33、結崎 実さん
1700pt分です!
「え、オファー!?でもまだドラマも公開されてないのにですか?」
羽田さんの車の中で、つい大声を出してしまった。
「そうなのよ。実はね、。」
羽田さんはにっこりと微笑みながら、
「それがね、そのオファーは、大竹監督からなの。」
「あ、そういう事か。」
大竹監督とは、「この手をいつまでも」の監督だ。
「良かったわね、あなたの演技がこんなに早く評価されて。」
「はい。それで、どういう内容のオファーなんですか?」
「それが、大竹監督も最新作とは言っていたんだけど、まだ具体的には話せない、って。映画だったのは確かだけど。」
「え、じゃあそれって撮影いつから始まるかも分からないんですか?」
「うーん、一年後くらいね。」
うわ、そんなオファーがあるんだ。
「じゃあそろそろ着くから、着いたら監督にきっちりお礼言っておくのよ。」
「はーい。羽田さん今日もずっと見ててくれるんですか?」
「うん。まあそれが私の仕事だからね。…あ、そうだ、大事な事を言い忘れてたわ。今日撮影早く終わるから、帰ったらロケ撮影の準備しておくのよ。出発明後日だから。」
「もうそんな直ぐか、楽しみだな~。」
「うん、じゃあいってらっしゃい。」
「行ってきまーす!」
今は三話目までの撮影が順調に終わり、セットも新しいのに変わった。一週間位前から始まった新しいセットは、TODテレビ局付近にあるスタジオに作られた、汚いアパートのセットだ。セットの説明の前に、TODテレビとは、ドラマが多く放送されるテレビ局だ。さあ、次にセットだが、何となく分かるかも知れないけど、美穂の前の家、というかお母さんと住んでいた家だ。ほとんどは回想シーンなので、とにかくカットが多いが、とにかく早く終わる。
さて、まあ予想はつくだろうけど、虐待シーンが多い。特に今日と昨日は、1話での回想シーンではない、美穂の現状を描いた撮影だったため、虐待シーンが更に多かった。昨日はもう叩くふり、の演技を上手く合わせることが出来ず最悪だった。
因みに虐待シーンの撮影は、色々とカットして作られている。
例えば、虐待してる時に、蹴られている様子を私に近いカメラで撮影し、それに合わせて女優さんが人形を蹴ったりする、なぜなら、蹴るときは軽く蹴らなければいけないが、それだと虐待に見えないからだ。よく見るビンタのシーンは、流石に合成技術が追いつかないので、出来るだけ影になるように撮影したりと配慮されている。
「おはようございます。」
スタジオに入ると、早速スタッフさんや役者さんと挨拶を交わし、台本を読みながら水を飲んだ。
「あそうだ、監督、あの映画の件、ありがとうございます!」
丁度スタッフさん達との話を終えた監督にお礼を言いに行く。
「いやいや、結構後の話になると思うけど、凜々ちゃんの為だけに作るから、そのつもりでね。」
「え、そんな大袈裟にしなくても…。」
「いや、私が個人的にやりたい事だから。まあ、凜々ちゃんもそれまでにもっと腕をつけてね。」
「はい!頑張ります!」
ここら辺で、照明さんが監督に何か言いかけたので、私は座りなおした。
「凜々ちゃん、おはよう。」
台本から目を上げると、そこには結崎 実さんがいた。結崎さんは、実母役の女優さんで、こういう悪役系の役を多く務めている女優さんだ。
「おはようございます。昨日は迷惑かけちゃってすみません。」
「いやいや、気にしてないよ。こういう撮影初めてなんでしょ?」
こういう撮影?ドラマっていう事?大きい役っていう事?映画の撮影は、『こういう撮影』にはいるのおぉぉぉ?!えっと、そういえば先生が、間違っててもいいから迷わずに答えろって…、
「あ、はい!」
はい、オッケーオッケー、ギリギリセーフ!(多分)
「じゃあまあ仕方ないわよ。…あ、そうだ!これ、凜々ちゃんにって思って持ってきたの。」
そういうと結崎さんはかばんからクッキーの箱を取り出した。しかも結構高級なやつだ。
「うわぁ、美味しそう!…あ、でも大丈夫です。私舌肥えてないので、こんな高級なものいただけません。」
ちょっと言い方が微妙になったけど、まあいいや。
「凜々ちゃんよくそんな言葉知ってるね~。っていうか子供なのに謙遜とか可愛くないわよ。ほら、そういうときは笑顔で受け取って?」
「結崎さん、」
「笑顔で?」
「…分かりましたよ。」
にこっと営業用スマイルを作ると、
「ありがとうございます!」
と、元気よく受け取った。
「どうでした、今の笑顔。」
「いや、ここまで忠実に再現してくれるなんて流石だね。」
「ありがとうございます!あ、じゃあ後でこのクッキー、一緒に食べません?休憩の時に。」
「おお、良いね、そうしよう!」
という風に、結崎さんとは毎回こんな良い感じの会話が多い。だからなおさら撮影時に気まずくなる。
というのも、こういうアクションシーン、というか、動く系の演技ではスイッチが入りにくい。その動作やアクションをするのに頭がいっぱいだからだ。これも改善しなきゃな。
「じゃあそろそろ第1シーンリハーサル始まります。」
監督の掛け声と共に、その場の人たちがざわざわと動き出す。第1シーンは、美穂が帰ってくると、テーブルの上に賞味期限の過ぎた食べ物が置いてあり、それを食べていると母親が帰ってきて殴られる、って感じで、結構長いシーンだ。
「はいじゃあ3、2…」
1、という合図で、扉をがらがら、と開ける。
イメージは、寂しさを隠しながら明るく振る舞う、だ。よし、リハーサルだしね、スイッチ入れていこう~。という感じで、まあリハーサルではいつもスイッチ入れてるんだけど、例えば食べるシーンとか、必死に食べる、っていうシーンだから、見苦しくなったりするので、リハーサルでやってみて、本番では程度を考えてスイッチを入れている。よし、スイッチ入れ!!
「…ただいま~。」
美穂がテーブルの上に置いてあるパンを見つけて必死に食べ始める。
ガチャ
瑠璃子(前妻)が帰ってくる。美穂の動きが止まり、パンを置いて、部屋に入る。
「はぁ~。ん?なにこれ…?賞味期限切れてるじゃん…。」
瑠璃子がコップの水を飲み干して椅子に座る。そこで食べかけのパンを見つけて美穂を探す。
部屋のドアを開けて美穂を見つける。
「何よ?何で隠れてるのよ!?」
美穂に怒鳴る。台本だと美穂が立ち上がって謝りだすけど、いつまでも凜々花が動かないので結崎さん戸惑う。
「…。」
実さんアドリブ苦手なので考えてる。そこで、美穂が過呼吸気味になる。
「ぇ…。」
結崎さん小声で戸惑いつつも演技だと信じて続ける。
「美穂、出てきなさい!なんでそんなところにいるのよ!?美穂!!」
実さんが、台本では次に謝ってる美穂を蹴る、という設定なので、引っ張り出す感じの後に蹴る流れでいっか、と決めた。
「美穂!」
うずくまりつつ過呼吸な凜々花に蹴る真似を続ける。
「ごめんなさい、ごめんなさい…。」
美穂が泣きながら繰り返す。『どこで終わらせればいいのおぉぉぉ!!』と心の中で泣きつつ演技を続ける結崎さん。
「カット。」
その声で目が覚めたっていうか、凜々花に戻った。
「ふうぅぅぅぅ。」
大きく息を吐いた。思ったよりも、深く入り込んでたみたいで、なんか、凄い疲れた。
「はあぁぁ。」
結崎さんが息を吐いた。
「すいません、ちょっとアドリブっぽくなっちゃって。」
「いや、大丈夫だよ。でも私アドリブ苦手だから焦ったわ~。あはは、こういう技も付けとかないとね。」
「次のシーン入りまーす!」
そんな話をしているうちに、監督からの指示が出て、私達はまたスタンバイした。
虐待って怖いですよね。虐待された子達は、美穂の場合は幸運にも新しい場所が出来たけど、殆どの子たちは自立できるまで待つか、施設送りか、それしかないのかと思うと心が痛いです。毎日痛い思いして恐怖に怯えながら暮らすって、どれだけ辛いんだろう…。今の両親に感謝ですね。
あ、でも、最近怒鳴っただけで精神的虐待だ、と騒がれるらしいですね。躾と虐待の区別ってつきにくいけど、あまりにも些細な事で虐待と決めつけるのは違う気がします。