元気の無い私。


本当はピンピンしてるけどね。


やりすぎると騒がれちゃうから、お医者さんを呼ぶほどでもないし、ベッドに押し戻すほどでもないし、でもなんだか元気がないように見える、そんな感じで!


「クレア様、おはようございます」


ベッドから降りてソファでぐだぐだとしていれば、チェルが部屋に入ってきた。


目を閉じて深呼吸。

目を開ければほら、ね。

もう開演。


「おはよう、チェル」


いつもと同じように声をかける。


ほんの僅かに、気づくか気づかないか程度にいつもより弱めに。


チェルはそれに気づいて私の顔をじっと見つめてきた。


私は不思議そうな顔で首を傾げてみる。


チェルは暫くして視線を外した。


「クレア様、また何か始めましたね」


さすがチェル。鋭いわ。


「あら、なんのこと? 私は何もしてないわ」


いつもより固めの表情に空元気を少しだけ意識して。


「まあ、いいです。本当に具合が悪いとかではなさそうですし。今日はこちらのドレスでよろしいですか?」


鋭いし流石だわ。


チェルが持っているドレスは露出が少なくて締めつけも緩いもの。


「ええ、大丈夫」


役にもぴったりだわ。

他にも明るめの色も用意してくれてたみたいだけど、私を見てこっちを選ぶなんて優秀な侍女でしょう?


劇団でのサポートもどう?って聞いたことがあるけれどあっさりと断られた。


残念。



朝食の支度が整ったというので席に着いたけれど、セドリック様の姿は見当たらなかった。


今日も仕事に行くのが早いわね。


「旦那様はいないのね……。あら、今日の朝食はキッシュなのね。私好きなのよ」


「旦那様は、その、お仕事が立て込んでいるようでして……。奥様と御一緒できないのを残念がっておられました」


慌ててフォローを入れてくれるけど、それは無理があるんじゃない?

あの旦那様よ?


颯爽と何も気にせず仕事に向かったのでしょうね。


とは言わずに儚げを意識して微笑むだけにしておく。


「奥様が以前褒めていたと知ったシェフがぜひ奥様にと、気合いを入れて作ったようですわ」


それはグッショブよ。

中にはキノコがたっぷりね。

美味しそう!


「まあ、それはあとでお礼を言わなくてはね」


今度もまた嬉しそうであり少し儚げ。


これで数人の侍女は心配そうな表情になる。


食事はいつもより少しだけゆっくりめに。


味はもちろん内心で味わっているわよ?

今日もこの家のシェフの腕は完璧でペロリと平らげてしまいそう。


でも少しだけ我慢。

いつもよりパンをひとつ少なめに。

フルーツも一欠片いつもより少なめに。


「今日の朝食も美味しかったわ。ありがとう」


1人、また1人心配そうな表情が増えていく。


「奥様? もしやお体の調子でも……」


「え?そんな事ないわよ?どうして?」


「いえ、なんだか少し元気がないように思えたもので……。気のせいならばよいのです」


笑って見せれば話しかけてきた執事は下がったけれど、その表情は晴れない。


「今日は、そうね、天気もいいからテラスで刺繍でもしようかしら。用意してくれる?」


「はい!すぐに!」


少しだけ声のトーンをあげてみれば侍女の1人がすぐに用意しに走り去った。

と言っても走ってるようには見えないけど。

動作はゆっくりスピードは早く。

どうなってるのかしら。



外のテラスには椅子とテーブル、それから日陰を作るようにパラソルが用意されていて、なぜかソファまで置かれていて、テーブルの上には暖かい紅茶に冷たく冷やされたハーブティ。

お茶菓子にフルーツ、小さめの飴がいくつか用意されていた。


なんだか過保護じゃない?


前から思ってたけどここの人達最初から私に甘いわよね。

そんなにセドリック様の奥様を逃がしたくないのかしらね。


せっかくなのでソファに腰を下ろして紅茶を飲みながら刺繍を始める。


もちろん、ほんの少しだけ気だるげにね。


繊細な薔薇の刺繍をちくちくとやっていたけれど、途中でやめにする。


伏し目がちにたまに小さなため息を吐き出して、最後には敷き詰められたクッションに体重を預けてみる。


天気はいいし、風も丁度いいし刺繍をやりかけのまま、目を閉じてみた。


周りでざわつく気配がするけれど、チェルが大丈夫ですよと答えているのが聞こえてすぐに静かになった。



気づけばそのまま寝入っていたみたいで、額に触れた誰かの手の感触で意識が覚醒した。


ぼんやりとした視界、手に持ったままのやりかけの刺繍が目に映って、それと同時になぜかセドリック様が見える。


……どうしてかしら?

大分寝てしまっていた様だけれど外は夕暮れ時。

まだ十分明るい時間。


随分早いお帰りだこと。


「セドリック様……?」


もちろん演技のことは忘れていない。

少しだけ元気なさげに。


セドリック様はそんなこと気づかないでしょうけど。


「使用人たちから貴女の調子が悪そうだから早く帰ってきて欲しいと連絡を受けました。熱もないし元気そうですね」


「使用人たちが……? 心配をかけてしまったのですね。セドリック様にもご迷惑をおかけてして申し訳ございません」


ほんの少しの空元気。

もちろん目の前の人は女性の何気ない仕草なんて分からないのでしょうけど。


「いえ、何事もないのならいいです。今日は仕事も落ち着いていましたから」


仕事が忙しかったら帰ってきてないということかしら。相変わらず一言女性に嫌がられそうな言葉が多いのよね。


「旦那様、奥様は元気ではありません。いつもとは様子が違います」


侍女の1人が見てられないといったように声をあげる。


「私はいつも通りよ?」


私はとぼける。


「クレア嬢もこう言っている」


セドリック様は通常装備。


大人しく傍観しているチェルがやれやれという顔をしているのが見えて内心で舌を出す。


「いえ、心做しか少しお元気が無さそうでした」


「ため息もつかれてましたわ」


「いつもより暗い表情なのにお分かりになりませんか?」


「好きなお菓子をご用意しても手を伸ばすのがいつもよりごゆっくりでしたし」


全くうちのご主人様は……という空気になったところで私は事態の収集に動くことにした。


というか私のことよく見てるわね。

この家の使用人が優秀すぎるだけかしら?


「なんだかお腹が減ったわ。ご飯は何かしら」


気持ち明るく声を出せば旦那様にとげとげと言っていた声は消えて夕食の準備に消えていった。


それにしてもあんなに使用人たちにグサグサ刺されていたというのに。


「私は何かいけなかったか?」


呟いて首を傾げているセドリック様はどうしようもない朴念仁よね。


その姿も絵になるし私は別にいいけれど。

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